3章 逃げるか、逃げないか
アガーディの晩ごはん
「これラヴィ。もう少し落ち着いて食え」
「らっれおいしいんらもの」
テーブルの上が酷く散らかっておる。
先程から疲労困憊した店員が次々と机に食べ物を運びこみ、それをラヴィが片っ端から食べている。恐ろしい量が運ばれてきていることがその皿の量からわかるが、机から料理があふれることがない。わしは一体何を見ているのだ。
ここは国境の街アガーディ。
周囲を3メートルほどの擁壁に囲まれた街で、まだ夜が明ける前にこの近くの山に降り立ち、そこから街に向けて歩いていると日が明けた。
とはいえ開門はまだらしい。国境を越えるためにやってきた商人たちが門前に小さな列を作って開門を待っている。そしてラヴィはその辺の草を勝手に抜いて食べていたものだから、随分と奇異の目で見られていた。
そのうち門が開き、順番に流れに乗ってカードを見せる。
「はい。確認しました。ところでエグザプトに入ったばかりみたいなのに、どうしてここに?」
「ええと、本当は聖都エグザプトまで行こうと思ってたんですが、ちょうど今年は本祭りだからどこも全部閉まってるって聞いて」
「へぇ、知らずにきたんだ」
門番は呆れたようにラヴィを見る。こやつの呆れるポイントはそこではないのだが。
「それでお祭りが終わったらまた観光に来るか、しばらくこの街で滞在したいと思ってます」
「そっか、災難だったね。ここは国境で半分はルヴェリア王国だから、そちら半分にいれば問題ないよ。でも今ルヴェリア側は盗賊が増えているようだから気をつけて」
「ありがとうございます」
門番に別れを告げて一番最初に目についた飲食店に飛び込んで今。メニューの上から順に注文している勢いだ。この小柄な体のどこに入っているのだろうな。
それにしても何故拉致されたのか判明して馬鹿馬鹿しくなった。こやつはステータスカードの種族欄を開示したまま入国審査を受けたのだ。人間至上主義の国に『兎人』の表示をして入るやつがあるか。いや、通常であれば開国しているから入れるのだろうが、今は時期が最悪だった。
「いったいお主の頭のなかはどうなっているのだ」
「どう? これからどうしようって思ってるだけだし」
カプト様はそう言うけれど、編集長からは僕にまかせるとも言われている。基本的には帰ってこいっていわれたけど。昨夜、こんな話を編集長としたんだ。
「すまんすまん。今年は駄目な年だった」
「もう! 編集長! 駄目な年って! もともと獣人は入れないって言ってたじゃないですか⁉︎ そもそも危なかったんじゃないの⁉︎」
「いや、獣人じゃなくてもこの日はやばかった。つい入れそうなやつが来たから勢いで!」
「えぇ~?」
勢いでって。
でもよく考えたらカッツェから出発するときも勢いのような。
エグザプト聖王国の普段のお祭りでは城から特別な食べ物が振る舞われ、その日一日は家から出ずに閉じこもって過ごすらしい。その特別な食事というのは宿の宿泊客にも振る舞われるから、編集長はそれを僕に記事にしてほしかったって。知らないよ!
でも特別な食事ってなんだろう? なんだかもの凄く気になるんだけど。
それで今年はエグザプト聖王国の大建国祭。
それは『無法と欠けた月』の領域で100年で一度行われる、月のメンテナンス日にあわせて行われる。その日、無法と言われるこの領域において、この国は真に『無法』となる、んだそうだ。その『無法』の意味はよくわからないんだけど。
けれどもこの時期にエグザプト聖王国に入国する外国人はいないらしい。なぜなら入国して帰ってきた人はいないから。
そういえば入国の列が他の国に比べてとても少なかったよな。
「帰ってこなかったって、警察とかは探さないんですか?」
「詳しくはわかんねぇが、そういうことなんじゃねぇかな。ともあれ他の部にも聞いてみたが、今は立ち寄るなっていわれた。まじですまん。西のアガーディっていう国境都市を目指せ。そこなら隣国との共同統治のはずだから無体はないだろう」
「えぇ~エグザプトは? 珍しい食べ物があるんでしょう?」
「……まあ一応は止めたぞ」
結局編集長は僕がどうしたいかは僕が自分で決めていいと言っていた。それでじゃあなんとなく行ってみようかな、と思ったわけで。だって今もアガーディのレストランでご飯をたくさん食べたけど、なんとなくどれも想像のつく味なんだもん。ちょっとだけ変わってるくらいで。
「ラヴィ、人の食べるものでそれほど違いが出るはずがなかろう」
「だってハラ・プエルトのお魚屋さんは美味しかったよ」
「あれは人が食べるものではない」
それでお店の給仕のお姉さんにこのあたりの食べ物を聞いてみたけど、僕の村で食べてた動植物とだいたい同じで新しいものもない。だから僕はもう一度エグザプトに行くんだ! まだ行ってないけど! だってせっかく来たのにエグザプトでまともに食べたものはエネルギーバーと草だけだし!
それから一番の理由は昨日捕まってたところの食堂のご飯が美味しかったから! なんだか不思議な風味で、ミルクのようなヨーグルトのような酸味があって、一口たべたらちょっと力がみなぎるような、そんな不思議な味付けを感じた。香辛料かな。それともハーブ? とても不思議な味のソースだった。
僕はあれをもう1回食べてみたいんだ。それに。
「落ち着け。何故そんなにエグザプトに行きたがるのだ」
「だって普通のお祭りでも特別な食べ物が出るんでしょう?」
「待て、その先は聴きたくない」
えーなんでー?
普段美味しいなら100年に一度は100年に一度分、特別に美味しいものじゃないのかな。兎人だったから捕まったのだとしたら、隠せばいいのかなって思うし。隠したらアガーディに普通に入れたし。
「領域に入る時言うただろう、兎人とバレたら食われると」
「僕食べられちゃうの?」
「捕まったらおそらくその可能性はそれなりにあるだろう。普段もな。だがエグザプトの『真の無法』では何があるかわからん」
「カプト様はその『真の無法』って何か知ってるの?」
「単純な話だ。その期間は何をしても良いのだ。エグザプト自体の法も無効になる。だからこの領域内の国は月が欠ける間は自国民にエグザプトへの渡航許可は出さぬ」
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