22

 それから三年後、広起ひろき菜摘なつみにプロポーズをする。

 二十四歳の春だった。

 

 菜摘の返事は当然Yes。

 翌日報告を受けた依人よりひとは心から二人を祝福した。

 杏希あきも自分のことのように大泣きして喜んだ。

 それから二人は休みの度に結婚式の準備を進める。

 あの日・・・もウェディングドレスを選ぶために貸衣裳の店に来ていた。

 店の一階がカフェラウンジになっていて、商談や待ち合わせの人が何組かいた。

 

「一日付き合わせることになっちゃってごめんね。杏希がドレスの試着どうしても見たいって言うから」

「全然いいよ。男の俺より女の子の目で見て貰った方が、菜摘に合ったドレスやつを選ぶ意見が聞けるだろうし。正直俺には全部可愛すぎて、どれかになんて選べない」

 

 広起はスマホで撮った何着もの試着の写真を眺めながらはにかんだ。

 そんな婚約者の様子を、菜摘は幸せに感じながら見ていた。

 午前中から着られる限りを試着して、広起と相談しながら候補を何点かに絞っていた。

 この後杏希に候補それらを見て貰って、最終的な一着を選ぶつもりだった。

 

「杏希ちゃん、夕飯一緒に行けるって?」

「うん。大丈夫だって。サクッと決めて、美味しいもの食べて、ゆっくりしよう」

「だな。依人を落とす作戦会議もしないと」

「ありがとう。杏希は嫌がるかもしれないけど、私たちが何とかしないと……。卒業してから、私たちが誘った数回以外会ってないみたい。杏希からも連絡をとってみたけど、仕事が忙しいとかでうやむやにされちゃったって言ってた」

「会わねぇの? って、俺もちょいちょい聞いてるんだけど、そういうんじゃないんだとさ」

「杏希の片想いなら無理強いはできないけど……。ウェディングブーケは杏希に渡したいの」

「俺だって、依人が好きでもない相手なら無理にくっつけようとかする気はないよ。例え杏希ちゃん……菜摘と俺の・・・大事な妹でも。でも、依人あいつは……」

 

 菜摘たちのテーブルに近づくコーディネーターの姿を見て、広起は言葉を止めた。

 試着を始められる時間になっていた。

 

「先に仕度始めてなよ。杏希ちゃんが来たら俺が連れてくから」

「あ、杏希、すぐそこの角まで着いたって」

「じゃあ、俺迎えに行ってくるよ。菜摘は打ち合わせとか、コーディネーターさんと話しとくことあるだろ? 待ってて」

「うん、ありがと。よろしく!」

 

 広起は、太陽みたいな笑顔を残して、店の外へ出ていった。

 本当に素敵な婚約者様ですね、なんてコーディネーターが菜摘に微笑みかける。

 

 今日一日だけでも何回目かの褒め言葉に、流石に照れてしまった。

 そう、本当に素敵な人なの。

 広起と出会えて、愛されて、一緒に生きていける私は、幸せ者なの。

 菜摘がそう思った時が、そう思える最後の瞬間だったと、誰が知っていただろう。

 

 忘れることはない。

 大きな衝撃音。

 何かが押し潰され、破壊される音。

 人々の悲鳴やざわめき。

 

 その日、その場所で、高齢者の運転する車が暴走し路面店舗に突っ込んで停まった。

 暴走車にはねられた被害者は四名、最初の被害者は撥ね飛ばされて重傷。

 二人目の被害者は完全に車に轢かれて即死。

 三人目と四人目の被害者は、突っ込んだ車と路面店舗の壁とに挟まれて即死だった。

 目撃者の話だったりドライブレコーダーや防犯カメラの映像から分かるその時の状況を、警察が被害者家族に説明してくれた。

 杏希の背後から猛スピードで暴走してくる自動車に気づき、広起は杏希に駆け寄り、身を挺して庇おうとしたらしい。

 二十五歳の夏を迎える前に、菜摘はあまりにも多くを失った。

 

 

 空っぽの二年はあっという間に過ぎ行く。

 広起の三回忌には暗い顔をした菜摘と、彼女に寄り添う依人の姿があった。

 別れ際、広起の両親が菜摘だけを引き留めて言った。

 

「菜摘ちゃん、いつも本当にありがとう。こんなにも想ってくれる人がいて、広起は本当に幸せな子よ」

「だから菜摘さんには、広起の分も幸せになって欲しいんだ。広起もそう願っていると思う」

「お義父さん、お義母さん……?」

「広起が話していたから知ってるの、依人くんは良い子よ。菜摘ちゃんがどれだけ広起のことを想ってくれているかは今までで十分分かっているから、そんな簡単に切り替えられないのも分かってる。でもね、主人とも話したの、二年は十分な時間よ。私たちも、きっと広起も、それを裏切りだなんて思わない。あなたには、今、そばで菜摘ちゃんのことを大事にしてくれる人と向き合って欲しいの」

「依人くんなら、広起も喜ぶと思う。それだけ言っておきたいと、妻と話し合ったんだ。今日は本当に来てくれてありがとう。また、いつでも広起に会いに来てください」

 

 深く頭を下げて、菜摘はその場から立ち去った。

 待っていた依人が菜摘の様子を心配そうに、隣を歩く。

 

「大丈夫か。何かあった?」

 

 依人の優しい眼差しを見上げて、菜摘は抑えていた感情を解放していた。

 ナニ ソレ

 

「ううん、なんでもない」

 

 悲しく微笑んで答える。

 ナニソレ ナニソレ ナニソレ!!

 ナンニモ ワカッテイナイクセニ!

 

 私と依人はただの似た者同士。

 傷付いたお互いを慰め合っているだけ。

 これ以上にちょうどいい組み合わせってないじゃない。

 だから私たちが付き合っても、何の意味もない。幸せなんて生まれない。

 お互いが求めているものは手に入らない。

 あぁ、そうか。知らない人たちは勘違いするのね。

 私と依人とで一つだけ違うこと。

 私は依人の求めている人に似ている、依人が惑わされてそのに向ける目で私を見てしまうほどに。

 申し訳なく思っているのに。

 悲しみを理解し分かち合える相手が、依人にとっては私だけなことを。

 私は依人に救われているけど、依人には私は残酷だ。

 だからずっと気づかない振りをしているのに、向き合って依人を苦しめろと言うの?

 あの、痛々しい目と。

 ナンニモ ワカッテイナイ

 

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