第十四章

エルフのお姉さんとしばしの別れ

 町に向かう時に通る平原にて、わたしはエルフのテュテュお姉さんに抱きついて言う。

「冬が終わるまで居れば良いのに。

 なんだったら、ずっと居れば良いのに」

「だから、駄目だって言ってるでしょう。

 あなたは試験中なんだし」

 テュテュお姉さんは呆れた感じに言うけど、居なくなるのは嫌だし、寂しいのだ。

 コートを着ているテュテュお姉さんの胸に、頬を押しつける。


 視界に入る、やたらと青い空がうとましい。


 お酒を造った後も、テュテュお姉さんを含めて、皆楽しくしていた。

 ワイン酢を作り、ドレッシングにして夕食に出した時は好評で楽しかった。

 その勢いに合わせて、ワイン酢プラスオレンジの汁でしゃぶしゃぶをしたんだけど……。

 微妙な味になってしまったりもした。

 ただ、シャーロットちゃんだけには何故か好評で、また作る約束をさせられてしまった。

 甘いものが食べたいと騒ぐ皆(妖精姫ちゃん達プラス何故か大人二人)のために、わたしもシルク婦人さんもうっすらとした記憶しかない作り方を元に、なんとかクッキーを完成させたりした。

 シルク婦人さんに何やらしばらく飲酒を禁止されていたらしき飲んべえが、陰でこそこそ飲んだらしく、朝からお説教を受ける四名(妖精姫ちゃん、テュテュお姉さん、ヴェロニカお母さん、ルルリン、物作り妖精のおじいちゃん)を遠目に見つつ呆れた事もあった。


 賑やかで楽しかった。


 だけど、吹雪が止んだ今日、朝ご飯を食べ終えた後、テュテュお姉さんはなんてことも無いように言った。

「今日、ここを出る事にするわ」


 ヴェロニカお母さんや妖精姫ちゃんを筆頭に、皆、残念がったけど、「また、吹雪になると困るから」というテュテュお姉さんの言葉に反論できず、テュテュお姉さんはさっさと荷造りをしてしまった。

 当然、わたしも一生懸命、引き留めようとしたけど、全然、聞いてくれなかった。


 いつもそうだ。

 ママもテュテュお姉さんも、一度決めてしまうと、わたしが何を言っても聞いてくれない。


 仕方が無く、さっさと出て行こうとするテュテュお姉さんの後を、「吹雪が収まったら冒険者組合に顔を出す事になっている」という名目で、呆れるイメルダちゃん達を背に着いてきたのだ。

 で、草原に出ると何故かテュテュお姉さんが、「ここで分かれましょう」と言い出したので、さっきのやり取りとなったのだ。


「うぅ~」とわたしが不満そうにうなると、わたしの頭を抱きしめながら「また、しばらくしたら顔を出すから」と言った。

 顔を上げながら「いつ来てくれるの?」と訊ねると、テュテュお姉さんはにっこり微笑みながら「それは、風向き次第ね」と言う。

「気分次第って事!?」と揺さぶると「一年以内には来れるようにするから」とため息交じりの声音で言った。


 一年以内……。

 なら、まあ、なんとか、我慢できるかな?


 わたしが少し離れると、テュテュお姉さんは優しい笑みを浮かべながら「皆がいるから、寂しくないでしょう?」と言う。

「それとこれとは別だよ!」と不満げに答えるとわたしの頭を撫でながら「大丈夫、サリーは強い子だわ」と答えた。

「今から、どこに行くの?

 ここから近い町、セルサリだっけ?

 そこなら、一緒に行こうよ」

「……今から、わたしは旧友に会いに行くのよ」

 それって……。

「ママに会いに行くの?」

 わたしの問いに、テュテュお姉さんは頷いてみせる。

「でも、あなたを連れてはいけないわよ」

 ママに会いたい。

 凄く会いたいけど……。

「今は、どちらにしても無理かな……。

 皆がいるし」

 妖精姫ちゃんを初めとする妖精ちゃん達……。

 ヴェロニカお母さん、イメルダちゃん、シャーロットちゃん、エリザベスちゃん、シルク婦人さん……。

 ケルちゃん、ルルリン、山羊さん、赤鶏さん達……。


 我が家には皆がいる。

 皆を放って、あの洞窟に戻るわけにはいかない。


 テュテュお姉さんは「そう」と微笑むと、天に向かって何かを囁いた。

 風――いや、透明の精霊がわたしの脇を通り過ぎる気配を感じた。


 風に纏わり付かれたようにテュテュお姉さんの服が揺れると、体が三十センチほどふわりと浮く。

 テュテュお姉さんは当然のようにそれを受け入れ、宙にある、わたしの目には映らない何かに腰を下ろす。

 テュテュお姉さんが得意とする精霊魔法――その一つで、風の精霊を呼び出し、遠くまで運んで貰うものだ。


 話を聞くイメージだと前世の召喚魔法に近い気がする。

 ただ、テュテュお姉さんが言うには呼び出してはいるけど、何かを強制はせず、ただ、お願いしているだけとの事だ。


 わたしはテュテュお姉さんに言う。

「ママに会ったら、伝えて欲しいの!

 わたし、ママに凄く会いたいって!

 でも、わたしなりに頑張って、国作りをしてるよって!

 今度、会ったら、いっぱい話したい事があるって!」

「分かった。

 必ず、伝えるわ」

 笑顔で答えたテュテュお姉さんは、少し、考えるように視線を空に向けた。

 そして、少し真面目な顔で言う。

「サリー、白大ネズミを全滅させようとしたって言ってたわよね」

「うん」

「今後、そういう状況になっても、大量に殺すのは止めた方が良いわ」

「ん?

 何かあるの?」

「魔獣にしても何にしても、そこに住み着いているのには理由があるはず。

 あなたやフェンリル一家あなたの家族ほど力があるのであれば問題ないけど……。

 その魔獣が居る事で取れていた均衡を崩すと、何が起こるか分からないわ」

 生態系的な話かな?

 確かに、良くないって前世で聞いていたし、そもそも、無為に殺すつもりは無い。

「分かった」と頷いてみせると、テュテュお姉さんは手をひらひらと振って見せた。

 すると、テュテュお姉さんの周りを包むように、風が強まり――突風が吹き荒れた。

 思わず目を瞑ってしまう。

 風のために揺れていた髪や服が収まった頃、目を開けると――目の前からテュテュお姉さんは居なくなっていた。

 あの魔法、一度、乗せて貰った事があるけど、風の囲い(精霊?)に守られているから、向かい風で息が出来ないって事にはならないけど、重力の負荷はそのままなので、結構キツかった……。

 テュテュお姉さんは平然としていたけどね。

 ただ、便利な魔法だけど、テュテュお姉さんは人間がいる場所では使わない。


 早く移動が出来ると知られて、色々面倒な頼み事をされたくないとの事だ。

 あと、景色を楽しみたいという理由で旅行中は使わないらしい。


 まあ、テュテュお姉さんらしい理由だね。


 ……一人、ぽつんと居ても寂しさが増すばかりか。


 ……町に行こう。

 フェンリル帽子をちょっと深く被ると、籠を背負い直し、いつものように、スキー板を滑らせ雪の平原を進んで行く。

 すると、白狼君達が集まってきた。

 ん?

 いつもの、図々しい感じでは無く、何か少し警戒している。

 どうしたんだろう?

 あ、テュテュお姉さんが居たからかな?

 しばらくすると、問題ないと判断したのか、わたしを取り囲むように走り始めた。

 白狼君(リーダー)がこちらをチラチラ見てくる。

 ん?

 どうしたの?

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