第2話 幽霊の代わりに待ち合わせ場所に行くんじゃなかった
幸いにも翌日は休日だ。
こっちな気がする、という栄市の言葉に導かれて早朝の町を彷徨う。歩みがふらつくのは毎度の飲み過ぎの後遺症ではなく、栄市の記憶が曖昧だからだと智樹は頭痛に苛まれながら呻き、一軒のアパートにたどり着く。
よくある古い木造二階建の一階。
「鍵は?」
「俺が持ってる」
「入れないじゃないか」
「裏の窓が開いてる、多分」
「不用心だ」
人がいないのを確かめ、急いで窓を乗り越える。室内は散らかっていた。開けっぱで大丈夫かと思ったが、金目のものはなさそうだ。PCにログインするとメール画面が開いていた。妙な広告ばかりだが、昨朝のメールに既読がついていたから栄市が死んだのは昨日の昼から夕方くらいなんだろう。
いっその事という指示通りにHDを初期化するとプツリと手がかりは途切れた。
「悩みでもあったの? そうか病気してたとか」
「そんな記憶ないんだけどなぁ」
「じゃあやっぱ死因は自殺じゃなくて事故か心臓麻痺かな」
「やな事言うなよ。でも俺は自殺しないと思うぞ、多分」
「同意、お前図太いもんな」
栄市は多少鬱陶しいが、誰かの恨みを買うたタチでもない。殺されたりもしないだろう。なのに現世にとどまっているのは心残りでもあるのだろうか。そう思って智樹は栄市の散らかったベッドに寝転がり、嫌々ながら聞き取りを始めた。
「したい事とか行きたい場所とか何かないの?」
「そういや今日花見に行く予定だった」
「会社?」
「サプライズで告ろうかと」
「嫌な予感しかしない」
あちこちに散らばる栄市の話からなんとか浮かび上がったストーリーは酷かった。
グループで遊びに行くという体でその女、栄市が名前を思い出せないから仮にAとする、そのAを近所の観光スポット
それで最後に神社奥の大きな桜の木の前で告白する。その桜の前で祈れば願いが叶うらしい。
「桜の下とか何のゲームだよ。酷いの一言に尽きる」
「そうかな」
「……逆城神社に桜なんてあったっけ」
「奥の方にあった」
栄市は何かの本で昔ここに隠れ村があると読んだから、財宝でもないか探しに行ったらしい。相変わらず馬鹿みたいなことをしていると智樹は思った。
けれどもそれなら八方塞がりだ。栄市の引っ掛かりがそのAとやらへの告白なら、もうどうしようもない。なにせ既に栄市は死んでいる。付き合うも何もない。
「諦めろ」
「嫌だ。気になる」
「鬱陶しい」
「それに放っといたら俺の嘘がバレるじゃん」
「嘘?」
「その子が一緒に行く予定のやつに電話したら嘘ついてたのがバレる」
「屑だな」
智樹は栄市の物理的にぼんやりした姿を眺めながら、栄市が引っ掛かってるのは告白でもなんでもなく嘘バレかと検討をつける。小さな嘘など死んだ以上どうでもいいはずだが、こだわりは人それぞれだ。
だから智樹は嫌々ながら、栄市の代わりにそのAに声をかけることにした。
「その女と話してもいいけどな、今後俺に付き纏わないことを条件だ」
「なんだよ友達がいがないな」
「お前はもう死んでいる」
智樹はピシリと栄市を指差す。智樹にとって幽霊というものは既に過ぎ去った過去なのだ。そうして向かった逆城神社の賛同前、栄市は一人の女を指差し、Aだと告げた。
「松笠栄一と待ち合わせしてた人だよね?」
「はい?」
不審げな顔を上げる女の顔が一瞬微妙に赤く染まり、智樹は背後からイケメン死ねという呟きを聞いた。
「俺、栄市の友達でさ、急にみんな来れなくなったから連絡してくれって言われてさ」
「な、なんで?」
その表情は予想と違い、鳩が豆鉄砲を喰らったようで、そしてこれぞKing of the 不審という形に眉が潜められた。智樹はなんだか猛烈に嫌な予感がした。こういう時は逃げるに限る。
「とりあえず伝えたから。じゃあ」
「ちょ、ちょっと待って、待ってください。どうしてそれを?」
「どうしてって?」
「いや、その」
智樹はその過剰に慌てる女の姿が妙なことに気がついた。
友達と出かけると言う風態ではない。ノーメークに近く、カーキのゴツめのジャケットにカゴパン、はまだよいとしても、背中のリュックから50センチほどの柄が飛び出している。所謂『汚れてもいい格好』で『これから野良仕事にでも行く格好』に見えた。
そしてさらに嫌なものが目に入る。体にまとわりつく水子霊。ゴクリと喉が鳴る。しかも一体じゃない。都合十体を超える。某ホラー漫画の産子使いのようだ。どうみてもろくでもない。
そして可愛いだろうと呟く栄市に、智樹は無視すればよかったと改めて溜息をついた。
「何? 俺、忙しいんだけど?」
「松笠さんはどうしたんですか」
「どう……? 俺は伝言頼まれただけだし」
「……私を脅すつもりでしょう?」
智樹の頭の中でヤバさアラートが大警鐘を鳴らす。酷い勘違いをしていることを自覚する。
今の会話の流れの中に『脅す』要素などない。けれどもこの女には脅される自覚がある。つまり脅されてしかるべきな行為をしたということだ。
それは栄市の呑気な様子から真っ先に智樹が可能性から外したもの、殺人。智樹の脳裏に栄市がこの女に殺された可能性が浮上する。
「待って、俺は金輪際あんたと会わない」
「あなた雑誌で見たことある」
「げぇ」
智樹はうめき声を上げた。智樹は美容師でたまにクーポンチケットとともに写真がタウン誌にのる。だから割に顔は知れている。そして腹立たしいことに栄市は智樹の頭の中の可能性に全く思い至っていなかった。
「もてもてじゃん、智樹ずるい」
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