ハリルは膝をついたまま、はらはらと涙をこぼしながらすがった。


「父上……、なぜ。なぜなのです。同じ息子ではありませんか。私と、リカルド。母親が違うというだけで同じ息子なのに、どうして!リカルドばかりが褒めたたえられ、次期国王に相応しいのはリカルドだと、なぜ皆口を揃えて言うのですっ。私だって……私だって」


 床に頭を何度も打ち付け、その額から血を滲ませながらハリルが嗚咽する。


 ハリルとて父親に認めてもらおうと自分なりに頑張ってはいたのだ。ただその努力や意識の向け方が、大きく歪んでいただけで――。


「ハリルよ。お前にすべての咎があるとは言わぬ。悪いのはお前までも利用しようとしたアルビアであり、またそんな欲を見抜けなかった私の責任だ。だが、お前はアルビアと共謀して何度もリカルドの命を狙い、フローラまで陥れようとした。お前の加担した罪もすべて調べはついているのだ、ハリル。いさぎよく罪を認めて、もう楽になれ」


 国王の声に隠しきれない情がにじんでいたことに、ハリルは気づかない。ただ絶望にその目を伏せ、狂ったように床の上で暴れていた。


「二人を拘束せよ」


 国王の声が告げた。


 それを合図にハリルの元に衛兵がその両腕を抑え込もうとしたのを見たアルビアが、弾かれたように動いた。が、それとリカルドが動いたのは同時だった。


「あぁっ……!!」


 その動きは俊敏だったが、それを見越していたかのような動きでリカルドがそのドレスの裾を踏み、アルビアの暴れる身体を押さえ込む。


 アルビアはハリルが拘束されようとしているのを見て、一人逃げ出そうと駆け出したのだ。

 息子を置いてでも自分だけは助かろうとするその姿に、ハリルは「あぁ……嫌だ……もう何もかも嫌だ……。どうして、どうして……」と何度も何度もうわ言のように繰り返す。


「……アルビア、そしてハリル。二人には極刑を申し渡す。自分たちの罪を最期の時までしかと見つめるが良い」


 そう告げる国王の声に、わずかに苦悩と後悔がのぞいた。


「ああっ……! どうかっ、どうか命だけはっ。あなた、ご慈悲ですから……。それに、ハリルはあなたの血のつながった息子ではありませんか! せめて命だけはっ!」

 

 アルビアの懸命な命乞いに、国王は表情を曇らせ目を閉じる。


 アルビアはともかくとして、ハリルにはやはり血を分けた息子として滲む苦い思いがあった。別に側妃の産んだ子だからという理由でどうとも思っていなかったわけではないのだ。ただやはり、ただ一人心から愛した王妃の忘れ形見で次期国王の器としても申し分のないリカルドと比べて、ハリルに物足りなさを感じそれほど目をかけてこなかったことは事実だった。


 しかし苦悩を感じつつも、それでも国の安定を思えばここは温情をかけるべきではない。それは国王自身、よくわかっていた。それが国を背負うものの役目でもあるのだから。


 連れて行けと口を開こうとした国王の言葉を、リカルドが止めた。


「陛下。確かに国を私利私欲のために利用し、もしかすれば国の未来さえ危うくしかねない重罪を犯したことは確かです。ですが二人の命を絶てば、民はそれで納得するでしょうか」

「……極刑は不適だと申すか」


 もう一人の息子の言葉に、国王は厳しい表情を浮かべて問いかけた。


「私はこれまで多くの国を見て参りました。その中で、必ずしも絶対的な力と支配が良き国を作るのではないことを学びました。消えた命はすぐに忘れ去られましょうが、もし二人の残りの命が今現在もこの国のため費やされていると思えば、きっと民も納得することでしょう。ですからここはあえて極刑ではなく、この国のために生涯その身を使役し捧げるという形で刑に服させるという道もあるかと存じます」


 国王は、しばし苦悩の表情で黙り込んだ。


 衣擦れの音ひとつせず、誰もが事態の成り行きを息をのんで見つめていた。国王の決断を、この国の未来の王の姿を。


 リカルドは、ハリルへと視線を向ける。二人の視線がほんの一瞬だけ交わり、そして離れた。


 ついぞ分かり合うことのなかった腹違いの兄と弟の、これが最後の瞬間かもしれないとリカルドの心にも苦い後悔が滲んだ。権力という絶大な力が目の前にあったために、普通の兄弟として向き合うことができなかった苦々しい思いは、リカルドの中にもある。だが今さら取り戻しようもない。


 国王が重々しい声で、静かに告げた。


「……アルビア、ハリル。お前たちには西の離島にて終身刑を申し渡す。あの地にてその命が終わるまで、この国のため生涯身を粉にして働くように。……以上だ。連れていけ」


 その言葉とともに、がっくりと力なくうなだれたアルビアとハリルは衛兵にがっしりと拘束され、ずるずると引きずられるように退室していった。


「……リカルド。この度は誠にご苦労だった。この国のため苦汁を飲んでくれたこと、大儀に思う。そして伯爵家長女フローラ、そしてその次女ミルドレッド。そなたたちにも嫌な役回りをさせたこと、許せ」


 リカルドは父親の心中を思いながら、胸に手を当て目を伏せた。

 そして国王直々に謝罪とねぎらいの言葉をかけられたフローラとミルドレッドもまた、深く首を垂れるのだった。


 これで、断罪は終わった。

 長い断罪までの日々それぞれに重ねてきた思いを胸にしまい、誰もが言葉少なにこの結末を複雑な思いとともに受け止めたのだった。


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