第29話 出発前の休み
次の日の朝。
俺とリラはいつもより遅い時間に宿屋を出て、ルリーユの街で一番の大通りを歩いていた。
明日の早い時間にはこの街を出るので、今日は最後に街の観光をすることにしたのだ。俺はこの街に来てからずっと依頼を受けてばかりで、街中を散策したことはほとんどなかったから。
「この通りは初めて来たけど、こんなに人がいたんだ」
「ここに来ると驚くよね。いつもの生活圏は冒険者が多い地域だから、観光客はあんまりいないんだ」
「ここって観光地だったの?」
「うん。深淵の森に近いからなのかこの辺でしか咲かない花があって、お花畑は有名なんだよ。行ってみる?」
「行ってみたい!」
観光地にもなってる花畑とか、そんなものがあったなんて驚きだ。俺は久しぶりの殺伐とした毎日じゃない楽しい休日に、心が浮き立つのを感じた。
鞄の中にいるスラくんと俺の隣を歩くユニーを撫でると、二人とも嬉しそうな反応を示してくれて、俺はより楽しくなる。
「じゃあお昼ご飯は屋台で買って、お花畑まで歩きながら食べようか」
「それ良いな。どの屋台にするか……」
いつもより栄えている大通りをぐるりと見渡すと、いつもよりおしゃれなものを売っている屋台が多くて悩んでしまう。
「あそこの包み焼きはどう? 中のソースを選べるみたいだし楽しそうじゃない?」
リラがそう言って指差した屋台に視線を向けると、それはクレープに似た料理だった。クレープよりも少し分厚い
生地で包むのは、火が通った肉や野菜みたいだ。そしてソースは三種類から選ぶことができるらしい。
「美味しそうだし良いかも」
「じゃあ買いに行こうか」
お店に近づくと、店主の男性が晴れやかな笑顔で出迎えてくれた。遠くにいる時は分からなかったけど、近づくと良い匂いが漂ってくるな……日本にあった料理に例えると、エスニック料理? とかそんな料理の香りに近い気がする。とりあえず空腹が刺激される良い香りであることは確かだ。
「どれにする? ソースと肉はそれぞれこの三つから、野菜はこっちの五つから選べる。ソースと肉は一つだけで、野菜は三つまでなら追加料金なしだ」
どれが美味しいのかな……この世界の肉や野菜は日本と名称が全然違うし、どの組み合わせが合うのかいまいち分からないのだ。
とりあえずこの白い肉は、いつも食べてる美味しいやつだからこれにしよう。野菜は適当に端からかな。ソースは匂いが一番馴染みのある右端のやつにするか。
そうして適当に中身を注文すると、店主の男性は焼いてあった生地を鉄板で温めながら、その上に卵を一つ落とした。そして生地の上で卵をかき混ぜながら火を通して、その上に野菜を載せていく。
さらにその隣で肉を焼いて、野菜にいくつかの調味料を振りかけた。肉が焼けたら野菜の上に載せて、最後に生地で包んで完成だ。
「はいよ、熱いから気をつけな」
紙に包んで渡された包み焼きを受け取ると、かなり熱いのもそうだけどずっしりと重かった。これは一つ食べたら結構お腹に溜まりそうだ。
リラも包み焼きも受け取って屋台を後にして、俺達はさっそく花畑に向かいながら食べることにした。スラくんには鞄の中にいくつか魔石を入れてあげて、ユニーは別の屋台で買った果物の盛り合わせだ。
ユニーにリンゴほどの大きさの黄色い果物を渡して、自分も包み焼きにかぶりつく。うわっ、これ美味い。
生地はもちもちしていて少し塩気があり、中の具材はガツンとくるソースの後に野菜や肉の旨みが感じられて、とにかく美味しい。
「美味しいね。あの屋台は当たりかも」
「めちゃくちゃ美味しくて驚いてる。これは二個買っても良かったかも」
「ふふっ、でもそれだと他の料理が何も食べられなくなっちゃうよ? 実はお花畑には有名な名物スイーツがあって、せっかく行くんだからそれを食べようよ」
「そんなのあるんだ! それは絶対に食べる」
この世界って食文化も割と発展していて、美味しいものがたくさんあるのだ。中でもスイーツに関しては、日本のものよりも美味しいのが存在している。名物スイーツとか楽しみだな。
それからもお店を見て回りながら大通りを進み、途中で街中にある丘を目指して広場を右に曲がった。花畑は丘の上にあるんだそうだ。
丘まで整備された道を進んでいくと……登り切ったところで突然視界が開けて、目の前には綺麗な白い花畑が広がった。
本当に綺麗で、俺はしばらく言葉を発せなかった。見惚れてしまい、花畑から目を離せなかったのだ。
「これ、フローロシュっていうお花なんだけど、綺麗じゃない?」
「凄く綺麗だ……なんか、別の世界に来たみたい」
「ふふっ、リョータが言うとあながち嘘じゃない感想だね」
「確かに。いや、実際この世界に来た時よりも驚いてるかも」
この世界の草原は日本とは全然違ったけど、まだどこか海外にはこんな場所がありそうだよなって思えた。でもこの花畑は……例えるなら天国みたいとか、そんな感想が出てくる光景だ。
白くて綿飴みたいなふわふわの小さな花がたくさん咲いていて、地面は全く見えないほどに花が密集している。まるで雪景色を見ているような、それよりも幻想的な光景を見ているようだ。
「そこまで感動してくれるなら、案内して良かったよ。私も最初にこの景色を見た時は、リョータみたいにぼーっと立ち尽くしてたかも」
「これはそうなるよな……」
それからリラとスラくん、ユニーと花畑の中にある小道を歩いて周り、綺麗な景色を堪能したところで最後に名物スイーツが売っているお店にやってきた。
「いらっしゃいませ。何個欲しいですか?」
「四つお願いします」
「かしこまりました」
リラが頼んでくれて渡されたスイーツは、見た目はあの白い花にそっくりの拳大の丸いスイーツだった。日本にあるものに例えるなら、小さな重量のある綿飴かな。
「これどうやって食べるの?」
「このソースをかけて食べるんだ」
別の器に入って渡されたソースをリラが見せてくれたので覗き込むと、ピンク色を基本としてその中にキラキラと光るラメみたいなものが入っている。リラがまずは自分のスイーツにそのソースをかけると……白い綿飴みたいなスイーツが倍以上に膨れ上がった。
「凄い、どんな原理?」
「それはよく分かんないけど、とりあえず美味しいよ。甘いんだけどそれだけじゃなくて、爽やかさもあるんだ」
「……そうなんだ。とりあえず食べようか」
俺はリラがスラくんとユニーの分も買ってくれたので三人分にソースをかけて、いくつも置かれているテーブルにスイーツを置いた。そして皆で一斉に口にする。
口に入れるとシュワっと溶けて、口の中に幸せの味が広がった。思っていたよりも甘くないな……どちらかといえば甘い蜜柑のような、そういう爽やかな甘さだ。
「凄く美味しい」
「美味しいよね! うぅ〜ん、幸せ」
リラは満面の笑みを浮かべて頬を押さえている。このスイーツが本当に好きみたいだ。ユニーも美味しいのか尻尾をゆらめかせていて、スラくんも大きく震えている。
ちなみにスラくんは基本的に魔石しか食べないんだけど、甘いものは意外と好きみたいで食べるのだ。このスイーツも気に入ったみたいで、かなりの速度で口にしている……というよりも、溶かしている。
「また機会があったらこの花畑を見に来たいな」
「そうだね。その時は……一緒に来ても良い?」
「もちろん。というか、リラ以外に一緒に来る人がいないよ」
リラがいないと俺は街の中も碌に歩けないからな。今日だって何度も路地裏に行ってスキル封じをかけ直してもらっている。
「ふふっ、じゃあ私が一緒に来てあげる」
「ありがと」
そうして俺はリラとこの先の約束をして、自然と笑みを浮かべた。リラと一緒にいるのは楽しいし落ち着くな。
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