第十七幕 日常の最中

 まぼろしによって木造に見えた遺跡の調査から二日が経った。

 おかきのユウゲンは約束を守っている。ハモンは北の防衛都市の殺人容疑者から外され軍や岡っ引きから隠れる必要が無くなった。


 用心棒ようじんぼうの仕事も順調だ。

 イチヨも妓楼ぎろうという子供向けの環境ではない職場ではあるがハモン以外の繋がりが出来た。

 最初は面倒な事に成ったと思った遊女ゆうじょスイレンの勧誘かんゆうも考え次第だ。ハモンは今ではスイレンに感謝しても良いと思っている。


「久々に真面目まじめぇな話すればこれやわ。ワッチは今でも変な人に声掛けてもうたって思とるえ?」


 人攫ひとさらい調査の為にも数日の休みを貰ったハモンがスイレンに礼を言えばこの言草である。

 思ったよりも調査に時間が掛からなかった為に丸一日を休みに出来た。そんな休日の頭にこう言われては礼を言っただけ損をした気分だ。


「まぁ、イチヨちゃんに贈物おくりもんする程度に甲斐性は有るよやし、男子おのことしては及第点きゅうだいてんと言ってもえでしょうかね」


 そう言われるとハモンも何も言い返せない。イチヨを大事にしていなかった自覚が有るだけに言い返せば言い返すだけ男が下がる。


「スイレン姉さん」

「ああ、堪忍かんにんな。そろそろ仕事の支度したくが有るさかい、ほなね」


 散歩と夕食を兼ねてハモンとイチヨが外出する直前だった。

 スイレンはイチヨがハモンをかばうと素直にイチヨにだけ謝って西表楼いりおもてろうの化粧室へ消えていく。

 ハモンも謝罪される事ではないと思っているのでスイレンの言草に文句はない。ただイチヨが少しだけ不満そうなので頭をでて抑えた。これはハモンが悪いのだ。


 そろいの羽模様を持つ白革羽織と赤茶ショートジャケットをひるがえして店を出る。

 まだ夕刻前なので西色通にしいろどおりに人は少ない。

 それでも各店の遊女や客引きが夜に向けて男の通行人に声をかけている。


 ただハモンは例外で声を掛けられる事無くイチヨと共に色町を出た。西色通りでも裏家業にゆかりの有る北側の店の客引きが露骨ろこつに白革羽織から距離を取っている。

 共に居るイチヨに悪い虫が付かないので避けられるもの悪い話ではない。


 そんな事を話しながら二人で手を繋いで大通りに出る。

 帝都に着て日は浅いが大通りが静まり返っている姿を見た事が無い。

 ハモンは基本的に腹が膨れれば良いのでイチヨが食べたい物に合わせるつもりだ。ただイチヨもハモンの好みが知りたいらしく考える様子を見せながらもハモンの様子をうかがっている。


「最近はめんが続いていたか」


 ここ数日の西表楼いりおもてろうの食事は蕎麦そば、うどんが中心だった。

 無理に食べたい物を考えれば久々に歯応はごたえの有るものを食べたい気分と言える。


「確か、客自身が肉を火で焼く店が有るのだったか」

「ええっ!? お客さんに火を使わせるの?」


 定食屋の娘だったイチヨとしては信じられないのだろう。

 客の手をわずらわせるという感覚が信じられないと言う。同時に火の扱いが下手な客に店を焼かれる事が怖いとも思うらしい。


 言われてハモンも納得した。確かに着火した炭を落とされて机や壁が燃えたら冗談ではない。


 それだけにイチヨは興味が沸いたらしい。今日の夕食は怖い物見たさで焼き肉屋に行く事に決まった。

 ハモンが噂に聞いた店の場所は大通りを北上して中央門を東に曲がれば直ぐだ。

 夕食には早いので時間を潰す事にした二人は人混みの中を北に向けて歩く。


 ふと、足を向けた北側から騒ぎが聞こえてきた。

 ハモンが背伸びして北を見れば群衆よりも頭二つは高い位置に軍人らしい男たちの上半身が見えた。高さを考えれば荷鳥にどりホァンや馬にまたがっている様だ。

 その軍人たちが南に向けて人混みを左右に割いて行進している。


 ハモンはイチヨの肩を抱いて大通りの中央からはしに寄った。

 少年のハモンも童女のイチヨも人混みにまぎれれば軍人に顔を見られる可能性は低い。下手に路地から様子をうかがうと人混みに隠れる事が難しいので野次馬たちを盾に行進を見送る事にした。


「お、白革羽織の。昼間から女連れとはぁ、すみに置けねえな」


 背が低い事を利用して人混みにまぎれたというのに、見上げる程の大男に声を掛けられてしまった。あごが細く肌がきめ細かい女顔、しかし巨体は確かに鍛えられ筋肉質。

 仮面のおかきユウゲンが革羽織と仮面を脱いで市井しせいに溶け込む姿、ゲンとしてハモンとイチヨに声を掛けてきた。


「女連れだと分かっているなら遠慮しろ」

「あちゃちゃ、虫の居所がわりぃのか? そんな怒んなって」


 ハモンの明確な拒否にゲンだけでなくイチヨも目を丸くした。同時に自分がハモンの女だと主張された様に聞こえて顔を赤くする。


「ん? もしや、噂の妹ちゃん?」

「噂とは?」

西表楼いりおもてろうの娘たちだよ。俺っちあそこの客なの。こわ~太夫だゆうが大事にしてる可愛い妹が居るってな」


 そう言ってゲンはイチヨの肩を抱くハモンの手に分かり易く注視した。

 言わんとする事は分かる二人だが噂の内容にあきれてしまう。

 馬鹿な話に付き合っていられないとハモンが強引に話題を変えた。あごで大通りを行く軍人たちを示す。


「何の騒ぎだ?」

「おん? あ~……一昨日おとといに仮面の旦那が見つけた人攫ひとさらい共の根倉ねぐらを調べるんだとさ。新しく発見された遺跡ってぇ話だけど、今まで帝国じゃ聞いた事もねえまぼろしが見えるってんで軍まで使う事に成ったらしいぜ」


 正にその遺跡に踏み込んだ二人だがここは人の耳が有る。ゲンとしては噂話が好きな部外者をよそおってハモンへ事情を伝える形に成ってしまう。

 そんな配慮はいりょの甲斐も無くハモンはゲンの話を聞いて急速に興味を失った。彼の中では終わった件であり、これ程に騒ぎが大きければ遺跡に白装束しろしょうぞくが再び現れるとも思えない。

 ゲンもハモンが後処理に興味が無いと察したらしくそれ以上の詳細しょうさいは話さなかった。


「妹ちゃんとは言え女連れに邪魔して悪かったな。これから晩飯ってんなら二人まとめておごるぜ?」


 イチヨはそれなりに人見知りする。わざわざゲンと夕食を共にする理由の無いハモンは首を振って拒否を示した。

 ゲンの言葉を借りるなら『女連れに男の顔など見たくもない』である。


 誘いをそでにされたゲンが肩をすくめて南門に向かう軍人たちを見送った。

 用も無いハモンはイチヨの肩を抱いたまま北に向けて歩き出そうとしゲンのつぶやきを耳にする。


「変に暴れなきゃ良いんだけどな」


 そんな懸念けねんが有る時点で調査の雲行くもゆきは怪しい。

 願わくは自分に関係無い所で全てが終わって貰いたい。

 だがハモンはこの手の懸念が有る時に無関係で居られた試しがない。


「兄様」

「どうした?」

「お金、勿体無いし、一緒の方がお仕事のお話、簡単じゃないの?」


 一理いちり有るどころか正論だ。人見知りのイチヨが勇気を出して提案してくれた事を拒否する訳にもいかない。

 非常に不本意だがハモンはゲンに首だけで振り返る。イチヨの言葉は聞こえていたらしくゲンは嫌な笑みを浮かべてハモンの言葉を待っていた。


「一度そでにして申し訳ない。有難ありがたくご相伴しょうばんに預かれないだろうか?」

「いやぁ、俺っちもお前さんには世話に成ったし、今の内に次の仕事に繋ぎたいし、妹ちゃんに感謝しとかねえとな!」


 上機嫌なゲンがイチヨに感謝を示そうと近寄って腰をかがめた。

 自然な距離の詰め方ではあるが人混みでも頭一つ大きい男がやると迫力が有る。

 思わずハモンの陰に隠れたイチヨだが、ハモンもイチヨを隠す様にゲンとの間に体を挟んでいた。


「えぇ~。俺っち、駄目かい?」

「当たり前だ」


 口を尖らせて抗議を示すゲンをハモンは無視した。どの様な状況でもイチヨの優先順位はくつがえらない。


 夕食は肉を客自身が焼く店だと伝えればゲンも気に成っていた店だと言う。

 三人で連れ立って歩いているはずなのに明確な疎外感そがいかんが有りゲンが再び口を尖らせる。

 それもその筈でハモンはイチヨの肩を抱き寄せ歩く。人混みも少しは引いてきたのだからもう肩を抱く必要は無いのだがゲンから隠す為だ。白革羽織の内側に隠しているので周囲の視線もイチヨには届かない。


 ただ噂の白革羽織と大男の組み合わせも有って単純に目立っている。

 店に着く頃にはイチヨの顔も真っ赤で案内された席で深い息をいた。


「何てぇか、お前さんはもう少し乙女心を大事にしてやった方が良いんじゃねえか?」


 真面目に呆れたゲンの言葉にハモンが横を見ればイチヨが恥ずかしそうに机にしていた。

 旅を始めて数年、女のあつかいを学ぶ機会が無かった事を悔やむしかない。


 この後にどうイチヨの機嫌きげんを取るか。

 妙案みょうあんを思い付く訳も無くハモンは現実逃避の様に店のお品書しながきに目を通した。

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