第506話 途中で振り返ると

 五十歳、人生百年時代においてもとっくに全盛期を過ぎた年齢である。


 普通に会社勤めをしていればそれなりに役職にもついて給料もそこそこ貰っていただろう。海上自衛隊を三年で辞めず、昇任試験を受けていればまた違った人生になっていただろう。


 特に後悔している訳では無い。その時したい事に素直に従った結果だ。良いように言っているが結局はやりたくない事から目を背けていたに過ぎないんだけどな。


 何にしてもこれまでの積み重ねが現在であり、それを否定するつもりはない。私の長弟は、大学受験に失敗し、一時期はアルバイトに明け暮れていた。貯めては渡米し、よく分からないアメリカの大学を出た事になっている。帰国後、就職活動していたがなかなか決まらず、色んな会社に履歴書を送る日々だった。


 そんな時、ふと気になって、


「お前、会社宛に履歴書送る時『御中おんちゅう』付けとるか?」


 と聞いてみた。「御中も付けずに送ったら中身も読んでもらえんで」


 聞いているような聞いていないようなぼんやりした態度だったが、その後すぐに仕事が決まったところをみると、もしかしたらそれまでは御中付けずに送っていたのかもしれない。たまたまそのタイミングだっただけかもしれないけどね。


 結局、その会社にしばらくいて、キャリアアップで別の会社に入り、そこで頑張って課長にもなった。海外出張の多い仕事だが、マンションも購入し、嫁と子どもを養って、毎週のようにゴルフするくらいは稼いでいる。


 末弟は陸上自衛隊へ四年勤め、車両系の資格を数々取得した後に除隊した。その後早くに授かり婚し、長距離運転手などをしていたが、女房に逃げられてしまった。その後も色んな事があったが、今は三人目の嫁さんと二人目の長男と三人で仲良く暮らしている。


 私だけが正社員雇用ではなく、なおかつ独身である。年老いた父母と朽ち欠けた古民家で同居している。バイトと変わらない時給の仕事をしながら小説を書いている。今の時点では完全に遅れを取っているので何と言われても仕方がない。


 年齢を言い訳にするともう手遅れのように感じるが、私はまだまだ今は成功への布石だと勝手に思っている。ほら、物語ってのは浮き沈みがあるから面白い訳で、ずっと成功したまま最後までなんの問題もなく終わったのでは物語としては何の面白味もない。


 もちろん、このままさらに年をとって何のプラスにもならずに終わっても物語としてはつまらない。まぁ最悪の場合、通り魔にでもなってクライマックスを迎える手もあるが、それも割と出し尽くされたよくある結末なので私としてはその最後を選択するつもりはない。


 今うまくいっている他人と、今うまくいってない自分を比較しても、そりゃ落ち込むばかりである。と言うよりも他人と比較すること自体が無意味である。


 さらに悪いのは相手をやっかんだり羨んだりする事である。他人は他人、自分は自分と割り切って、自分を良くする事に全力を注ごう。


 諦めて他人の足を引っ張るだけの哀れな亡者にだけはなりたくない。私はそこまで落ちぶれるつもりはない。


 ま、蔑みたい奴は勝手にどうぞ。それであなたの精神が少しでも安定するなら役に立てて幸いですわ。


 そんな事を書きながら電車に乗っていると、吉田拓郎の「人生を語らず」が流れてきた。そうそう、人生語るのはまだまだ先の話だね。越えてゆけそこを、越えてゆけそれを、今はまだ人生を、人生を語らず。

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