第11話 砂の城
公園が見えてくる度に身体が拒否反応を起こしているような気がした。
行きたくない…。それに、千夏達に何と言えばいいのかが分からない。
やがて、公園に着くと千夏達が苦虫を噛み潰したかのような表情でベンチに座っていた。
「優香、なんで須美にあんなことをしたの?」
私の姿を見るなり千夏が口を開く。やはり、須美の机を水浸しにしたのは私であるということがバレていたみたいだ。
私はその事が千夏達にバレてしまったという事実があまりにもショックでその場で黙り込んでしまう。
「千夏姉から聞いたよ。優香ちゃん、なんでそんな事をしたの?」
明日美が私の事を非難する訳でもなく、ただ単純に疑問に思っていますという感じで言った。
「僕達は別に葛生ちゃんの事を非難するつもりはないよ。ただ、なんでこんな事になったのかが知りたいだけ。」
一翔がそう言いながらメガネを人差し指で上げる。
「あの時、相談してくれても良かったのではないか?」
五郎の一言に私は何も言えなかった。だって、自分で勝手に相談を拒んだのだから。
「須美に腹が立ったから。」
やっとの思いで口にした一言はあまりにも冷たかった。
私の一言に千夏達が面食らう。
「須美に怒る気持ちも分かるけれど、優香がやった事は最低な行いなのよ?」
千夏が私の両肩を掴みながら言った。その一言に私は思わずかっとなる。
「あんたらなんかに私の何が分かるって言うの!」
私はそう言いながら千夏の手を思い切り振り払った。
私は、この日初めて自分の友達の事を「あんた」と呼んだ。
私の行動に千夏はおろか、明日美や一翔、五郎も驚きを隠せない様子だった。
そもそも須美は千夏達に対して直接嫌がらせをするようなことはなかった。それどころか、千夏達にはベタベタしていたくらいだ。
得に一翔や五郎に対しては酷くベッタリだった。だから、千夏達なんかには私が須美から受けた苦しみなんて分かるはずがないのだ。
「お前らに何が分かるっていうの!」
私の怒声に千夏と明日美が一瞬後ずさる。一翔と五郎は私の事を凍てつくような目で見つめ返してくる。彼ら彼女らの態度が、私の怒りを強くさせた。
「じゃあいっぺん嫌がらせされてみろよ!」
私は千夏達に向かって叫んでいた。友達に対して攻撃的な態度を取ったのはきっと今日が初めてだろう。
「わたし達だって優香ちゃんの気持ちは分かるよ?」
明日美が弱々しい声で言った。
「そうだよ。明日美だって一翔だって五郎だって…私だって誰かから嫌がらせを受けた事はあるわよ…だから優香の気持ちだって理解出来る。」
千夏が必死な口調で言った。どうやら本気で私の事を止めようとしているらしい。
「目を覚ませ。葛生殿。そのまま佐藤殿を虐げたらいつか自分に返ってくるぞ!」
「そうだよ。だから今すぐ佐藤ちゃんへの嫌がらせを辞めてほしい。佐藤ちゃんには僕達から注意しておくから。」
普段は口数の少ない一翔や五郎まで私の事を止めようとしてくる。
けれど、今の私にとっては千夏達の言葉なんてただの雑音でしかなかった。
「4人揃って良い子振るのもいい加減にしてよ。」
自分でもびっくりする程に低く、冷たい声だった。
「わたし達、良い子振っているつもりはないよ…」
明日美が今にも泣き出しそうな声で言った。その態度に思わずイラッとしてしまう。
「もう良い。言っとくけど今のあんたら、マジでウザイから。」
私は千夏達に向かって醜い言葉を吐き捨てると、そのまま背を向けて公園を後にした。
家に帰るなり、私はリュックを壁に向かって思い切り叩き付けた。
リュックを叩き付けたせいだろうか、壁が少し凹み、壁紙も一部抉れている。
「どいつもこいつも須美の味方しやがって!」
本当に頭に来る。千夏も明日美も一翔も五郎も良い子振りやがって本当にムカつく。
私はSNSを開くと
『事情も知らずに説教垂れてくる奴マジでムカつく。』
『女友達と男友達がマジでウザイ。良い子ちゃん、良い子くん振るのもいい加減にしろ。』
『しょうもない事でキレてんじゃねえよクソ女。周囲から嫌がらせされるのも全部自分の責任だろ。被害者振ってんじゃねえよ。』
と書き込んで投稿する。鍵付きアカウントなのでいくら呟いてもそれが千夏達にバレることはない。
私は、千夏達や須美の悪口を気が済むまで思う存分SNSに書き込んだ。
次の日、学校に着き、いつものように教室に入るとみんな委員会の仕事をしに行ったらしく誰も居なかった。
須美も既に学校に来ていたらしく、机の横にはリュックが置かれている。
おまけに、委員会の仕事が済んだら飲もうと思って買ってきたのだろうか。須美の机の上にはまだ開けられていないアルミ缶が置かれていた。よく見てみるとオレンジ風味の炭酸飲料みたいだ。
私はそのアルミ缶を手に取り、蓋を開けるとそのまま須美の机の真上でひっくり返した。
オレンジ色の液体がドバドバ零れ落ち、須美の机の上を濡らしていく。
彼女の机はあっという間にびしょ濡れになった。びっしょり濡れている上に、炭酸飲料の糖分のせいでベタつきも強いだろう。
ネチネチとして陰湿な須美にはピッタリだなと思った。
やがて、須美が教室に戻ってくると自分の机を見るなり唖然とした表情を見せる。
炭酸飲料で濡れてベタベタになった机を見て今にも泣きそうな表情をしていた。
クラスメート達はそんな須美の姿を見て何やらヒソヒソと話している。中には嘲笑っている者も居たくらいだ。
須美はクラスの大半からよく思われていない存在みたいだった。
須美の今にも泣きそうな表情を見て、強い快感を感じてしまっている自分が居た。
まるで脳内麻薬が分泌されているかのように。
須美の悲しむ顔をもっと見たいなと思った。須美をもっと苦しめてやりたいなと思った。
今まで須美から散々酷いことをされてきたのだ。須美を思う存分攻撃してもある程度は許されるような気がしていた。
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