(一)-6

 それなので俺は彼のことを彼女に教えたくなった。

「この黒川さんは、若いのに運転が丁寧だから安心して乗ることができるんだよ」

 すると彼女はうつむき加減に俺の肩に顔を近づけて、小さな声で言った。

「タクシー運転手とか、市井の一般人なんて興味ないんじゃないかって思ってた」

 俺は「そんなことはないよ。人並みには覚えているよ」と返した。

 すると彼女はうつむいたままさらに続けた。

「私、庶民の出だけどいいの?」

 俺は彼女の顔を見た。端正に整った横顔は少し陰っているように見えた。以前も何回か同じ事を言われた。結婚を控えて不安になっているのだろう。マリッジブルーというやつか。


(続く)

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