フェンリル生活4
わたしも肩まで湯に浸かる。
『ハァ~温かい……』
幸せぇ~
でも、
『ねえ、ママぁ~
あっちにある岩でお風呂とか作れないかなぁ』
『んんん?』
ママは視線を向けながら不思議そうな顔をする。
実は洞窟の近くに、大理石っぽい岩が転がっているのだ。
『あの岩をね、削ってお湯を溜められる様にしてね。
終わったら簡単に捨てられるように底に穴を開けてね』
などと、一生懸命説明したけど、ママは『小さい娘は時々変な事を言うわねぇ~』と苦笑した。
『でも、魔法の鍛錬にもなるんだから、今まで通りにしなさい』
『えぇ~』とガックリしていると、お姉ちゃんが前足でツンツンして来た。
『小さい妹、体洗って!』
『しょうが無いなぁ』
白いモクモクを右手で出すと、湯船の側に置いた石鹸が入っている壷にのばす。
取り出した石鹸に湯をかけながら泡立てる。
それで、湯船から出たお姉ちゃんの体をゴシゴシと洗う。
最初の頃は、泡がすぐに黒くなるぐらい汚れていたけど、今は毎日のようにお風呂に入ってるからそんなことにはならない。
背中から肩、脇など一生懸命、白いモクモクを動かしながら洗っていると、ママが湯船から出る。
そして、目を閉じて気持ちよさそうにしているお姉ちゃんに言う。
『大きい娘、あなたはわたしの体を洗ってちょうだい』
お姉ちゃんのその顔が露骨にひきつる。
『お母さんの体、大きいから大変なんだけど……』
『あら、あなただって変わらないぐらいになってきたでしょう?
それを妹に洗わせているのだから、あなただって出来ないはずはないでしょう?』
『……小さい妹は魔力操作が得意だし』
『あら?
だったら、練習が出来てちょうどいいわね』
お姉ちゃんでは――っていうか、わたし達兄弟姉妹では、まだまだママは言い負かせられない。
がっくりと肩を落としたお姉ちゃんだったが、嫌々ながらも右前足を上げて赤いモコモコを出すと、ママを洗い始めた。
すると、ママがこちらを見てニッコリ微笑む。
『小さい娘、あなたはわたしが洗って上げるわ』
『お母さんずるい!
小さい妹の体なんてちっちゃいから、すぐ終わっちゃうじゃない!』
『あら、わたしは浴槽も作っているのよ?
だったら、そちらもあなたが代わってくれるのかしら?』
プール級に大きな浴槽をそのまま維持するのは結構大変だ。
それはお姉ちゃんも分かっているようで『ぐぐぐ……』と悔しがるだけで、代わるとは言わなかった。
体を洗い終えた後、改めてお湯に浸かる。
は~幸せ。
ママもお姉ちゃんも目を閉じてダラケた顔をしている。
そんな、可愛らしい様子を眺めながらさらに癒やされていると、巨大な何かが近寄ってくる気配を感じた。
『んん?』
視線を向けると、遠くから大きいお兄ちゃんがこちらに向かってかけてくるのが見えた。
その後ろには、黒いモコモコに縛られた何かが見える。
『え!?
あれって!?』
湯船から立ち上がると、その手前にお兄ちゃんが到着する。
わたし達がお風呂に入っているからか、埃を立てない静かなものだった。
だが、わたしはそんなことよりも驚きが勝っていた。
『大きいお兄ちゃん!
それ、クマさん!?』
興奮するわたしに、大きいお兄ちゃんはニヤリと笑った。
そして、わたしに見えるようにそれを前に出す。
頭の部分だけ赤色が混じった黒い毛皮、巨大すぎる体、長く太い凶悪な爪――わたしは思わず叫んでしまった。
『うわぁぁぁ!
しかも、わたしが会った奴だ!』
前世のクマも恐怖の象徴だったけど、
体長は大型トラック級のママ、その一回り以上大きく、振り下ろされる前足は岩をも砕き、駆ける速度は豹型の魔獣を軽く追い抜き、飛び上がれば飛行する
それでいて、頭も賢いのでむやみに突っ込んでこない。
はっきり言って、そこらの若いドラゴンよりも強いのだ。
わたしは一週間前に一人で狩りをしている時に遭遇し、酷い目に遭った。
白いモクモクを盾のようにしながら、何とか応戦し、左目を潰してやったんだけど、そこまでだった。
ママが助けに来てくれなかったら、多分わたしはクマさんのお腹の中だ。
恐ろしいや~
って、お兄ちゃん、怪我してる!
わたしが慌てて白いモクモクを出して治療してあげるも、『これぐらい、大したことが無い!』と笑っている。
いやいや、確かに深くは無いけど、しっかりと爪で引っかかれた跡が残ってるからね!
なのに、『小さい妹が怪我をさせていたから、簡単だったぞ!』などと、わたしに頬ずりをしてくる。
小さい傷でも、化膿したら大変なんだから、もうちょっと気にして欲しい!
でも、そんなことを気にしているのはわたしだけみたいで、お風呂の中のお姉ちゃんは『美味しそ~ね~』などと、涎を垂らさんばかりの顔をしてるし、ママは『小さい娘が片眼を潰してたんだから、もうちょっと簡単に倒さないと』などと、ニコニコしている。
因みにママは前足の軽い一撃で、これらのクマさんの頭を粉砕する。
むしろママを見たら、クマさんは全力で逃げる。
ほんと、格が違いすぎる。
『小さい妹、こいつを料理してくれ。
鍋だったか?
それがいいぞ』
『いいけど――』視線をクマさんの喉に移す。
切れ込みが入っているという事は、血抜きはやってくれたみたいだ。
それに気づいたのか、大きいお兄ちゃんは自慢げに言う。
『小さい妹がいつもやっているのは、終わっているぞ!
内臓も食べ終えた』
獲物は捕らえたらすぐに血抜きと内臓の除去、これをやるとやらないので結構違う。
さぼると、臭かったり固かったり不味かったりするのだ。
わたしがいつも、やっているから大きいお兄ちゃんも最近はやってくれる。
ありがたい。
『ありがとう。
じゃあ、後で鍋にしよう!』
『おう、楽しみだ!』
といいながら、大きいお兄ちゃんはクマさんをくわえて洞窟の方に歩いていく。
『鍋、良いわね』
『楽しみね、お母さん』
などと、ママとお姉ちゃんが言っている。
まあ、鍋といってもたいしたものではない。
白いモクモクを大きな鍋型に作り水を沸かす。
そこに、近くで取れる岩塩、エルフのお姉さんに貰った種から育てて増やしたコショウ、干したキノコ、ハーブなどを突っ込む。
そこに、お肉を入れて、出てきた灰汁を丁寧にとる。
これで完成だ。
前世でも鍋など作ったこと無いから、ほとんど勘だったけど、思ったより美味しく出来た。
ママや兄妹、エルフのお姉さんからも絶賛されてちょっとした自信作となっている。
それを、みんなで囲んで食べるのだ。
はじめ、フェンリル勢は鍋に直接顔を突っ込んでいたけど、どん引きするわたしとエルフのお姉さんのたっての願いで、それぞれが出したモクモクを箸代わりに、食べることとなった。
わたしはたぶん、前世で家族と鍋を囲んだことはない。
なのに、別の世界に生きる現世では、全く種族が違う大切な家族達と鍋を囲む。
なんだか不思議で、なんだか可笑しく、なんだか幸せだ。
幸せだった……。
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