第15話 コロシアムにて
休日を与えられたレイアがどこに行くかをエデンはよく知っていた。自分で自分のことを狡猾だなとは感じてしまう。そんな彼女の行動を予測して、「コロシアム」にやってきていた。
観客席はほぼ満員。人、人、人。彼らは次々に声をあげている。
禁止級ダンジョンボスの出現で街はめちゃくちゃになっているはずだが、それでも彼らの活気は凄まじいものであった。
彼らは一心に中央のステージを見つめている。
一瞬、そちらに目をやり後悔した。
叫び声をあげているレアの民族の男。彼の手には刀身の短い剣。その男が同じくレアの民族の槍を持っている若い男に立ち向かっていく。若い男の長い茶髪が揺れる。彼は冷静のまま。叫び声をあげた男がその若い男に突っ込んだのと同時に、血が噴き出していた。
気づけば、槍が目の前に突き出されており、その槍の刃先の上に叫んだ顔のままの首が載せられていた。その状況を目の当たりにし、人々は叫び声をあげている。
殺し合いだ。こんなものに。
レアの民族の殺し合いに。
思わず嗚咽が漏れそうになり、うずくまりそうになった時、彼女の肩を抱く影があった。
「何してんの?」
それはフレイであった。
「え、えと、あの……」
「調査……どころじゃなさそうだね」
「いや、あの違うんですよ。これは、このコロシアムの中に怪物がいるんじゃないかなと思ってさ」
「なるほどー、それはしかたないー」
フレイは棒読みでそんなセリフを吐いたのを見て、エデンは頭を下げていた。
「す、すいません……」
「え、何も言ってないじゃん」
「サボりです……」
だが、フレイはそこで何も話すことなく、エデンの服の袖を引くと、外へ連れ出していた。
「すいません、仕事に……」
涙目のエデンにフレイは微笑みかける。
そして、コロシアムの外のベンチに座ってもらった。
「とりあえず話してみなよ。まぁ、話しづらかったらいいけどさ。サボってて、そんな落ち込むのはおかしいと思うよ」
その言葉にエデンは落ち着いたのか、ほっとしたような笑顔を見せ、語り始めた。
レアの民族には歴史がある。
その中で多く語られるのが虐殺の歴史。
元々、レアの民族はダンジョンを管理している一族であった。彼らはこのダンジョンから出てきた資源を人類に与え、その見返りとして食料や生活用品を貰い、生活している一族。ダンジョンの怪物を神様と崇め、今とは違う形でダンジョンと共生していた。
そんな中で、人間側はこのダンジョンの資源を独占しようと計画した。
こうして今より10年前に行われたのが人間軍によるレアの大虐殺である。
人間は技術に関してはレアの民族を超越しており、敵ではなかった。そして、彼らは狙い通り、資源を独占。さらに、生き残ったレアの民族に隷属、コロシアムの選手、ギルドメンバーなどの人権も常識も通用しない職業を与えた。
「ここまではよくある歴史なんですけど、私の父親は人間軍の中将で母親は軍医をしているんです。彼らは忙しかったこともあって、私に彼らは隷属として召使をよこしたんです。好きに扱え、なんて言って。それがレイアさんでした」
フレイは首をかしげる。
「好きに扱え、なんていう割には仲良さそうだけど」
彼の言葉にエデンはうつむいた。そしてぽつりぽつりと話し始める。
「話していくたび、かかわっていくたびに確信したんです。レアの民族も人間だって。私は生まれたころからレアの民族は狡猾な民族だだとか社会の癌だなんて言われてきました。でも、普通なんですよ。どこまで行っても」
彼女の声はだんだん叫ぶようになり、そこでしびれたように顔を起こし、隣のフレイを見ると、彼はこちらの顔を覗き込むようにして微笑んでいた。
「なるほどね」
エデンは自分がただ勝手に話しているように感じ、思わず口を自分の手で覆った。
「へ、え、あの。すいません。こんな一気に」
その言葉にフレイは目を細める。
「いいじゃん。別に聞くって言ったのは僕だし。あと、正しいと思うよ。その感覚は。僕もそう思うもん」
「そう、ですか?」
「うん。僕は人間とレアの民族の間に生まれたどっちつかず。ハーフだからね」
あっ、と気づいたようにエデンは口を押える。
「どっちの血を受け継いでいても変わらないさ。みんな同じなんだよ。それを肌の特徴とかなんだとかで分けちゃって……って。ごめん。僕も話し過ぎちゃった」
彼は満面の笑みを見せる。
「とりあえずさ。こんな感じっていうのはあれだけど、もう一回話を聞いてみたら? 自分のことばかり言っちゃってるかもしれないからさ」
そこでふわっと、エデンの心の中が温かくなる感覚があった。それと共に、頬が熱くなる感覚が起きて、俯いてしまう。
「だ、大丈夫?」
見られたくない。彼女は何とか表情を手で隠し、話し始めた。
「え。いや。そ、そうですね。ありがとうございます。大丈夫です。私、大事なことを忘れていました」
エデンの予想通りというべきか、フードを深くかぶったまま顔を見られないように、レイアは観客席の端から立って眺めていた。ステージの中央では相変わらず槍を持った茶髪の男が無双していた。次々に襲い掛かる敵を薙ぎ払っていく。そんな彼はレイアの兄スタスだった。小さい頃、ともに遊んでいたころの彼の笑顔はない。
彼が誰かを殺すたびに歓声が上がるが、そのステージ上の彼の表情は無表情であった。この表情ばかりを見ていた。自身がもっと強かったら、隷属になんてならずに済んだのか。彼は人々の金を背負って戦い、傷つき。そんな彼に立ち向かっていく謎の女。
(彼女が注目選手か)
頭の一部と首の一部が岩で覆われてしまっている。レアの民族の特徴がしたたかに表れている彼女を見て、彼ともう一度普通に生活がしたい、そんなことを彼女は思う。
ただ、思うだけで、彼のことを選手として買うこともできず、コロシアムで一緒に戦うこともできず、何もできない自分を恥じた。
昨日の夜に至っては、エデンのことを傷つけてしまい。
(私、どうすればいいんだろう)
「何もかもをめちゃくちゃにしてほしい」
そうレイアが呟いたとき、背中側で声がした。
「望み通りにしてやるよ」
「え?」
瞬間、ステージ中央に何かが出現する。
それは巨大な岩の怪物。岩は次々に周囲から集まり、形を成していく。それは高さにして100m以上。
それはステージ上で選手を傷つけることはなく、何度も地面を殴っていく。だが、その異変をもって、人々は逃走していった。
レイアは慌てて背中を振り返るも、誰もいなかった。
「え……」
セリナは目の前の中将の台詞に驚いていた。
「悪くない話だとはおもうけど?」
「え、と、そのそれっていうのは。今までみたいなギルドに提供するのではなく、人間軍の方に……?」
「人間軍じゃないよ。私の下に。私だけに提供してほしいのさ。今、こうやって活動しているのも私の部下たちでね。力をつける時期なんだよ。軍部内でも権力と言うのはあってね。そのために君の力を使いたい。悪くない話でしょ? 人間軍で働くことができるっていうのは」
セリナはソノの答えに対して、一言。
「では、お断りします」
「……へぇ?」
「私のこの技術はダンジョンボスの攻略に悩んでいる人に与えるものです。軍部の力のためにあるものではありません」
「うーん、そっか。残念」
すると、ソノは彼女の耳元に口を寄せてきた。
「君の家族構成は人間の母親が一人と、ハーフの男の子だっけ?」
その言葉に彼女の背筋が凍った。
「ごめんねー、こっちも調べてるんだよねぇ」
「人質ですか……?」
「余計なことされたくなかったら手を組むか、まぁ、考えておいてほしいな」
身体ががくがくと揺れる。いや、がくがくと揺れているのは自分だけではない。
地響き。さらに、上の方で爆発音も聞こえ始めた。
「え?」
ソノの声と共に、爆発音は身近にも響き、現れたのは巨大な岩であった。岩は作業が進んでいたセンシャを押しつぶす。さらに次々に打ち込まれる連撃。
「な、ぎゃあああああああああああああ」
飛んできた岩の破片が目の前の男のすぐ横を通過し、悲鳴があがる。
身の危険を感じたセリナは、元来た道へと駆け出した。
【あいさつ文】
お世話になっております。やまだしんじです。
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