飛来する恐怖3
「どうしたの、サリーちゃん!」
とヴェロニカお母さんが驚いた顔で近寄ってくるが、わたしは手で制す。
ケルちゃんと共にシャーロットちゃんも「お姉さま、どうしたの?」と近づこうとするので「今は近づいちゃ駄目!」と注意した。
心配そうに側を飛んでいる妖精姫ちゃんに「ワイバーンの毒が心配なの」と相談する。
姫ちゃんはニッコリしながら頷いた。
そして、幾人かの妖精ちゃんに指示を出す。
わたし達の前にやってきた妖精ちゃん達が、何やら、魔法を使い始める。
その間に、胸の中に居るイメルダちゃんに視線を向けた。
わたしのセーラ服の胸の部分をしっかり握り、震えている姉的妹ちゃんだったけど、「も、もう、大丈夫よね」と何とか顔を上げた。
その顔は、強ばっていた。
「ごめんね、怖い思いをさせて!」
と謝ると「サリーさんが謝る事じゃないわ! これぐらい、覚悟の上だったもの!」と気丈に言っている。
でも、十一歳そこらの――戦いとは無縁の世界で生きてきた女の子だ。
凄く、怖かったと思う。
そう思うと、胸が苦しくなった。
「何があったの?」
とヴェロニカお母さんが訊ねてくるので、「ワイバーンに襲われたの」といきさつを説明する。
流石のヴェロニカお母さんも青ざめていた。
すると、妖精姫ちゃんが目の前にやってくると、身振り手振りで言ってくる。
え?
毒は無い?
問題ないのね!
ありがとう!
視線を向けると、ヴェロニカお母さんは「良かった!」とイメルダちゃんと一緒にわたしも抱きしめてくる。
「お姉さま!」
とシャーロットちゃんも側に寄ってくる。
わたしはほっと胸をなで下ろしそうになり――気を引き締める。
だって、まだ
悪役妖精や黒風君達が居れば恐らく大丈夫だと思うけど、庇おうとしてくれた白狼君や兵隊蜂さん達にもしもの事があったら、悔やんでも悔やみきれない!
「ごめん!
ちょっと、ワイバーンを倒してくるよ!」
と言うと、ヴェロニカお母さんの肩に顔を置いていたイメルダちゃんは顔を上げ、心配そうにする。
「大丈夫なの!?」
「大丈夫!
悪役妖精達や白狼君達も心配だから!」
ヴェロニカお母さんが「無理はしないで」と心配そうに眉を寄せてるし、シャーロットちゃんも不安げに見上げてくる。
わたしはニッコリ微笑みながら「大丈夫! 悪役妖精や黒風君だっているし!」と答えた。
立ち上がろうとして、イメルダちゃんがセーラー服を掴んだままだと気づく。
イメルダちゃんも気づいたようで、手を動かす。
「あ、あれ?
離れない……」
イメルダちゃんの小さな手はセーラー服の胸元を掴んで動かないようだ。
力を入れすぎて、硬直してしまったのだろう。
そういう場合は、そっと外して上げる方が良い。
だけど、白狼君達が心配だ!
わたしは「ごめん」と謝りつつ、セーラー服を脱ぎ始める。
「ちょ、ちょっと、サリーさん!」
イメルダちゃんは慌てるが、そんな事をやっている時間は無いのだ!
……中には薄手だけど、インナーを着ているし、そもそも、ここには男の人は居ないし。
……いや、男の妖精ちゃん達は居るけど――まあ、わたしなんて対象外でしょう!
セーラー服の上を脱ぎ終えると、立ち上がる。
青空君ら男子系妖精君達が、後ろを向いくれているのが目に入った。
ふむ、なかなかの紳士っぷりだ。
いや、そんな事をやっている場合じゃない。
「妖精姫ちゃん、ここはお願いね!」
と頼みつつ、外に出る。
そして、駆ける。
ん?
後ろから何か付いてくる気配を感じる。
駆けながら振り返ると、セーラー服の上着を持った、近衛騎士妖精の白雪ちゃんが、慌てた顔で飛んできていた。
あれは、予備かな?
わざわざ、部屋から持ってきてくれたのか。
「ありがとう!」
と受け取り、駆けながら着る。
あ、これヴェロニカお母さんの刺繍が入っている奴だ。
……いや、そんな事を言っている場合じゃないか。
森の外では
ムカムカが胸の中から湧き上がり、両手を強く握った。
結界を飛び越え、更に駆ける。
白雪ちゃんも付いてきてるみたいなので、首だけで振り返り「白狼君や兵隊蜂さん達が危なかったら、守って上げて!」と言うと、ニッコリ頷いてくれた。
良し!
後は、彼らをやっつけるだけだ。
わたしは前を向き直す。
「うぉぉぉ!」
わたしは吠えながら、胸の前で拳を合わせた。
道の途中で、サーベルを持った悪役妖精の背中が見えた。
その前には切り裂かれた
そんな悪役妖精を警戒してか、他の
悪役妖精はそんな彼らを無理に追わず、様子を見ていた。
多分、無理をして家の方に行かせてしまうのを警戒しているのだろう。
わたしはそんな悪役妖精を追い抜き際に「ありがとう!」とお礼を言った。
悪役妖精はそれに鼻で笑うような表情を浮かべた。
わたしは両手に魔力を流し込んだ。
空気をバチバチ爆ぜながら、両拳に白いグローブが顕現する。
だから何!?
右足を振るい、その先から出した白いモクモクで彼の尾を止める――と同時に掴む。
そして、それを思いっきり引き寄せる。
「ギャー!?」とか言いつつ、引き寄せられた
パンッ! という音と共に、鰐顔が弾ける。
「ギャッ!?」
動揺する残り二匹の
その一匹に向かって、左肘を瞬時に伸ばし、”空気”を拳で思いっきり叩く。
「グギャ!?」
体をくの字に折れる
そして、その足の膝を地面に向けると振り下ろし、地面にたたき落とす。
木々を巻き込みながら頭から落ちる
とても敵わないと察したのか、最後の一匹が大きく羽ばたきつつ、「ギャァ~!」とか声を上げて飛び去ろうとする。
でも、逃がさない。
「こんのぉぉぉ!」
叫びながら走った。
地を強く蹴っていた両足の裏、そこに白いモクモクを集める。
形作るイメージは下駄――その歯を、一歩ずつ伸ばしながら上空を駆ける。
二メートル、五メートル、十メートル、十五メートル!
森の木を超え、
そこで、強く踏み込み――飛んだ!
背を向け逃げようとする
「ギャァ~!」
絶望した顔で振り返り――叫ぶ、
確かな手応え。
墜落する
そして、地面に落ちる振動を感じながら、わたしは叫んだ。
『どうだぁぁぁ!』
わおぉぉぉん! との声が空に響き、消えていった。
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