第2話 いつでも一緒
情報Ⅰの講義を聞き終わり、食堂へ行こうとする暁に、珍しく同じ学科の梨花(りか)が話しかけてきた。
「暁くんのお隣の方って…。」
暁は今週何人目だ…とうんざりして同じセリフを繰り返した。
「従兄弟なんだ。家の事情で、今週から一緒に大学に行くことになった。」
「あの、名前は?私、梨花って言います!」
梨花は頬を少し赤らめて椚丸の方を見た。
「椚紅葉(くぬぎ もみじ)っていうんだ。よろしくな。」
爽やかな笑顔を返す椚丸に、暁はイライラを募らせた。「素敵な名前だね!よろしく。」と暁には見せたことのない輝かしい顔で梨花は手を振り去っていった。
どうしてこうなった…暁は頭を抱えた。「早く行かねぇと、天ぷらそば食いそびれるぞ。」と急かす椚丸を睨みつけるも、本人はどこ吹く風といった様子だ。
椚丸の言う「憑く」というのは、人間と天狗を結びつけ、天狗が人間の姿になり人間の世界を動き回ったり人間に干渉したりできるようにするものだった。
結びつけるというのは、文字通りお互いの体を結びつけるのだ。他の人には見えないが、今暁の左手首と椚丸の右手首は5mほどの長さの赤い紐で結ばれている。
「人間の作ったものの干渉は受けねぇから、用足しに行ったときとか扉は閉められるぜ。安心しろ。」
と椚丸は得意げに言っていたが、問題はそこだけではない。大学に行くにもスーパーに買い物に行くにも、いつでも一緒になってしまう。そこで考えたのが「従兄弟」という言い訳だった。せめて一人暮らしで良かったと暁は思った。
椚丸は女子の注目を非常によく集めた。暁自身自分で心が狭いとは思うが、悔しいわ、羨ましいわで、ただでさえわけのわからない状態なのにことさら苛立った。
椚丸は暁に憑いた時、暁の生活は邪魔しないようにする、そうでないとこれまた神様に怒られてしまう、と言っていたが、暁にしてみれば十分煩わしかった。
「明日は、ダイガクに行かなくて良い日だな?」
家に帰ると、そう言いながら椚丸はテレビをつけた。
「そうだよ。明日は、土曜日だから大学は休み。」
帰りにスーパーで買った鍋の材料を冷蔵庫に入れながら答えたが、椚丸が聞いている気配はなかった。返事がない。
「おい、椚。お前テレビどんだけ好きなんだ。話を…。」
「静かに!」
椚丸は液晶画面を食い入るように見つめている。ニュースでは、隣の県のとある山が鮮やかな紅葉で注目を集めている、と出ていた。
「いやぁ、驚いてますよ。なんだかいつもより色がはっきりしていてねぇ。普段は地元の人しか行かないようなとこだけど、今年は大盛況だよ。」
地元のおじさんがインタビューに答えている。画面に映る紅葉は、確かにビビッドで人の目を奪う力があった。
「これだ…俺の筆が使われてる。」
週末は県境を越えて山へ行くことになりそうだ。暁はため息を吐いた。
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