最終話 一航艦で一番長い日

 日本時間八日二十一時頃、第一航空艦隊は日本本土へ向かうために夜の太平洋を航行していた。その中の一隻、旗艦比叡艦橋では二人の男が話していた。


 「三空母の曳航は順調かい?」


 司令長官の南雲忠一なぐもちゅういち中将は、参謀長の草鹿龍之介くさかりゅうのすけ少将にそう尋ねた。


 「はい。やはり戦艦二隻・重巡二隻の馬力は大きく、落伍することなく全艦十六ノットを維持しています」


 そう草鹿が答えると、南雲は少しほっとしたような表情を浮かべた。


 南雲からの命令が発令された後、空母部隊は第三波攻撃隊を発艦させ、真珠湾を再攻撃した。その真珠湾は、第一波攻撃隊から受けた被害の甚大さと、太平洋艦隊敗北の報で大混乱に陥っていた。


 そんな時に第三波攻撃隊は到達、妨害を全く受けることなく真珠湾を蹂躙した。


 湾内にまともな敵がいなかったことから攻撃は地上に集中、飛行場は陸海問わずそのすべてが全壊、太平洋艦隊司令部やハワイ方面陸軍司令部などにも攻撃が行われ、オアフ島の基地機能は停止した。また、一部の油槽タンクにも攻撃は行われ、全壊は免れたもののオアフ島の混乱に拍車をかける結果となった。


 攻撃終了後、一航艦は被弾機を損害度合を問わずそのすべてを投棄、機数が二百機程度にまで減少したため、飛行甲板に露天駐機を行うことで全機を収容することができた。


 その後、各艦の詳細な被害状況が判明し、司令部では三空母についての会議が行われた。しかし、赤城について曳航で一致したものの、残る二空母については幕僚たちの意見は真っ二つに割れ、一向に定まることはなかった。


 そんな時、一航艦に緊急電が届いた。連合艦隊司令長官名で、三空母を曳航するよう命じてきたのである。


 連合艦隊司令部は、予想外の艦隊決戦という報告を受けて混乱したものの、三空母については出来る限り曳航するということでなんとか意見が纏まった。彼らからすれば、異次元の物量を誇る米軍に対抗するには初戦で三隻もの空母を喪失するわけにはいかず、無理を承知で一航艦に命令文を送ったのである。


 結局、大破した空母赤城・戦艦に突入した空母加賀・蒼龍は、曳航されることになった。


 赤城の曳航は、第八戦隊の重巡利根が担当。加賀・蒼龍については、衝突している米戦艦と艦体の安定のため固定し、曳航する第三戦隊の戦艦比叡・霧島と共に機関最大で航行することとなった。


 「なんとか太平洋艦隊を壊滅させられたが、まさか艦隊決戦となるとはな…。内地の参謀たちは困惑しているだろう。航行中の戦艦が航空機によって沈んだことと、空母三隻が戦艦の砲撃で無力化されたこと、この相反する事態が同時に発生したのだから」


 「戦艦が最強だと考えるものは、空母は脆弱で戦艦はそれに勝ると主張するでしょう。そして、航空機が最強だと考えるものは、戦艦が航空機によって沈められると言って航空機が勝るというでしょう……長官は、どう考えますか?」


 南雲の戦況分析に、草鹿は戦艦と航空機のどちらが強いと考えるのか尋ねた。南雲は少し考えると、ゆっくりと話し出した。


 「この戦争では、航空機が勝るだろう。空母が無力化されたのは、敵艦隊と異様に接近したことが原因だ。普通の戦闘では、航空機は長大な航続力を持つため、戦艦との不用意な接近はあり得ないと言えるだろう」


 「なるほど……」


 「それに、あの米国のことだ。うちと違って、高速戦艦を簡単に空母の護衛に格下げするだろう。敵戦艦に護衛されれば、接近して砲撃戦など奇襲以外に成功しないだろうな」


 南雲の実践を経て生み出された考えは、草鹿を納得させるのには十分だった。実際、米海軍は空母艦隊を中心に体勢を立て直すのだが、その艦隊には新鋭戦艦が当然のごとく含まれることになるのである。


 「我々は、この経験を生かして戦わないといけない。帰ったら忙しくなるだろうな。俺は航空機については何もわからないからな、酷使してやるから覚悟しておけよ」


 「はい!」


 南雲らが空を見上げると、夜空には満天の星が瞬いていた。彼らの決断を後押しするかのように。


真珠湾攻撃 空母対戦艦の艦隊決戦


完結

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