第12話 楽しい忙しさ

 ランは黒鹿亭に戻ると、忙しく動き回るハリソンに詫びを入れて閉店まで忙しく働いた。

 売上の計上後、夕食を済ませて各々がお風呂や身繕いを済ませてから作業部屋へ集まる。

 作業部屋の棚には、今は薬草やハーブティー用の草花の入った瓶が所狭しと並べられ、天井からは乾燥中の花束のような草がぶら下がっている。

 不思議な香りのする部屋だ。

 誰かが言いだしたのではないが、寝る前にここでモニクの淹れたお茶を飲むのが慣例になっていた。

「それで、ラン。どうだったのです?」

 モニクが切り出してきた。

 自分の顔はそんなにわかりやすいのだろうかと思いつつ、ランは休憩時間での出来事を皆に報告するとハリーが同情してくれた。

「そりゃあ災難だったな!まったくあいつらときたら…」

「うん、でも、もうその人達は町を出たと思うよ」

 見つけたら門衛に報告しようと思っていると話す。

 それよりも、だ。

「あの場所…斡旋所が使えるなら、もうやるしかないと思って!」

 しかしジゼルとモニクは案の定、難色を示した。場所云々と言うより、ランを心配している。

「無理はしないで下さい。黒鹿亭でなら仕事も出来ますし…人に混じって暮らせていますから」

 モニクはそもそも犬型なので、人前に出ても驚かれなくなっていた。

 それどころか彼女の薬草やハーブティーに常連が出来つつある。ご老人たちのアイドルになっているのだ。

「そうそう!私も…少しずつ平気になってくれてるから!」

 ジゼルの方は普段から三角巾をしていてパッとは見えないし、やはり手入れの行き届いたピンク色のお肌というのが功を奏したようで、仕入れの人はヒッと言わなくなったし、常連はもう彼女の姿を知っている。

 ハリーやハリソンが少しずつ紹介をし、門衛のジャックが安全宣言をしてくれているおかげだ。

 特に偏見のない子供たちに双子は人気で、喉が痛いと小銭を持ってモニクに「お茶下さい!」と言いに来たり、「好きな人に手作りのお菓子あげたいの」とおませな女の子がジゼルと一緒にクッキーを焼いたり。

 森にいた頃とは比べものにならないくらい、寂しくなくなっていた。

「でも、今やれば…きっと、その悪い魔法使いもこの町に気がつくんじゃないかって思うんだよ」

 それにやらないと、双子は年を取ってしまう。冬の間に22歳になると言っていた。

 25…せめて30歳までには、彼女たちの体を取り戻したいとランは考えている。

 そうしたら故郷にも帰れるだろうし、普通の恋愛も出来るだろう。

 ハリーは言う。

「まぁ、まずはやってみてからじゃないか?何事も始めなければ、何も起きないのは当たり前だ」

 失敗してもまた他の案を考えて実行すればいいとも言ってくれる。

 ハリソンも上気した顔で乗ってきた。

「僕も協力します!…2ヶ月前までは本当に潰れると思っていたし…父さんの病気も治って…。昔みたいに人が来るようになって、感謝しかありません。恩返ししたいのです」

「ハリソン…」

 ジゼルが青い目に少し涙を溜めて彼を見ている。

 その様子を見てモニクがゆっくりと口を開いた。

「…元の姿に、戻りたい意思がない訳ではありません。…森の中でひっそりと暮らして…そのままだと思っていましたから」

「そーね!人の生活を取り戻して、欲が深くなっちゃったかな!?」

 ジゼルが明るく言うと、ハリソンが違うと頭を横に振った。

「本来あるべきだった、元の生活を取り戻すだけですよ。…僕は今の姿も素敵だと思いますが、もう一つの姿も見てみたい」

 その言葉に双子は顔を見合わせて、ありがとう、と伝えた。

「…よし、じゃあ決まりね!明日から冒険者ギルドの細則をきちんと作らなくちゃ」

「ギルドの申請方法は?」

「アレックス…というより、シャールかな。あの人に聞くよ」

 肌で感じただけだが、アレックスは纏めと武力、シャールは気遣いと知力と思ったのだ。

「元王宮の騎士だし、きっとコネもある。使わないと損だよね!」

 追い出された騎士だが、元の職場には彼らに対して後ろめたいと思っている人たちはいるはずだ。

 それを武器にしてやろうと思う。

「ラン、程々に使ってあげて下さい」

「もちろん!逃げられたら困るし」

 この言葉には全員が吹き出した。

「まぁ、お前みたいな娘っ子に使われるなら、喜ぶだろう」

「そう?じゃあ今度スカート履いていくかな」

「それは駄目!!お姉さんが許しません!!!!」

 ジゼルが待ったを掛け、モニクがやれやれと笑っている。

(ふふ、楽しいね〜)

 あの体に浮き出る判子が絶対に欲しい。マークも明日から素敵で格好いいやつを考えよう。

「それじゃ、未来に向かって頑張りましょう!!…乾杯をしますか?」

 ハリソンの言葉にジゼルが笑う。

「ええ…ハーブティーだよ?」

「こういうのは、ノリだ」

 ハリーはそう言うと立ち上がる。

 食堂の主らしく、よく通る声で告げた。

「黒鹿亭の益々の繁盛と、冒険者ギルドの発足を願って、乾杯!」

「かんぱーい!!!」

 木のカップを合わせ、黒鹿亭の面々はハーブティーで乾杯をしたのだった。


◇◇◇


 次の日からランは食堂の給仕と、冒険者ギルドの準備に追われるようになった。

 なにせ申請後に王都で審査のためにたっぷりと時間を取られてしまうので、春から稼働するなら早めに…年内に申請しないと駄目だからだ。

(お役所仕事って本当にどこでも一緒だわ〜)

 幸い日本で仕事をしていた時よりは自由時間がある。

 しかし黒鹿亭は繁盛し過ぎてホールが二人では手が回らなくなってきたため、以前も働いていてくれた近所のマーサさんという女性を雇うことになった。

 当時は娘さんだったが今では奥様だ。小さな子供がいるためお金が欲しいが子連れでの働き口がないと困っており、ハリーが彼女のお母さんから相談を受けて連れてきてくれた。

 彼女が働いている間は、子供好きなモニクが食堂の隅に設置したハーブティー用のカウンターの内側で小さな娘さんを見てくれている。

 5歳になるマリーもせっせとモニクのお手伝いをしていた。

「かーわいい」

 ピンクの柴犬のようなモニクと、ふわふわした金髪で赤茶の目をしたぷくぷくほっぺの可愛いマリー。

 仕事の合間に見ては癒やされている。

 最近、女性のお客さんが増えたのも2人を見るためじゃないかと思っているランだ。

 そのお陰でハーブティーもスイーツも飛ぶように売れている。

(しっかし芋ってのは、どこでも女性に人気だな)

 今あるのは紫芋タルトと、ずっしり系のベイクドチーズケーキ。

 両方とも人気だが、絞り口を鍛冶屋に作ってもらい飾り絞りをした紫芋タルトは特に人気だった。

(追いバターを別料金にしたのも良かった)

 単品で蜂蜜、追いバターもある。追いバターを注文した場合はタルトをオーブンで軽く温めてから提供している。溶けたバターと香ばしい芋の香りが、たまらないのだ。甘さ控えめの塩気のあるチーズケーキには蜂蜜を追加する人が多い。

「女性の好きなものは、やっぱり女性に聞くべきでしたね…」

 また注文の入ったそれらに、ハリソンは遠い目をしていた。

 ハリーとハリソンはそんなに注文くるかな?と首を傾げていたが、メニューに載った途端に注文が入り、驚いていた。

 しかも注文をしたのはこの町の北区に住む裕福な家のお嬢さん。

 以前は馬車で、今ではスイーツを食べるための運動と称して護衛一人を引き連れ徒歩で来ている。

 そんな彼女が常連と化し、他のスイーツも開発して!と案を出してくれたりしている。

 彼女のお父さんは大工の棟梁だが、黒鹿亭の入口にあるスロープを作ったり、冬の備えをしたりした時に顔見知りになっている。徐々にだが、ランの交友関係も広まりつつあった。

「タルト温まったよ!バター乗っけて!」

「はーい!」

 甘い匂いに次々と注文が入る。

 午前中からお昼にかけて忙しく働くと、そのあとの午後の休憩時間および夜の時間はギルドの事に費やした。

(重要なのは、資金だ)

 追い出された時に貰った金貨が、まだ大量に残っている。宝石には全く手を付けていない。

 念の為数えたが950枚は確実にあった。

 黒鹿亭の売上も上々で既に黒字を通り越しているので、暫くは問題ない。

(あとは元々ある仕組みを利用して…)

 ギルドとして認められれば、そこは国の機関になる。イコール補助金が出る。

 ライトノベルなどでは、冒険者ギルドは国と独立した機関という位置付けになっていたが、それは冒険者ギルドそのものに歴史があるからこそだ。未来は分からないが、今は国に甘えておこうと思う。

 それにギルドは冒険者を雇うのではなく、逆に登録料を払ってギルドの依頼を受けられるようにするだけだから給金はいらない。

 依頼も、依頼料を払ってもらい掲示板に貼るから懐が痛む訳ではない。

 はじめのうちはギルド職員用の給金と、素材の買い取りの資金があれば大丈夫だろうと思われた。

(細則はっと…全部受け売りだけど、大丈夫だよね)

 ランプの明かりに照らされた手元を見る。

 全て、ランが読んだライトノベルから引っ張ってきている。

 日本に冒険者ギルドはないが、ライトノベルには山程の冒険者ギルドが溢れていた。

 暗黙の了解的な何かがあり、大体は同じ仕組みだ。

 傭兵斡旋所の規律みたいなのも実はあるそうで、シャールから借り受けて読んだが、まったくもって守られていないようだ。

(ちゃんと仕組みがあるのに機能してない)

 男所帯でなおかつ出入りが激しい。そして所属している者たちはみな報酬を奪い合うライバルだ。下を育てる仕組みがないというのも問題があるのだろう。

 冒険者ギルドではギルド員同士の戦闘を禁止し、初心者には育てるように接する事とした。

 そしてギルド職員には絶対に女性を入れよう!!とランは考えていた。

(そもそも、女の人が働く場所が少ないよねぇ…)

 他のギルドでは見目の良い女性を受付に据えて、お茶係にしているだけだ。優秀な女性が絶対にいる。その人達を雇えば…。

(絶対、他のギルドから悔しがられるだろうな〜!くっくっく)

 そんな感じで、内心ほくそ笑んでいた。

「ふい〜…」

 椅子により掛かると頭の上で腕を組む。

 12月初旬の今はもうすっかり寒くなっており、部屋の中でも息が白い。

 火に好かれているジゼルはそんなに寒くないらしく、毛皮があるモニクもまだ寒くないと言っていた。

(私は光と闇と、土だっけ。確かに夜目は利くし転ばないけど…火の精霊に好かれたい…)

 寒がりではないと思っていたが、それは温かい暖房器具のある日本家屋での事だ。

 ペンを握る手が冷たくなっていたので、着ているもこもこニットカーディガンの中に手を引っ込める。

(ギルドの入会金や年会費は…幾らぐらいが妥当か、シャールさんに聞こう)

 安くても高くても駄目だ。一応、銀貨5枚としておく。

 質問内容をメモに書き留めると年齢制限に目を留めた。

(これどうしよう。この世界って割と子供でも働いてるんだよね〜)

 仮に12歳と書いてあるが、モニクを手伝っているマリーは5歳である。

 まだまだオママゴトのように見えなくもないが、農作業や大工の手伝いをしている子などはかなりがっしりした体格で、聞けば8歳くらいの子もいるという。

(これも聞こう。…聞く事ってだいたいこの世界の事だね)

 冒険者ギルドでは傭兵のあやふやな、古参とか新参とかそういう言葉ではなく、明確にランクを設ける事にした。

 ”勇者パーティーを追放された俺がSランク冒険者になるまで”などと、ライトノベルの題材にもなっている。

(男ってなんか階級好きだしね)

 達成感や、承認欲求もあるだろうし、と思う。

 それに、この世界にはスキルはあるものの、レベルというものがない。熟練度はあるが数値としては出ないから、武器なら打ち合い、魔法なら少ない魔力量でいかに大技を打つか、などかなりザックリな指標となっている。

「上手い下手、弱い強いがあるなら、数値にしてくれりゃいいのにねー」

 思わずぼやいてしまう。

 ライトノベルで言えば、火魔法(Lv1)などだ。

 しかし弱い魔法だけでも、人としての熟練度は別だ。強い魔法が使えるイコール高ランクにとはならないようにしたい。

(依頼もにランクをつけて…っと)

 受注数と達成数、それに人格も総評してランクを引き上げる。

 もちろん、依頼の日数制限を設けて、不達成にはペナルティを設けることにした。

 ペナルティがあると上位ランクには上がり難い、一定数貯まれば審議をして…冒険者ギルドの信用に関わるから強制脱退してもらう、などだ。

 ランはその事をランクの行にちまちまと書き足す。

「…こんなものかな」

 明日はこれをもってアレックスとシャールに見せようと思う。

 冬に突入したから、傭兵斡旋所への依頼は激減していると言っていたし確実に暇だろう。ついでにお茶菓子も持っていこうと考えた。

「よし、もう寝るか」

 あんまり起きているとモニクがハーブティー片手にやってくる。

 彼女の寝る時間を削がないためにも、ランは抜けがないか考えようとする頭を切り替えて、寝ることにした。

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