第43話 船主ウェストアビン伯オフィーリア=アイアランド

 二人の客室はさほど広くはない。寝室と居間。とはいえ、客船の部屋としては上の部類に入ることは間違いなかった。

 調度品は程よく使い込まれ、それが旅に安心感を与えてくれるような気がした。

 すざくは船旅は初めてである。当然、豪華客船に乗るということも。

「まあ、何事も経験だよ。それが人間を成長させる」

 唯依ゆよりがすざくの背で着替えをしながら、そうつぶやく。

 すざくの目の前には見たことのないような白を基調としたドレスが広げられていた。

「ディナーはドレスコードがあってね。僕は第一装の軍服を着させてもらう。すざくは――」

 思わず目をまるくしてしまうすざく。

(これを......私が......)

 廊下を行く二人。まるでロボットのようにぎこちなく歩くすざくを唯依ゆよりがエスコートする。

「似合っているよ」

 唯依ゆよりの気遣いに声も出ないすざく。ドレスを着ているというよりは、ドレスが着せてやっているという感じすらある。

「緊張することはない。こういうのは楽しまないと」

 そっとすざくの髪を触れる唯依ゆより。思わずビクッと反応する。

 階段を降りる二人。木製の幅の広い、まるで舞台のような階段。

(ほとんど宮殿だな。学園よりも大きいかも......)

 はあ、とためいきをつくすざく。通路の両側にはステンドグラス張りの壁が続く。

 給仕に案内される二人。

 天井が吹き抜けになっているホール。ここがディナーの会場らしい。

 まるで地平線のように部屋の端が霞んで見える。その中ほどに、二人の席があった。

 テーブルの上には真っ白なテーブルクロスがかけられ、目を凝らすと白い生地に細かい造作が浮かび上がる。

「豪華だねぇ......」

 それしか声がでないすざく。テーブルの上にはいくつものフォークやナイフが並ぶ。学園時代、先生に厳しく仕込まれたテーブルマナーを思い出す。あの時は嫌な思いでしかなかったが、今になってみればありがたいことである。頭の中で何度も手順を思い出す。

 なにやらざわざわした雰囲気を感じるすざく。

 唯依ゆよりのほうを見やると、彼女は軍帽をそむけ右の方を向いていた。ざわめきの発信源もそちらの方である。

 上品な英語が聞こえる。必死で聞き耳を立てるすざく。しかしネイティブな早い発音に耳が追いつかない。

「――船主のお出ましだよ。大英帝国比類なき豪華客船『パークス=ブリタニア』個人船主、ウェストアビン伯オフィーリア=アイアランドどののおでましさ」

 固有名詞の洪水にあっけにとられるすざく。

 その二人のそばに、その船主がゆっくりと近づいてきた――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る