第37話

やっと平穏な日々が戻ってきた。


学園は、やっぱり楽しい。


今日は平民クラスの試験が1週間後に迫っているので、マーティンとロザリーの為に勉強会を開いている。アイザックも試験を受けるそうだけど、今は城で働いている。


「うぅう……ダメかも……」


「貴族クラスの方が交流を深められるんですし、気楽にやられたらいかがですか?」


ウィルは淡々としているが、丁寧に教えてくれる。少しだけ、みんなと打ち解けるようになった。たまに貴族の友人達が勉強会に混ざったりする。ロザリーと楽しそうに話す事も増えた。上手くやれているようで良かった。


「オリヴィアと同じくらい優秀だと示すには同じクラスにならないといけないでしょ」


ロザリーは、負けん気が強い。成績もどんどん上がっているらしい。


「オリヴィアに勝つのは無理ですよ」


サイモンは、帰って来てから場所を選ばず昔のように気楽に話すようになった。わたくしの事も呼び捨てだ。その方が距離が縮まった気がして嬉しい。貴族には敬語を話すけど、人によっては慇懃無礼だなって思う事もあるわ。


まぁ、彼にそんな事言える人はいないけど。元々不満も溜まっていたからサイモンの行方不明はきっかけだっただけだ。けど、この男を怒らせるのはまずい。そう誰もが思っている。


サイモンはあくまで商人という立場を崩さないから平穏だけど、警戒はされてる。実は、エドワードやマーティンはサイモンの監視役を兼ねている。アイザックは反対したけど、また行方不明になられたら困るという大人達を抑える事は出来なかった。


サイモンは気にせず監視すれば良いって言ってるけどね。アイザックの護衛の任を一時的に解かれたマーティンが平民寮に移動したから分かってたって。早く他の商会が帰ってきて欲しいって言ってたわ。ウォーターハウス商会が居なくても構わないとも思われるようになるのが目標なんですって。


学園には通えてなかったけど、時間はあったから勉強してたらしく、サイモンの成績は上がった。今ではウィルとトップ争いをしている。いつもあと少しで勝てないと悔しがっている。


わたくしは、少し成績が下がってしまった。


「この間のテストは20位だったわ。ロザリーは貴族クラスで5位まで上がったんでしょう?」


わたくしより、ロザリーの方が成績が良いのではないかしら?


「オリヴィアは貴族クラスではいつもトップか2位だったじゃない。マナーは理事長先生とオリヴィアのおかげでなんとか出来るようになってきたんだけど、まだまだなのよ。オリヴィアを慕う人は多いわ。わたくしとオリヴィアが仲良しだと知られてるから嫌味を言う人は減ったけど、オリヴィア並みに頭が良いって思って貰わないと反対意見が出る。オリヴィアが自由になれないじゃない」


「大丈夫。学園を卒業するまでには完璧に仕上げてあげるから!」


「スパルタだよぉ!」


「オリヴィアは優しい方でしょう」


「ねぇ、気になってたんだけど……スパルタって何?」


「へ?! これもこっちにはない言葉?! えっと、古代ギリシャで……」


「ロザリー、そこまで説明してたらややこしくなるから。要は、勤勉で倹約に努め、厳しい教育を行う事ね。スパルタ教育、なんて言うわ。そっか、確かに前世の記憶でしか知らない言葉かもしれないわ」


「ふぅん……ウィルはなんで知ってたの?」


「さぁ、オリヴィアから聞いたんじゃありませんか? 覚えてません」


「……そ。じゃ、頑張ってね。未来の王妃様」


「頑張ってますよ! けど、この羽ペン書きにくいんです! もっと良い筆記具が欲しい……!」


「確かに、前世みたいな筆記具に慣れてると羽ペンは辛いわよね」


「オリヴィアぁ……なんかいい筆記具ない?」


「そういえば、前に聞いたボールペンとか、万年筆とかうちの商会で作れないかな?」


「なにそれ! ボールペン最強だよ! 欲しい!」


ロザリーが、飛び跳ねて喜ぶ。今は無邪気だが、貴族達の前では仮面を被れるようになった。立ち振る舞いは元々綺麗だったので聞いてみたら、前世はいいところのお嬢様だったらしい。


家族の名前などはわたくしと同じで覚えてなかったけど、前世で礼儀を学んでいたのは大きい。今では、わたくしと変わらない立ち振る舞いをする。こちらの世界の独特なルールはあるけど、それもほとんど覚えたから大丈夫。


そろそろ婚約を発表すれば良いと言ったんだけど、卒業後にアイザックの戴冠式をするので、その時一緒に結婚式を行う事にしたそうだ。


父はわたくしとアイザックの結婚式だと思い込んでいるけど、実際はロザリーが王妃になるとみんな知っている。


父達への情報を止めてくれているのは、サイモンやエドワード、ウィルの力があるようだけど……詳しくはどれだけ聞いても教えてくれないので、諦めた。とりあえず、卒業までは侯爵令嬢でいられるようだ。


卒業後にどうしようと思っていたら、アイザックが小さな家を手配してくれた。エドワードとマーティンが探してくれたらしい。


一年くらい暮らせるお金も貰えた。王家はお金がないから、要らないって言ったんだけどエドワードがそれくらい渡さないとアイザックの評判にも関わるからって説得された。


サイモンとウィルに住む所はどうにかなるって伝えたら、渋い顔をしていたわ。サイモンも、わたくしの住居を手配しようとしてくれていたらしい。けど、サイモンにおんぶに抱っこは申し訳ないって言ったらウィルと2人で喧嘩を始めてしまった。


喧嘩は困るけど、昔と同じような会話がなんだか嬉しくて、涙を流したら2人とも大慌てしていた。こんな事、昔もいっぱいあった。


あったかくて、楽しくて、幸せな日々。


またこんな風に笑えるなんて思わなかった。


「サイモン、もっと良い筆記具作りましょう! 本気で!」


「良いね。来週には少し落ち着くから作ろう」


「ロザリー、待っててね。ボールペンが出来るか分からないけど、今のより良いものを作るわ!」


「ありがとうオリヴィアぁ……!」


ロザリーとは、寮も同じなのですっかり仲良くなった。食事も同じで、時には同じベッドでおしゃべりしながら眠る。寮に帰ると寂しかったから嬉しいと言ったら、ロザリーが優しく頭を撫でてくれた。


この世界に来てから親に抱きしめられた事なんてない。だけど、こんなに優しい人達に囲まれて幸せだ。

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