第九幕 失意の中

 本来の旅の目的を果たす為に夕暮れ前の帝都を歩く。

 大通りは事件が多過ぎる。少しは見慣れた飲屋のみや妓楼ぎろうといった遊び場の多い西側も避ける。

 今日は商店の多い経済の中心、市民の台所もねる東側の通りを歩く。


 昨日さくじつは妙に縁が有る銭模様ぜにもようの革羽織を掛けた商人ギンジの声が聞こえた。商店の集まる地域では再会するかもしれない。


 多少なりとも現実逃避である事は否定できない。イチヨを不安にさせている罪悪感からのがれようと既知きちの人物と話して気分をまぎらわせようとしている。

 そんな自覚が有るから自己嫌悪じこけんおも止まらない。


「いやぁ、おかきも軍人さんも良い仕事してくれるよな」

「西通りや大通りじゃ連日の大捕物おおとりもの物取ものとりや盗人ぬすっとが続々と捕まっているらしいじゃないか」

「そうなんだよ。昨日は新人なのか白革羽織がユウゲン様と共に物取り相手に大立回おおたちまわり」

「おお、見たぞ見たぞ、屋根から屋根への八艘跳はっそうとび」

「直前にゃ転びそうになった老婆をていしてかばったそうだ」


 ハモンは昨日さくじつ派手はでに走り回ってしまった。

 お陰で知りたい噂話が出回らず欲しい情報が集まらない。事件を見掛ければ直ぐに手を出すくせ自重じちょうするべきかもしれない。


 ただ剣のである父の罪と傷付いた者を見逃すなという教えにそむく事もできない。父の言葉にしがたうだけでなく指針ししんとして継承けいしょうしたと自負じふしているのでめる訳にもいかない。


 ふと人影が目に入った。路地裏をのぞけば旅の詩人しじんらしき男が三味線しゃみせんを鳴らし『白革羽織の身軽な剣士』『八艘跳びの大立回り』などとうたを組み立てている。


 鳥肌とりはだが立った。

 有名に成れば貴族軍人殺しについて岡っ引きのユウゲンに目を付けられるかもしれない。いや、もう目は付けられていると見るべきだ。


 帝都に掛かる陽が茜色あかねいろに染まる。

 ユウゲンとの約束の時分じぶん御上おかみを待たせると厄介やっかいだ。西色通にしいろどおりの南端へ急ぐ。


 大きな都市にれば直ぐに欲しい情報が集まると期待していた分、何の成果も無い事に嘆息たんそくしてしまう。

 帝都に辿たどくまで諸国しょこくを数年掛け歩いてきたのだ。今までの時間を考えれば直ぐに事態が好転するはずも無い。

 生涯しょうがいの目的、十代中盤でかなうと思う事が傲慢ごうまんなのだ。

 そう自戒じかいし大きく息を吐いて気分を切り替える。


 西色通りの看板かんばん、その下におかきを示す群青ぐんじょうの革羽織の人影は無い。

 陽が沈めば妓楼ぎろうの店開きだ。仕事熱心な遊女ゆうじょや客引きが今から通行人に声を掛けている。仕事を早上がりしたらしい男、城壁じょうへき外の畑仕事をこなした者、周囲から頭一つ上背うわぜの高い大男。

 声を掛ける相手は手当てあたり次第だ。


 ユウゲンはまだ来ていない。群青の革羽織に双角そうかくの仮面という目立つしなを身に付ける男は帝都広しと言えあの男だけだろう。


 ハモンは西色通りの看板かんばんの正面、民家の壁に背を預けてユウゲンを待つ事にした。通りの入口につ妓楼の壁に西日にしびが掛かり城壁の影とさかいが生まれている。


 待ち人が居ると分かる様に軽く左右に視線を向けていれば、看板の下に居た大男が歩み寄って来た。ジーンズにシャツだけで肌寒いだろうに革羽織もかぶっていない。


「よう、白革羽織の」

「……誰だ?」

「ま、そうならぁな」


 気安い男だ。ひたいの雷痣は前髪で隠れている。血色は良く体もきたえられている。剣術や拳法を活かす為に効率良く素早く肉体を操作する為の鍛え方だ。

 軍人や剣士のたぐいかと思うが妙にハモンにしたな事が気に成る。

 大男の顔を静かに見上げ、女の様なあごの細さや肌のきめこまやかさに気付く。


「まさか、ユウゲンか?」

「正解っ。今はゲンでたのまぁ」

「何のつもりだ?」

「おいおい、これでもお前さんを気遣ってやったんだぜ?」


 言われてハモンは周囲を観察して気付く。

 ユウゲンと共に居れば周囲の注目を集めるが、仮面と革羽織が無いだけでこれ程に気付かれない事も疑問だった。


「俺っちの面にゃちょっとした仕掛けが有るんだよ。ま立話もなんだ、お前さんも仕事前なんだろ? うどん食いにいこうや」


 下手に拒絶きょぜつする事も出来ない。

 静かな足取りでユウゲン改めゲンの後に続く。


 大通りには食事処しょくじどころが連なる場所がありゲンがハモンを連れ立ったのはそんな場所の一店だ。分かりやすく『うどん処』と看板かんばんかかげている。

 夕刻で日が暮れる前に食事を済ませ様としているひとらしい男客が多い。

 厨房ちゅうぼうが見えている店で店主なのかいかつい男が部下らしい店員二人の仕事振りを背後から見ている。


「おやじ、二人だ」

「あいよ。今日はかき揚げが美味うまいぜ」

「んじゃそれでたのまぁ」

「そっちの白いあんちゃんは?」

「同じ物を」

「あいよ。かき揚げうどん二杯ぃ!」

「かき揚げうどん二杯ぃ、入りました!」

「入りました!」


 厳つい男の言葉を店員たちが復唱する。ハモン以外の客に驚く様子は無いので普段通りの姿らしい。

 奥の席に並んで座ると各席に七味唐辛子しちみとうがらし醤油しょうゆが並べられているのが分かった。


「まあ先日は助かったぜ。お前さんのお陰で仕事が楽に成った。街の西側で物取ものとりや盗人ぬすっとを転がしてくれたんだろ?」

「……」


 ハモンが沈黙で返したのはゲンがどこまで正体しょうたいを隠す気か分からないからだ。

 ゲンもハモンの懸念けねんを察したらしく肩をすくめ口元が隠れる様に顔の前で指を組んだ。


「俺っちはお前さんみたいな奴に声を掛けてんだ」

「みたい?」

「お人好ひとよしってこった」

「……そうか?」

「ま、ちっと無愛想ぶあいそうだな。もう少し笑ってみたらどうだ? 可愛い妹がさびしそうって話じゃねえの」

「……遊女ゆうじょ共か」

「正解。割と本気で心配してるみてぇだったぜ」


 イチヨを引き合いに出されるとハモンも言い返せない。事実、不安にさせて反省してばかりなのだ。


「で、自分に何をさせたい?」

「乗ってきたねぇ。ま詳しくは食ってからにしようや」


 ゲンの言葉を待っていたかのように二人の前にかき揚げの乗ったうどんとはしが置かれた。

 出汁だし醤油しょうゆの良い香り、つゆをかき揚げに染み込ませてめば野菜や油と共に相乗効果を持つ美味びみを味わえそうだ。


「頂こう」

「おん? 随分ずいぶん行儀ぎょうぎの良い奴だな」


 ゲンの指摘に他の客を見れば机に置かれたうつわに顔を突っ込む様に食っており、食い終わっても挨拶あいさつをしないようだ。

 だがハモンは食前食後の挨拶はかさないし、背筋も伸ばした状態で器を持ち上げて食べる。確かに他の客よりは行儀ぎょうぎ良く見えるだろう。


「家族に教わった」

「そうかいそうかい。もしかしてお武家様ぶけさまかい?」

「国にそういった身分は無かった」

「おん? まあ確かにお前さん帝国民にしちゃ肌は白いし、北の大地のもんか」


 そう問われてもハモンは答えを持たない。

 ハモンが住んでいたのは一つの都市で完結した場所だった。帝国の様に複数の村や街を統治とうちする政治体制は旅の途中で知った程だ。

 ただ帝国の北に位置するのは確かなので首肯しゅこうする。


「ままれそだちは何でも良い。なあ剣士殿、人攫ひとさらいをぶっつぶさねえか?」


 それはハモンの旅の目的に合致する提案だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る