第38話 『空蟬胡桃と彁亥雪愛 後編』

 ――――――とてもアンジェは困惑しているようだった。アンジェの話では純粋悪のような人物なのが白い仮面の魔女らしい。だが僕も思ったのは人を殺し慣れている者の持つ昏い雰囲気は感じなかった。殺し慣れている者はもっと粘着く血液のような匂いを纏う。


「アンジェちゃんは、好きな人にフラれたみたいな感じだね」

「空蟬さん、入学式には出るんですか?」

「終わりの頃に出ようかなって考えているけれど……それが何か?」


 その先をアンジェに言わせない。後ろから口を塞いだ。ウゥーンと怒るアンジェの声がしたが無視して空蟬に話しかける。今はアンジェに喋らせたらボロが出るだろう。指を噛みつかれても我慢する。


「空蟬先輩は……かなり血なまぐさく決闘をしてきたんですね」

「え⁈」

「俺の師匠……人でなしなんです。今日も祝辞を電報で送ってくる予定ですけど多分読まれません。四文字言葉のオンパレードなので」

「それが何か私に関係があるのかな?」

「何人も殺してますよね?」

「…………どうしてそう……――思うのかな?」


 そこで、アンジェの口を塞ぐのをやめた。やめたら、すごい勢いで睨みつけてきたが黙ることにしたようだ。それよりも空蟬との話の方が重要だと思う。下手をしたら刃物の切っ先はこちらに向かう。


「ここが魔法学院で……非公式な決闘での死には責任を持たないって言われているのは知ってます。学内序列が高ければ、待遇もよくなる序列三位なら誰かを蹴落としてもなりたいと思うのは自然です」

「――それを知って……君は何が言いたいんだ?」

「誰かに入学式の終わる頃、先輩殺されますよ」

「……――何故そう言い切れるんだ。私は学内序列三位、千里眼の空蟬の名は伊達じゃないぞ?」

「このまま、進んだ未来が見えるんです」


 空蟬胡桃は、うーんと言った後、一〇数秒黙り込んだ。そして、前向きに考えた様子になった。

「ならば、先に入学式の会場に入っておくことにしよう。魔力障壁もあるし、危険は少ないはずだ」

「狙われる理由に心当たりはありますか?」

「非公式な決闘は申し込まれることはあっても自分からは参加していない。負けた連中が狙っているのかもしれないね」

「…………なるほど」


 アンジェが空気を読んで、黙っていてくれて助かった。これでこの人は殺されないで済むだろう。人が死ぬのは嫌という程経験したが、未だに慣れない。琥珀の母が、僕と琥珀の目の前で殺された地獄を思い出していた。

 必死の思いを胸に抱き、絶対に絶望的な状況を打開するんだ。琥珀を誰にも殺させはしない。


「ほろびさん、アンジェさん……一つ訊きたい。私が殺されたとしたら、どんな行動をとる?」

「犯人を殺さず捕縛します。全ての罪を白状させるつもりです」

「全ての罪か……それは重そうだね」

「ここで話したことは他言無用です。他の誰にも言わず、入学式に早めに出て下さい」


 空蟬はしばし考えているようだ。自分が死ぬなどと言われて納得する者など皆無だろう。だが、これが全ての歯車が狂いだした元凶のような気がどうしてもするのだ。大切な人を守りたいと心から願う。その思いは間違っているとは誰にも言わせない。


「分かった。タイミングを変えるとしよう」

「未来が見えるなんて荒唐無稽な話を信じてくれてありがとうございます」

「いや、こちらこそ礼が言いたい。そんな希少な存在がアンジェさんだとは思わなかった」

「これで一つの破滅的な結末を防ぐことができます」


 そう思っているとアンジェに脛を蹴られた。口を塞いだ罰だったらしい。しかし、これで残るは琥珀の側から離れないこととダンジョン見学を中止すること。だが、なぜ、彁亥雪愛はダンジョン見学を自ら中止にしようとしているのだろう。


 そこで腕に付けたデバイスが振動し始る。相手は琥珀だ。アンジェと顔を見合わせて、通信に応答する。宙に琥珀の姿が映る。


「ほろび、学生寮にはいないみたいだけど……どこにいるの?」

「ごめん、大図書館を覗いていたんだ。講堂前の妖精樹で待ち合わせしよう」

「分かったわ……もしかしてアンジェさんと一緒?」

「なんで?」

「女の勘よ。違うみたいだし……まあ、構わないわね」


 通信が終了した。一つ嘘を吐いたことに罪悪感を感じる。だが、タイムリープのことは当事者の他は聞かせないほうがいいとアンジェとも確認し合った。


「彁亥雪愛にパラサイトは宿っていないのかも?」

「でも……確かにダンジョンを崩落させた時もその後も、彁亥雪愛が襲って来たわよ」

「成り行きを冷静に見ないといけないな」


 アンジェはまだ納得していなかった。だが、納得させるだけの理屈も思いつかない。もしも、また牙を剥いてきても、勝つこともできず、ジリ貧で負けるだろう。それだけは防がなけれなならない。真剣に考えていると、アンジェの顔が近くにあった。いつの間にこんなに近づかれたんだ?


「彁亥雪愛に、一つ魔法をかけたわ」

「え⁈」

「簡単な盗聴魔法。気が付かれて、解除されるかもしれないけど」

「それってデバイスで聞けるよね」


 デバイスは、魔道具マジックアイテムだ。探知や通信などの魔法と相性がいいと聞く。アンジェが早速、僕のデバイスと音声を聞けるように操作した。


『空蟬君……ダンジョンの地殻変動がある中でオリエンテーションをなぜ行おうとするんだ。以前の君なら新入生のことを考えて、中止に賛成しただろう?』

『ええ以前の私ならそうですね。ですがダンジョンの怖さを知ってもらえるチャンスだと思いませんか?』


 そこで会話は途切れた。

 入学式の後、空蟬胡桃は――――――

 

――――――――――――


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