第335話 イライラした一日 その2

 十時半過ぎくらいに突然その愚鈍なおっさんが私の背後で、

 

「よしっ!」


 と言ってよたよたと店の前に立ち、「焼きいか二杯下さい」

 

 と、突然焼きいかを買って戻ってきた。なんでこのタイミングで買ったのかな? と不思議に思っていたら、

 

「じゃ、私、一度家に帰りますんで、また後で来ます」


 愚鈍なおっさんはそう言い残して焼きいかを持って去っていった……。

 

 もう無茶苦茶である。こんな事を言ってはいけないと思うがタヒんで欲しい。私はすっかりやる気を失い、前掛けを外し、椅子に座っていた。

 

 すると慌てた様子で副会長がやってきて、

 

「どうした? 焼き手交代?」


 などとすっ呆けた事を言い出した。このおっさんの鹿児島訛りのイントネーションは荒ぶる神経を逆撫でするんだよな。

 

「はあ? まだ焼かんといけんですか?」


 いかはすでにストックがいくつかあり、これ以上焼いても意味は無い。と言うか、焼きたいなら勝手に焼いてくれや。しかもこっちは焼き方が悪いとおばさんにいちゃもん付けられとるんじゃ。気に入らんならお前らが焼けや。

 

 昨日初めて焼きいか担当させられて、クソの役にも立たん愚鈍なおっさんを付けられて、疲れて休んでたらなんじゃその言い草は? お前も現場離れんと手元足元やれや。あのおっさんが役に立たんのは分かっとるじゃろが。

 

 十一時過ぎに昨日と同様、うどんが運ばれてきて手隙の人から昼食をどうぞと言われ、うどんを食べていると毒親父が末弟親子を連れて様子を見に来た。

 

「お父さん、息子にちゃんと教えんと! 全然焼き方がなってないよ!」


 さっきいちゃもんをつけたおばさんが毒親父に言う。

 

 かっちーん! を通り越してぶっちーん! である。

 

「こいつ、わしの焼き方が気にいらんらしいわ」


 と私が毒親父に言う。

 

「お父さんはいかの横側も焼きよったよね?」


 おばさんが言うと、

 

「いいや、そんな事はしとらんど」


 と毒親父が返す。そりゃそうだ、昨日の朝、私に教えた時にそんな事は一言も言っていなかったのだ。横向きに火を通せなんて言われていないし、やってもいなかった。

 

「ええ? 焼きよったじゃん」


 おばさんがさらに言うが、

 

「そりゃあ、あなたの勘違いでしょう」


 ぴしゃりと毒親父に言われてしゅんとなる。

 

「勘違いじゃったんじゃけぇ謝りんさいや」


 ちょっとビールを飲んでいた私は大人げもなく謝罪を要求した。おばさんが素直に頭を下げたのでとりあえずその件は決着した。

 

 どう? これでまだ午前中なんだぜ? なんてネタフルな一日なんでしょう! ちなみに愚鈍なおっさんはうどんが来たタイミングで戻ってきて、現場の様子を気にする事もなくすぐさまうどんを喰らい始めましたとさ。


 という訳でその3に続く。

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