チャンス
一花たちと別れてアパートへと帰ってきた私たちは、服も着替えないまますぐに紫音に抱きしめられた。
「紫音。どうしたの」
抱きしめられているので顔を見ることはできないが、いつもよりも抱きしめてくる力が強く、どこか辛そうな雰囲気も感じられた。
さすがに心配になった私は、紫音の背中を軽く叩きながら、彼女が話をしてくれるまで待つ。
それからしばらく抱きしめあっていた私たちだったが、ようやく落ち着いた紫音が話し始めた。
「白玖乃、さっきはごめんね。不安な思いさせちゃったよね。もっと早くに白玖乃とのこと伝えるべきだったのに。
そしたらあんなこともされなかっただろうし、白玖乃を不安にさせることもなかったはずなのに。ほんとにごめんね…」
どうやら紫音は、私が萌奈に嫉妬したのと同じように、彼女も私に申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになっていたようだ。
「大丈夫。確かに紫音が他の人にあんなことされて嫌だったけど、ちゃんと私のことを話してくれた。これからは気をつけてくれればいいよ。
それに、こんなに私のことを心配してくれてるんだから、今はすごく嬉しいよ」
これは私の素直な気持ちだ。確かに萌奈が紫音の腕に抱きついた時は嫉妬と怒りでどうにかなってしまいそうだったが、紫音が私のことをすぐに彼女だと言ってくれたし、今後はやめるようにも言ってくれた。
それがとても嬉しかったし、彼女からの愛情もちゃんと伝わってきたので、今はあまり気にしていない。
私はふと、前にみんなでプールに遊びに行った時、紫音が私をナンパから助けてくれた時のことを思い出す。
あの時は私が一人でいたところナンパされて、腕を掴まれそうになった時に紫音が助けてくれたのだ。
(もしかして、紫音もあの時はこんな気持ちだったのかな)
紫音はあの時点で私のことが好きだったらしいし、好きな人が他の人に気安く触れられれば嫌な気持ちにもなる。
しかもあの時の私は、まだ紫音のことが明確に好きだった訳ではないし、もしかしたらってことを考えると、気が気じゃなかったはずだ。
(そう考えると、紫音が変わらず私を愛してくれることを知っている今は、とても幸せなことなのかもしれない)
紫音は何があっても私のことを一番に愛してくれるし大切にしてくれる。
これまでの紫音の不安に比べたら、私の不安なんて大したこと無いだろうし、多少のことは紫音を信じることも大切なのかもしれない。
(でも、全てを許す気はないけどね)
今日の紫音の態度を見る限り、今後も信じることはできるだろうが、相手がどうかは分からない。
萌奈は悪い人では無さそうだから大丈夫だと思いたいが、万が一ということもあり得る。
だから明日以降は、より注意して萌奈のことを見ていく必要があるだろう。
その後、私から体を離した紫音は、まだ少しだけ申し訳なさそうな顔をしていたが、それでも帰ってきた時よりはだいぶマシになったので私も安心した。
そして、お互い服を着替えると、紫音は夕食を作るためにキッチンへと向かう。
いつもなら、私はお風呂の準備をしに向かうのだが、いつも元気な彼女の寂しげな姿を見ると、どうしても一人にしておかなくて私もキッチンへと近づく。
「白玖乃?お風呂はどうしたの?」
「この後向かう。でも、今は紫音と一緒にいたい」
「ふふ。ありがとう」
その後はとくに会話をすることはなかったが、紫音が料理を作る姿をしばらく眺めたあと、私はお風呂の準備をしに向かうのであった。
翌日になると、紫音はいつもの元気な姿に戻っており、私は一安心した。
「紫音。今日もご飯美味しいよ」
「えへへ!ありがとう!」
朝食を食べ終えると、使った皿などを片付けて制服に着替え、私たちは部屋を出て学校へと向かう。
教室に入ると、雅と一花はまだ来ておらず、私たちは自分の席に荷物を置いた。
そして、紫音のもとへ向かおうとした時、突然後ろから声をかけられる。
「白玖乃。ちょっと話せる?」
「萌奈」
後ろを振り向くと、そこには昨日途中で別れた萌奈が立っていて、じっと私のことを見ていた。
「場所、変えない?」
「…わかった」
萌奈が私に背を向けて教室の入り口に向かった時、私はチラッと紫音の方を見る。
彼女は心配そうな顔をしてこちらを見ていたが、私は大丈夫という意味も込めて軽く微笑むと、萌奈の後に続いて教室を出た。
少し歩いて人の少ないところに着いた私たちは、萌奈が振り返ったことで目と目が合う。
「昨日はごめんなさい!」
すると突然、萌奈は私の方に向かって頭を下げると、昨日のことについて謝ってきた。
「…え?」
「私、二人がそういう関係だって知らなかったの!だから何も気にせず紫音と腕を組んじゃったんだけど、二人が付き合っているなら嫌な思いさせちゃったよね。本当にごめんなさい!」
萌奈は本当に反省しているのか、下げた頭を上げずに謝罪を続ける。
私はどうしたら良いのか分からなくて、とりあえず頭を上げるように声をかけた。
「ありがとう」
「いいよ。それより、萌奈の謝罪は受け取る。でも、これからはあんな行動はやめてほしい」
「そう…だね。わかってる」
分かってると言った萌奈だったが、まだ何か私に伝えることがあるのか、一向に教室に戻ろうとはせず、きょろきょろと視線を彷徨わせていた。
「まだ何かあるの?」
このままでは始業のチャイムが鳴ってしまいそうだったので、早く話を切り上げたかった私は、彼女に要件を尋ねる。
「あの…ね。自分勝手だってことは分かってるんだけど、白玖乃にお願いがあるの」
「お願い?」
「うん。私にね。チャンスを与えてほしいの」
「どういうこと」
萌奈の言葉の意味が分からなかった私は、思わず語気を強めて言葉の真意を尋ねてしまう。
「白玖乃が怒ってしまうのは分かってる。でも、私もちゃんと気持ちを伝えて終わりにしたいの。もちろん振られるだろうことは分かってるけど、それでも気持ちを伝えないままだとどうしても未練が残っちゃうから」
「つまり、紫音のことが好きだってこと?」
「うん」
「なんで?まだ会ったばかりだよね」
彼女が紫音を好きになったきっかけが何だったのか気になった私は、まずはその理由について話を聞くことにした。
「最初は、転校してきて不安な気持ちばかりだったんだけど、紫音がすぐに話しかけてくれて安心したんだ。
それに、紫音と話していると楽しかったし、気持ちも落ち着いた。
でも、最初は本当に友達としか思ってなかったんだけど、私が階段から落ちそうになった時に助けてくれて。
その時に抱き止められたことが忘れられなくて、なんか気づいたら意識するようになってて。
あはは。私ってちょろいよね。こんな事で簡単に意識しちゃうとか。自分でもそう思うもん。
でも、不安な時に話しかけてくれたり、危ない時に助けてもらって、思わずかっこいいなぁって思っちゃったんだ」
萌奈の話を聞いて、私は三人で校内を見て回っていた時のことを思い出す。確かにあの時、最後の方で萌奈は階段を踏み外して落ちそうになった。
その時に、紫音が彼女の腕を引いて助けたのだ。あの時の彼女は確かに顔を赤くしていたし、私も何となく嫌な予感がした。
それに、紫音が不安な時に助けてくれてときめいた事があるのは私も一緒だ。
私がナンパされて怖かった時も、彼女は颯爽と現れて助けてくれた。
そんな紫音に惚れてしまう気持ちは、私としてもよく分かっている。
「……わかった。気持ちを伝えるのだけは許す。でも、それ以外はだめ」
「うん。わかってる。ありがとう」
私はどうするべきか悩んだ末、萌奈が紫音に気持ちを伝えることを許した。
確かに、明確な終わりがないままだと気持ちをずっと引きずり続けてしまうだろうし、同じ紫音を好きになったもの同士、最後の機会を上げるのも悪くないだろうと思ったからだ。
それに、私は紫音のことを信じている。例え萌奈に告白されようとも、彼女はきっと私を選んでくれる。
ただ、結果は分かっていても気持ちとは別問題なので、この件が終わったら紫音にたくさん甘える予定だ。
こうして、萌奈との話し合いを終えた私たちは、二人で教室へと戻るのであった。
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