第33話 謁見
右手と右足が同時に出そうになるほどの緊張感の中、なんとかカーペットを歩き切ってリラと一緒に跪いた。すると俺達が頭を下げたのとほぼ同時に、騎士達が動き出したのが気配で伝わってくる。
音の方向から、動いているのは玉座の近くにいた騎士達だ。多分陛下が現れる扉を開きに行っているのだろう。
俺はその事実を認識した途端に、心臓が飛び出しそうなほどにドキドキとうるさくなったのを感じたけど、なんとか深呼吸をしてそれを抑え込んだ。
隣にいるリラからも、かなり緊張している様子が伝わってくる。俺にしか聞こえないだろうけど、息が荒くて横目で見える足が少し震えている。
それからも人生で一番と言っても過言ではないほどに緊張しながら陛下の言葉を待っていると、ついに誰かが玉座に腰掛けたのが物音で伝わって来て、沈黙を破る低くて通る声が俺の鼓膜に届いた。
「面を上げよ」
その声に従ってゆっくりと顔を上げると……そこにいたのは、鋭い目つきで俺達を見つめる、歴戦の騎士のような風貌の男性だった。歳は多分四十代か五十代。
体つきはかなりがっしりとしていて、確実に何かしらの武器を日常的に振るっている。今は王様らしく豪華な衣装にマントを羽織っているけど、騎士服も絶対に似合うだろう。
この国の陛下は武闘派なのか……ますます怖くなった。
「お前達がリョータとリラか?」
「……はい。宮瀬涼太と申します」
「私がリラでございます」
俺達のその挨拶を聞いて陛下は「うむ」と頷くと、隣に立つこれまた豪華な服を身に纏った、鋭い目つきの細身の男性から一枚の紙を受け取った。
「ルリーユの街に現れたドラゴンを討伐したというのは本当か?」
「はい。私が魅了スキルを使いドラゴンの動きを封じ、リラが火魔法でドラゴンを倒しました。証拠として、ドラゴンの素材の一部を献上させていただきます」
俺のその言葉を聞くと部屋にいた文官の一人が、俺達が入って来た扉とも陛下が入って来たであろう扉とも違う、横にあるドアを開けた。
するとそこから素材を持った文官が何人も現れる。そして跪く俺達の前に素材の全てが並べられた。この素材は献上品として事前に預けておいたものだ。
「こちら、お納めください」
「ほう、これは立派な素材だな。宰相、あの鱗を一枚こちらへ」
「かしこまりました」
隣に立っている立派な人は宰相なのか。それってあれだよな、王様の側近的なやつだよな。
宰相は陛下の言葉を隣にいる文官に伝え、その文官が鱗を一枚手にして宰相に渡し、それが陛下の手に渡った。
「デカいな……それに傷もあまりなく綺麗だ」
それから陛下と宰相は一緒に鱗を観察し、満足したのか文官に鱗は返された。
「ドラゴンの素材、全て受け取った。国のために役立つであろう。感謝する」
「……あ、ありがたき幸せ」
俺はこういう時にどう返事をしたら良いのか分からなくて、時代劇とかで見たことがあるような言葉で返事をしてみた。すると特に反応はされなかったので、特別間違ってはいなかったのだろう。それか冒険者に正確な作法は求めてないか。
……後者の可能性が高いかな。
「これでお主らがドラゴンを討伐した事実は明白となったわけだが、二人での討伐などにわかには信じられない。討伐を可能にしたのはリョータの魅了スキルだろう? そのスキルについて教えてくれ」
「……かしこまりました。私も詳しいことは分かっていないのですが、私のスキルはパッシブのレベル十です。常時十メートルの範囲内に魅了が発動し続けていて、自分の意思でコントロールすることはできません。さらにそれだけではなく意図的に魅了をかけることもでき、その場合は十メートルより離れていても、声が届けば魅了できます」
俺がその説明をした瞬間、騎士達が警戒を強めたのが分かった。俺がここからでも陛下を魅了できると認識したからだろう。
そんなこと絶対にしないから、そんなに怖い顔をしないでくれ!
「……パッシブの方が少し効果が弱いので、パッシブの魅了が効いた相手に対しては意図的な魅了も必ず効きます。この魅了は今のところ人に対してと、魔物に対しても効果があることが分かっています。ドラゴンはパッシブの範囲内にまで近づくことができませんでしたので正確なところは分かりませんが、意図的な魅了でさえかけるのがかなり大変で抵抗されていましたので、パッシブは効かないと思われます。ちなみに現在は、リラの能力であるスキル封じで魅了のスキルを封じてもらっています」
そこまで説明をして俺が言葉を切ると、陛下が少しだけ考え込むようにして口を開いた。
「ではパッシブの魅了というものを見せてもらいたい。その場から少し下がりスキル封じを解除してくれ。おいそこのお前、魅了にかけられてみてくれるか?」
陛下が指定したのは俺達の近くに立っていた若い騎士だ。騎士は陛下の言葉に「はっ」とすぐに敬礼し、俺達に近づいて来る。
「俺はどうすれば良い?」
「では最初は十メートルの範囲外にいてもらって、スキル封じを解除したら俺に向かってゆっくりと歩いて来てもらえますか?」
「分かった」
それから俺達が少し場所を移動して、魅了スキルを陛下に見せる準備が整ったところで、リラがスキル封じを解除した。
「これでリョータの魅了は発動状態になりました」
リラが謁見室にいる全員に聞こえるように宣言して、陛下が頷いたのを確認してから、若い騎士が一歩前に足を踏み出す。
ゆっくりと慎重に俺達に近づいて来て……十メートルの範囲内に入ったところで、突然さっきまでの慎重さは消え去り、騎士は瞳を輝かせて俺に駆け寄ってきた。
「リョータ、可愛いな」
うわぁ〜、こんなパターンもあるのか。若い騎士は俺の目の前で足を止めると、俺の頬に手を添えてキメ顔で甘い言葉を発したのだ。
好きだぁぁって飛び付かれるより恐怖心はないけど、こっちの方がぞわぞわする。
「リラ、助けて……」
「……頑張れ」
リラはとりあえず物理的な害はなさそうだと判断したのか、同情を載せた瞳で気持ちの籠っていない応援をくれた。そんな応援はいらないから助けて!
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