1章 カプト様が落ちていた。

兎人族の僕の村!

 僕はラヴィ=フォーティス。兎人族うさぎびとぞくのフォーティス家の末っ子。

 とはいってもここは兎人族の村だから、ほとんどが兎人族なんだけど。ちなみに僕は兎の耳と尻尾が生えているくらいで、基礎人きそびととさほどかわらない。けれども村人の中にはふわふわ毛の大きな兎のような姿の人もいる。一口で兎人っていっても様々だ。

 僕は小さい頃から好奇心旺盛、正しく言うと極度の食いしん坊だった。そのせいで今も床に倒れている。

「父さん! またラヴィが!」

 母さんが悲鳴を上げた。

「教会へ急げ、母さん!」

 父さんがドタバタと近寄ってくる。

「またかよ、もうこのまま逝った方がこいつ幸せなんじゃないの?」

 そうはいいつつも優しい兄さんは僕をひょいと担ぎ上げ、慣れた道を教会へ向かう。


 僕はいつもとりあえず目につくその辺の色んなものを口に入れて、そりゃやっぱり毒性があるものなんかもたくさんあるわけで、泡を吹いてぶっ倒れて教会の治療室に連れて行かれて解毒してもらって母さんにこっぴどく怒られる、それが僕の毎日だった。テヘ。

 母さんや兄姉にはもう変なものは二度と食うなと泣いて言われるけれど、なんかもう、駄目なんだ。見たことがないものを見るとどんな味がするんだろうって気になって仕方なくなって。これが本能? っていうやつ? っていうと父さんがそれはもう残念そうな顔で僕を見たものだから、この言い訳は使わないことにした。

 そのへんのものを食べないように部屋に閉じ込められたこともあるけど、部屋にあるベッドやら枕やらを齧っちゃった。それで家具もなんにもない部屋に閉じ込められても壁や床を齧ってた。


「お前、もう何かの呪いにでもかかっているんじゃないか」

 兄さんがそんなことを言ったもんだから神父様に調べてもらったけれど、呪いはみつからなかった。つまりなんていうか、結局、これは僕の性癖というか、僕が僕であることによって生ずる病なのだ。

 かっこよく言ってみたけど、簡単に言うと僕はゲテ系の食いしん坊と広く認識されていた。

 それでね、そのうち何故か変なものを食べても倒れなくなった。だから周りの家族や友人は変なものを食べなくなったんだろうって胸をなでおろしていたみたいなんだけど、僕は止めたわけでもなくって。今日は本当に珍しかったんだ。遠くからきた行商の馬車に生えてたキノコが初めて見たものだったからつい……。

 その原因が判明したのは僕が10歳の時。

 教会でステータスカードを受け取ったときだ。

 この世界では魔女様、場所によっては女神様とか呼ばれているらしいけれど、ともあれ魔女様が世界にあふれる魔力を地域ごとに管理されていて、その魔力を活用してステータスカードを始めとした様々な恩恵システムを地域にあわせて構築している。ステータスカードは多くの魔女様が採用されている共通システムで、だいたいの国で身分証明証として使えるんだ。

 それで僕の住む地域を支配する『渡り鳥と不均衡』の魔女様の領域では10歳になれば教会でステータスカードを受け取る決まりになっていた。


 両手の親指と人差し指で四角を作ったくらいの小さなカードの印字を眺める。

 僕のHPやMP、力や賢さなんかは普通と同じだった。あ、えと、賢さはその、ちょっと低かったけど、まあ正常の範囲だから大丈夫。

 それでまあ、なんていうか、おかしかったのは耐性値。耐性というのはそのまま耐える力で、例えば毒耐性は毒を食べ続ければ上がって毒が効きにくくなる、とか聞いたことがある。

 僕は毒耐性、食毒耐性、麻痺耐性、死毒耐性、薬物耐性、ええと、20個くらいあったのかな、耐性がついていて、そのレベルがなんていうか、軽い毒なら毒無効レベルにまで達していた。それを見た村の皆は固まった。

「アハハ。毒と食毒って違うんだ……」

「馬鹿! お前は! 一体何を! 何をしたら! ここまで!」

 僕は馬鹿なことをつぶやいてしまったけれども、みんなの目は、ああ、やっぱりな、こいつはもうどうしようもないんだ、という風に変わって、なんとなくいたたまれなくなってきた。テヘ。

「はぁ、もう。それでどうするかね?」

 神父さんは手の施しようがないって感じで呟く。

「どうする? ですか?」

「そうだ。もし望むのであれば魔女様にお伺いをたてて就職先を探していただくが」

 みんながゴクリと喉を鳴らした。

 10歳になったら仕事の見習いを始めるのが世の習い。それで家の仕事を継いだり、どこかに弟子入りをしたり、知り合いのところで勉強を始めたりするのが一般的。けれども身寄りがないとか様々な理由で就職先が見つからない時、魔女様にその能力や性質から適する職場をご紹介頂くことができた。

 なお、うちは農家だった。

「ラヴィ。お前は、なんというか、農家は向かない気はするよ」

「母さん……」

「いつか畑に変なものを入れて妙な味を作ろうとしそうで怖い」

「兄さん酷い」

 でも確かに僕は抑えきれない思いがあった。

「世の中に出てもっといろんな物を食べたいです。だから魔女様に」

 頭を叩かれた。解せぬ。

「本当によいのかね? 魔女様はよい就職先を探して頂けるだろうが、お伺いする以上、よほどの理由がなければ変更はきかぬ。どんなところであっても」

「構いません」

 僕は大きく頷いた。なんとなく。

 そうすると神父様はやっぱり、はぁ、とため息をついて魔女様に祈り始め、やがて教会の中心に設置された水晶玉にぽわりと文字が浮かぶ。


『カッツェの国ワールド・トラベル出版 第5分室』


 世界! 旅行! 出版?

 出版ってたまに村長さんのところにくる新聞ってやつだよね?

 神父様も怪訝な顔をした。

「社名だけじゃなく部署まで書かれているのは初めて見るな」

「そこが僕に最適な職場なんですね! 出版ってよくわからないけど!」

「……まぁ、魔女様のご選択だから間違いはないと思う。……よし、ステータスカードに記載した。これをこの会社に提示すれば就職できるだろう」

 神父様と家族は酷く不安そうな顔をしていたけど、僕の前途は洋々と広がっていた。

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