第59話 カクヨムコン、レビューコメントのススメ
出来ないと泣いてるだけで練習をしない。
だから上手くならない。
うちの娘の話です。
最近まで縄跳びが跳べませんでした。
1回だけなら跳べるのですが、連続して2回跳べませんでした。
見本を見せても学ぼうとしないので、ひたすら飛ばせる形で練習してもらいました。
大人になれば、上手くいく人の真似をして、同じようにやってみてコツを掴むということもあると思いますが、そういうことが難しい人もいます。
そんなうちの娘も、縄を回す、縄を飛ぶを繰り返して練習するうちに、連続で跳べるようになりました。
上手くなりたいなら、諦めずに何度も何度も繰り返し行って、立ち止まらずに続けることです。
きっと、小説を書くことにも言えると思っています。
カクヨムコンの意義について考えています。
二夜目です。
カクヨムでは、読んで読み返してといった文化、星を送り合う文化、レビューをし合う文化が少なくともあると思います。
ちょっと批判的でしたが、自分なりに良い方向に解釈してみました。
今夜は、レビューコメントをつけるという行為についての見解です。
人の作品を読んで良いところを見つけて、それがどう良かったかを表現する。それがレビューコメントだと思います。
作品を読むと、単純に良いところを感じるでしょう。それを言葉にしようとすると、なんで良いのかと深く考えて、どういう風に良かったのか理由を明確にすると思います。良いところを言葉にするとはこういうことだと思います。
この行為を何度も何度もするうちに、”良い”ポイントはどういうところか、”良い”小説はどういう理由で良いのかを、自分の中で理解するようになると思います。
また、レビューコメントは自分の思った”良さ”を自分の中だけでなくて人に伝えるものなので、どう表現をすれば人に伝えられるかを一生懸命考えると思います。
人の作品なので、自分の作品よりも表現に気をつける人も多いと思います。
それが、レビューコメントを送るという行為です。
レビューコメントを受けた人は、嬉しいという思いから、結果としてレビューコメントを書いてくれた人の作品を読んだりすることもあるでしょう。
それで、レビューコメント送った側は自作を読まれると、また小説を書く気力が湧いたりもします。
こういった例は数多く存在するでしょうが、これは表面上の結果の話です。
「レビューもらった嬉しい!」「自作を読み返してくれた嬉しい!」という"結果”ではなく、過程の行為に目を向けましょう。レビューコメントを書くという行為は、作品の”良さ”を見つけること、また、”良さ”を表現するために深く考える行為です。
このレビューコメントを繰り返すうちに、作品のどういうところが”良い”のかが分かるようになり、自分の作品にも”良い”点を意識して書けるようになります。そうやって書いて、読んでを繰り返せば繰り返す程、小説の”良さ”、自作の”良さ”、”売りポイント”を意識できるようになり、また表現も上手くなると思います。
その循環を実現させてくれるのが、カクヨムじゃないでしょうか。
多くの作者さんは、面白そうだから読むという以外に、読まれたいから読む、レビュー貰いたいからレビューするという考えが少なからずあるのでは無いでしょうか?
その思いは決して悪い考えではありません。
それで良いのだと思います。
理由はどうあれ、それがカクヨムが実現させたいことなのだと思いました。
良い小説とは何か、まだ答えは分かりません。
ただ、小説の”良い”部分は何かを考えながら他の人の作品を一生懸命読んで、自分の作品の良い部分は何かを一生懸命考えて書いて。
その循環こそが、良い作品を作るための行為に他ならないと思っています。
カクヨムとはそういう場であり、カクヨムコンはそれを促進するイベントだと思いました。
小説家になろうをはじめ、他にも投稿サイトはありますが、カクヨムには良い小説家を”育てる”ための角川様の意志があるものと感じております。
表面上は、書く、読む、読まれる、作者同士が繋がる、それがカクヨム。
しかし、そういった行為の先に待っているのは、良い作品を生み出すこと。作家自身の成長を促しているものと思います。
まだどの創作論でも、同じような主張に巡りあってないのですが、カクヨムとは、カクヨムコンのしたい事はそういうことだと解釈しております。
よくランキング上位に上がる創作論では、読めば読まれるといったことや、読まれるためにはどうするかという事に焦点をあてていると思います。
創作論なのでそうあるべきでしょう。読まれた作品こそが良い作品だと言う意見も多々あります。それが利己的に聞こえてしまい、少し反対する気分でした。
だけど、書く読むを繰り返すことで小説家として知らず知らずのうちに成長している。読むによって小説を書く活力を人に与えている、自分にも巡り巡って返ってくる。それによって、書く読むを継続的に続けられるようになる。そのように解釈すると、人の作品を読む、読んでレビューしてみようかなと思えました。
うちの娘が縄跳びを飛べたように、理由が理解できなくても、単純に読まれたいから読んでいるというだけでも、それを繰り返し行う。書くと読むを繰り返すことで小説家として成長ができる仕組みがある。
それがカクヨムだと思います。
なので、レビューコメントをいっぱい送ってる人を見かけても、読まれたいからやってるんだと思わずに、小説化として努力してるんだ、と応援しましょう。
カクヨム、及び、カクヨムで頑張る方、自分は大好きです。
このサイトに出会えて良かったと思っています。
そんなことを、カクヨムコンを通じて感じました。
カクヨムコンをきっかけに、自分の作品を書く以外にもレビューコメントを定期的に書くような行為をしてみてはいかがでしょうか?
読まれるための小手先のテクニックだけでは無く、小説家としての本当の実力をつける為に。
カクヨムコン、読むのススメ
今→カクヨムコン、レビューコメントのススメ
次→カクヨムコン、求められる作品研究のススメ
カクヨムコン、商業作家の作品研究のススメ
カクヨムコン、エッセイのススメ
〜〜内心あとがき〜〜
人と違うことを偉そうに言ったら創作論っぽく聞こえましたでしょうか?ごめんなさい。ただの素人の戯れ言です。笑
良い小説とは何か、良い小説を書くためには何をすれば良いのか考えています。
読まれるにはタイトルをどうする云々、色々方法論はあると思います。
そちらの方面に関して、自分は疎いです。
出来ればいっぱい読まれたいという気持ちももちろんあります。
だけど、ただ単にたくさんの人に読まれるだけじゃなくて、人の心に残る作品。人の心を揺さぶれる作品。読んで良かったと思える作品。
そんな作品を書ける小説家になりたいです。
どうすれば良いか、自分なりの見解でございました。
小説の賞や、デビュー出来るかは運だとかいう人もいます。
ぽっと出てきた高校生なんかが大量の星を貰って書籍化することもあるでしょう。
だけど、それは実力によるものでしょうか?
1発だけで終わったりしないでしょうか?
1回の記念であれば良いです。
職業として、継続的に良い作品を書ける小説家になるためにすべきことはなんでしょうか?
やっぱり答えは、いっぱい書いて、いっぱい読んでだと思っています。
きちんと考えながら繰り返し書いて読む。そこで得たノウハウを身につけて、それらを全て糧にして書く。
一流のプロ作家はそういう人だと思っています。
目指せプロ作家!
目指せベストセラー!
カクヨムコンの活用方法でした。
結局読んでいるのはレギュラーメンバー?と呼べば良いのか、いつもの方たちなので、気張っても恥ずかしいだけですね。笑
もうちょっと、お熱い話が続きます。
カクヨムコンに関するエッセイの数少ないランナーと勝手に自負して、まだまだ走っています。
皆様も毎日読んでいただいているので、ランナーです。
もう少し一緒に頑張って頂けると嬉しいです。
こちらのエッセイ、方向性はとっくの昔に間違えてます。読者選考とかではなく、カクヨムコンの意義について考え始めてます。末期症状です。笑
最終的にはカクヨム大好きという結論に行き着きそうです。高確率で。笑
気持ちのままに、カクヨムコンを楽しみ尽くしましょう。
(主旨違う笑)
エッセイをお読みいただいて、少しでも執筆する気力が湧きましたら幸いです。
今すぐにでなくても、自分のペースでゆっくりとでも。
〜〜〜〜
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