第十章
娘(人間)の行動が不可解すぎる!1
フェンリルとは人間の神話から付けられた通称で、狼型の神獣である彼女ではあったが、本来であれば縁もゆかりもないものだった。
彼女の本当の名は” ”という。
”世界を駆ける獣”という意味である。
だが、この地上で、彼女の名を知る者は少ない。
多くの者が呼ぶ、フェンリルという通称が一般化してしまったこともある。
矮小な
数少ない例外はあるものの、彼女が人間に対して、足下で蠢く蟻に対する程度の興味しか、持っていなかったのだから致し方がなかった。
だが、何より大きいのは、多くの人間を含む大半の存在が彼女の名を”聞き取る”ことが出来ないという問題があった。
本来、名は魂に付随する。
故にと言うべきか、それは同格以上でなければ呼ぶどころか、聞き取ることすら出来ない。
人間の中では王とか皇帝とか、はたまた神の使いなどを自称し、他の者と別格だと主張する者もいる。
だが、真の意味で格の違いがあるのであれば、自身の名前は、格下から呼ばれる事は無い。
そういう”もの”なのである。
それは、親子であっても同じで、先ほど送り出した
『それでも、近い内に聞き取れることが出来る子も現れるでしょうね』
始めの内は六神に従い、地上を走り回っていたが、この”地”も落ち着き、現在では六神から離れ、この世界の法である”弱肉強食”の頂点として、その威を示す事を”役目”としている。
だが、それもそろそろ終わりに近づいている予感をしていた。
初めて産んだ三匹と、拾った一人――彼らは名を得て”柱”となった。
彼らの中で一柱でも、
『出来れば、あの子でなければ良いのだけど……』
いつも、
独り立ちどころか、まともな狩に行かせるのも一苦労な甘えん坊な娘……。
もし、
自分のせいで起きる別れに、赤ん坊のように泣いてしまうだろうから。
そうすると、
誇り高き
だから、あの子でなければ良い――そう思ってしまって……。
『でも、何となく、あの子じゃないかって思ってしまうのよね』
なぜかいつも、『やだやだ!』とか『怖い怖い!』とか『わたしには無理!』とか叫びながら
確かにまあ、
だが、そんな子であっても、
弱いわけがない――
確信していたのだが……。
しばらく、独り立ちの試練に向かった子供らの行動を観察していた
今は洞窟の中でグッタリ横たわっていた。
どころか、最高位であり、最強の神獣の一柱に数えられる
『あの子は……。
あの子は……。
何をやっているのぉぉぉ!?』
うぁおおおん! という声が、洞窟中に響き渡った。
――
遠見の魔法陣の上に浮かび上がらせている円形状の画面――それに魔力を込めながら、長子から順に、その様子を眺めていた。
『あらあら、大きい息子ったら、着いて早々、北の森でもっとも大きい黒竜に向かっていくのね』
とか
『大きい娘は綺麗好きだから、
とか
『小さい息子、いくら美味しそうに見えても、飛んでいる
……え?
そんな方法で!?
凄いわね!』
などと、一人呟く声も弾んでいた。
さらには、早速とばかりに、小さい息子から
神獣として育ちきった
だが、
特に、人間が作る料理とやらがお気に入りであった。
一時期など、人間を
『どれどれ』と届いた肉を白い魔力で引き寄せてから、がぶりと噛みつく。
『う~ん、流石は
生でも十分に美味しいわ』
今回、子供らに試練を課すに当たり、
それは、全員の試練が終わるまでは、子供達から送られてくる獲物のみ食すというものだ。
まあ、別に深い意味はない。
ただの娯楽というか、そんな程度の話であった。
全員が戻ってきた時の、ちょっとした笑い話にでもなれば良い――そんな気まぐれを起こしただけのことだった。
『さて、
実はこの試練、
他の子供達の場所はそれぞれ強弱はあるものの、危険な場所や魔獣が存在していた。
むろん、
ただ、甘く見ていると痛い目に遭う、そのぐらいには困難であった。
だが、
例えば森の中、
周りに住まう何百もの魔獣がそれを見て取り囲み、襲いかかったとして……。
無傷のまま何事もなく時が過ぎる。
それくらいには緩い場所である。
本来であれば子供達の試練の場としては相応しくないのだが、あえて
一つは
乳離れしたばかりの子供でも、簡単に倒せてしまう弱い熊(通称、
正直、何でそこまで臆病なのか、何千年も生きる
『純粋な戦闘力だけなら、体格差があるから確かに
少なくとも、今、大きい息子が戦っている黒竜程度なら、多少、手こずりはしても倒せると思うんだけど……』
だからこそ、今回の森であった。
流石に、あそこまで弱い魔獣ばかりであれば怖がることも無いだろうし、そのうち、自信も付いてくるのでは?
そして、もう一つは人間の町に近いことだ。
前記にもあるが、
特に、甘い物が大好きだ。
一時期、それを手に入れるために人間の国を縄張りに加えようとしたほどだ。
ただ、
何度か試しはしたものの、うまく伝わらないことが多く、そのうち面倒になり、投げ出したという経緯があった。
だが、
であれば、
『ふふふ、楽しみだわ』
それを囲むのは
『あらあら、最初の一口を譲ってくれるの?
ありがとう』
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