異世界開闢の冒険譚~吸血姫となった元男、女神と共に世界を別つ冒険へ出る~

メガ氷水

始まりの異世界転移

 


「召喚方法が雑だったせいで上半身だけ飛ばされて死ぬなんて前代未聞ですよね」


 しゃがんだ高校生くらいの少女が同意を求めるかのように言う。

 異世界の学校によくある胸を強調とした制服に身を包むため息交じりのそいつに、俺はとりあえずまず思ったことを聞いてみる。


「いや誰だよ、お前。どこだよここ」


 いきなり人に向かってお前は死んだって言ってくるって。

 精神異常者か何かか?

 精神分析が必要か?


「私の名はプレシメント・アメリア、女神なんです!!」


 なるほど、もう旬が過ぎ去った大昔のネタね。

 擦られ続けてもうネタとかでねぇよ。

 で、ここはどこだよ。

 気温も何もない不思議な真っ白空間。

 地平線のかなたまで続く漂白された世界は、上か下か、右か左かの方向感覚を狂わせてくる。

 アメリアは両頬を膨らませ、腰に手を当てこちらを前かがみで睨んでくる。


「信じていませんね? なら少し、思い出してみましょう」


 そんなバカなことがあるはず……。あるはず……。

 ……あれ?

 ……分からない。それは本当のことなのか?

 頭の中にノイズが走る。最後に見えたのは空間が断絶される瞬間。

 どこかワームホールみたいな螺旋が見えて……それで……。

 ただならない痛みと不快感に俺は頭を押さえる。

 なんだこれは、思い出しちゃならない気がする。

 目を白黒させる俺の頭を、アメリアは光らせた手で撫でてくる。

 不快感と痛みが引いていく。

 親族でも何でもない、一般誘拐犯の手によって。

 ……これってもしや。


「それが全てです。俊さんは包丁でニンジンでも斬るかのように真っ二つです」

「なんだよ、これ。どうしていつの間に死んで……」

「さて、俊さんの現状の事態を理解していただいたところで。えー、コホン」


 アメリアは本題に入るためか、咳ばらいを一つする。

 リアルでコホンっていう奴初めて見たわ。というか口で言うものじゃないだろそれ。


「単刀直入に言います。これから行く異世界で行われる異世界召喚を食い止める手伝いをしてください」


 やっぱり異世界召喚じゃないか!?

 で、悪行を働く転生者?

 魔王とか凶悪な魔物とかじゃなく?

 アメリアはおれの心を読んだかのように、指をひとつ立てて答えを返してくる。


「違います。俊さんの世界ならこう言った方が良いでしょうか。その異世界は神隠し事件を起こした元凶です」


 神隠し事件……。

 おい、それって……、

 やはりアメリアは俺の心を見透かしているかのように、言葉を継ぎ足してくる。


「そうです。あなたの友人も被害にあったそれです」


 頭をガツンと殴られたような感覚がして、俺はその場でふらついた。

 アメリアの瞳はまっすぐと俺を見通していて、嘘をついている様子はなかった。

 ここが重要なのか、アメリアは少し前屈みになって語気を強める。


「これには訳があるんです! 魔王を倒すために強大な力を持つ異世界の勇者を呼ぼうって」

「それ自体はしょうがないとして。なんで今も——」


 神隠しは今だに世界各国で起こっている。

 誰だろうと例外なく、無差別に突然いなくなる。

 いくら捜索しても手がかりは無いことから、今では警察もまともに動いてくれないくらいだ。

 神隠しに乗じて単なる誘拐事件だって多発している。

 込みあがる激情を握り拳で押さえつける俺を、アメリアは手を伸ばして制してくる。


「勇者は魔法や闘術の他に異能力をその身に宿す。そのせいで多くの国が、今度戦争のために転移を——」

「なんだよそれ」

「最初は私が魔王討伐のために呼んだのですが、その術式を僅かにとはいえ神の血を引く者、魔法の扱い長けた者、古代文明を扱いし者と様々な種族が模倣して……」


 両指を突かせながら、アメリアは申し訳なさそうに俺の顔を覗き込むように見る。

 間接的にとはいえ俺の友人を異世界へ飛ばした大本だから後ろめたく思っているのだろうか?

 最初は人類のためにやった行為だと分かっただけ、俺はアメリアに激情を飛ばす気はない。


 それにだ。神隠しの件は一旦おいといて。

 そんな奴らがいてなお勝てなかった魔王を、異世界召喚されて異能力をもっただけのただの人間が倒せるとは思えないのだけど……。

 アメリアは俺の瞳をじっと見つめた後に口を開く。


「ちなみに最初に呼び出された勇者の持っていた能力は、運命を見る。ゲームでいう乱数を調整し、フレーム単位で動ける能力です」

「TASか」


 つまり運命は勇者が魔王を倒すことが可能だったと指し示したわけだ。

 で、これが俺の夢だったとしてもそろそろ本題に入っていいだろう。

 俺はじっとアメリアの胸をチラ見してから瞳を除く。


「で、俺に何をしてほしいんだ?」

「もう二度と異世界召喚をさせないために、その世界へ杭を打ちます。本来異世界召喚は、他世界への侵略に当たるので神々の怒りを買います。と同時に池の中に勝手にピラニアを放つのと同等の行為なので、世界と世界の境界線が曖昧になり、いずれ崩壊します」

「要約すると?」

「このまま異世界召喚をさせ続けると、神々の怒りを買い、やがて世界はボロボロになって崩壊し、人々は気づくことなく俊さんの居る世界から誘拐を繰り返します」


 意味わかんねぇ。頭が混乱しそう、というよりもうしている。

 ……異世界召喚、誘拐、世界の崩壊と神々の怒り。おまけに召喚が雑だったせいで俺は死んだと。

 神々とやらがいるならさっさと雷でも墜とせよ、そんな世界。


「というかお前が勝手にやればいいだろ、女神なんだから」


 アメリアはごもっともだと指をひとつ立てた。


「まず一つ目の疑問。これは私があっちの世界に行っても簡単にやられる可能性が高いからです。女神としての権能とは、最強になれる力ではないのです。先ほども言いました通り、神の血を引く者がいますからね」


 なるほどと俺はひとつ頷いた。

 確かにそれができるなら既にやっているか。

 けどさ、俺は顔を俯かせて表情を曇らせる。

 女神には分からないと思うが、人ひとりいなくなるのって相当堪えるんだよ。

 たかがひとり。でもそれが友人だったら。

 おれなんて食事が喉を通らなくなり、ゲームの連続ログイン五年間も切れた。

 妹に「いい加減にしろ!」ってグーで殴られなければ、いつまでも引き摺っていたと思う。


「それが分かっている俊さんだから呼んだんです。はっきり言って今のあの世界は酷いものですよ。見かけだけは平和です。世界も美しいですし、空気も澄んでいます。ですが、人だけはいけない。何度地球管轄の神々に鉄槌を下されそうになったか」

「良いじゃん。崩壊させれば。いらないよ、そんな世界」


 俺は憎しみたっぷりで吐き捨てる。

 アメリアはなおも手を合わせて粘ってくる。


「ですが……今まで手塩に掛けていたせいか愛着が。何とかしてくれませんか? そのためならなんだってしますから~」

「そうやって甘やかしているから図に乗ったんだろ」

「ウグッ」


 アメリアの顔が苦虫を嚙み潰したかのように歪んだ。

 甘さが抜け切れていない。

 俺だって男だから、アメリアの身体は非常に魅惑的に映る。

 なんだってするって言われたら涎だって垂れる。

 さりとて始まりが始まりだ。


「分かったよ。やってやる。けど条件だ。そっちの世界でハーレムを創れるようにしろ。どうせもう帰って来れないんだろ? そんくらいの願いを叶えてくれても良いよな?」

「……分かりました。それくらいなら」

「それからお前も来い。今まで甘やかされていた分のツケを払ってもらう」


「分かりまし……って私も!? ……良いですけど、そんなに強くないですからね。それからあんまりセクハラとかもしないでくださいね?」

「それは振りか?」

「振りじゃないですよ! 俊さんが私より強くなったらもうその時点で抵抗できないんですからね!」


 それは良いことを聞いた。

 そもそもの元凶が多少痛い目を受けても損は無いよな?

 俺の異能力がこいつより強くなるのを祈るばかりだ。


「はい、もう良いですよね。そろそろ行きますよ」


 アメリアが両手を天に掲げると、視点がくらくらして来た。

 いつしか俺は意識を完全に落としていった。


 *  *  *


 周囲を見渡すと一本道以外木で埋まっている場所にぽつんと立っていた。吹いてくる風で木の葉が擦れる音が聞こえ、足は土を踏む感触がする。きっと森の中にいるのだろう。

 しっかし、さっきまで家の中にいたと考えると、本当に異世界に来たみたいだ。目の前にいるアメリアがそれを物語っている。

 木の枝に葉っぱが少なく、肌寒いから今は冬かなんて思いながら肌を擦る。


 天を見上げれば空は曇っていて哀愁の空気が漂っていた。

 一応、夢じゃないか確認するために頬をつねってみると、痛みを感じる。

 夢落ちじゃないようだ。背中が少し重い気がする。

 後なんか、指と肌の感触が小さかったような、細かったような?


 なんかこの森の木も結構デカい。

 異世界だしそういう事もあるのか?

 細かな疑問を感じながら、おれは隣にいるアメリアを見てふと明らか感じた疑問を口にする。


「アメリア、お前そんな身長デカかったか?」


 おれの声がロリキャラみたく高い。なんだこれ。


「違いますよ、俊さんの方が縮んでるんです。今の俊さん、実に可愛らしい姿をしてますよ!」


 俺を見下ろしながらにっこり微笑むアメリア。

 その言葉に俺も見下ろすと、黒を基調としたゴスロリ服。よく見れば、足も腕も細い。足跡もかなり小さい。

 どうなってんだこれ。いつの間に着替えてんだ? いやそもそもこれ。


「どうなっている?」


 体に起こっている異常に混乱した俺が、つい言葉を漏らすとやはり少女の高い声がする。その声のせいでさらに混乱してきた。

 疑問に答えるようにアメリアは手鏡を取り出し、俺に見せる。

 ……なんだ、何があるんだ。いきなり手鏡って。地味に怖いんですけど。

 そう思いながら俺が手鏡を覗き込むと、――何も映ってない。


「これ、鏡だよな? 背景は映っているみたいだし……」


 ということは、俺だけが写ってない?

 俺の言葉にアメリアも手鏡を覗き込む。


「あれ? ほんとですね。それなら、私から見た俊さんの特徴答えましょう。今透き通るような白く長い髪に、健康的な薄橙の肌、瞳は両目とも赤くなってまして、小学生くらいの可愛らしくあどけない少女の姿をしてますよ。俊さん」


 そんな訳ないだろ。

 俺は、れっきとした男子高校生だぞ……、少女どころか女なわけが……。

 

 瞬間、冷たい風が俺の背後から吹き、視界に白い糸のようなものが写る。

 つい手に取ってみると、頭を引っ張られる感触がした。

 アメリアが言ったおれの特徴、おれの今の服装、おまけに鏡に映らないこの特徴は。

 見覚えがある。まさしくこれ、おれがアメリアの部屋に来る前にやっていたゲームキャラ。

 もしかして能力とか力とか、ゲームキャラまんまなのだろうか?

 だと考えたらさ。


「うん、確かに強くなった。強くなったんだけどさ」

「今の俊さんにならいくらでも襲われていいですよ! むしろばっちこい!」


 ゲームキャラの吸血姫になったせいで物理的にも精神的にも女神を襲えなくなったんだけどどうすればいい?

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