第9話-② 各国の諸事情

一方――――その頃…ラー・ジャの南に位置する『列強』の一つに入国を果たしてユミエは。


「さて、と…関もくぐった事だし、後は着替えをして―――『シャルナ』にあるヴェルフィオーレ大聖堂に『白雉はくち』を迎えにいかなきゃ。」


その国は、7つある列強の中で『非戦・非暴力』をそのむねに掲げた宗教『マハ・トマ』を国教とし、その国家の元首たる者は同時にその宗教の『教皇』でもあるという『サライ』。

その国の西には南北を縦断する山脈『ヴァーナム』があり、(ちなみにこの山脈は北に隣接するラー・ジャに続いている)さらに教都シャルナから東南東の外れには霊験あらたかな山『霊山ゾハル』が存在していた―――何よりこの国は深緑の杜に覆われ、常に神秘なる霧『ミスティック・ミスト』が立ち込めており、その神々しさたるや筆舌し難いものがあったようです。


そして今、この国の教皇の下へ、侍女の一人が―――…


「(ナユタ=ディーヴァ=シルメリア;5,160歳;?;マハ・トマ教教皇

この世界の、他のどの元首達よりも長命、それゆえに多くの喜びや哀しみを見てこられたことであろう…そして事実上『神に最も一番近い人物』と称される。)

いかが―――しましたか、『シズネ』…。」


「(シズネ=アン=レーゼ;21歳;女性;まるで透けるような透明感のある美の持ち主。 両目は閉じられてはいるが決して盲目ではない。)

はい…実は、教皇様にお目通りを―――と、願っている御仁がおられるのでそのお取次ぎをと…」


「そうでしたか、一体誰なのでしょう…取り敢えずは会ってみる事にいたしましょう。」


どうやらこの宗教国家の教皇様にありがたい説法を説いてもらうためか、誰か人が訪れたようです。


果たしてそれは誰なのか―――

よく見るとプラチナ・ブロンドの髪をなびかせ、焔より紅いとされるドレスに身を纏った一人の少女―――と、傍らにはが、それを見たナユタの反応は。


「これは―――… 一体どなたがお見えになられたかと思えば。」


「(ヱリヤ=プレイズ=アトーカシャ;彼女については多くを語らじ、)

あら、案外と驚きしないものですね、少しは期待していたのだけれど…」


「これはご冗談を、あなた様に比べれば私などまだまだ若輩の身でありますれば。」


一見すると分相応ではない彼女達の会話、5,000年と言う永い年月を生きてきた人物をして『若輩者』と言わさしめた根拠とは。


        * * * * * * * * * *


それはそれとして―――ヱリヤをナユタに引き合わせたあの侍女は。


「(まさかゾハルの主とその従者がここに来るものとは…今の世に何か変革が訪れようとしているのでしょうか?)」


教皇ナユタの侍女であるシズネは、教皇を尋ねに来たのが誰であるのかを分かっていました。 そう、『ゾハルの主』……がヱリヤの事を知っているのは何故?


すると、その時―――



  ヒィ――― ヒィ――― ヒョ――― ヒョ――― ガッガッ



細く高くさえずとりき声、虎鶫トラツグミ…またの名を『ヌエ』と呼ぶ。

そのとりき声に反応し、足早に定められたある地点へと移動するシズネ…そう、誰あろうシズネこそタケル所属の諜報機関『禽』の一羽『白雉ハクチ』だったのです。


「やはりこられていたのですか、副長――――」

「お久しぶりね、『白雉ハクチ』。 それはそうと上手くやっているようね、似合っているわよその服。」

「ありがとうございます。」

「ところで…私が今ここにいる時点でなんの事かは分かっているでしょうけれど―――…」

「『帰巣』―――の件ですか…分かっていますが…」

「(ン?)どうかしたの?」

「はい、これが通常であれば難なく応じられるのですが―――実は今サ・ライに滅多と見えられないお客人がお目見えしているもので…」

「誰、なの?」

「“お山”―――と、言えば分かるでしょうか。」

「ゾハルの―――あそこの主が、ここへ?!」

「はい…。」

「そう…それは困った事になったわね。」

「はい、それに今ここで抜けたりしてしまえば今までやってきた事が水泡に帰してしまうおそれがでてきます。」

「そう…そうね、残念だけど今回は諦めるしか他はなさそうだわ。」

「いえ、それは早計に過ぎることと思います。」

「どう言う事なの?」

「恐らく、今回『ゾハルの主』がこられたのは一時的なもの…逗留とうりゅうはしないものと思われるのです。」

「でも…時間がかかるでしょう?」

「確かに―――そこで私めから提案させて頂くのには、この会合が済み次第…『フ国』での活動を再開させたいと思っているのです。」

「あそこかあ、確かあそこはあなたと…」

「はい、もう一羽―――『オオトリ』が勤めさせていただいております。」

「昔から―――呼吸いき…というか水が合っていたものね、あなた達…羨ましいわ。」

「お褒めの言葉と、とっておきます。」

「そうか――――分かったわ…。 では私も次の『ヴェルノア』へと急ぐ事にしましょう。」


さきの『キョウ』―――ナオミに続き、ここでも仲間とは合流は出来なかったようです。

でも後の方でガルバディア大陸の中央に位置する『フ国』で合流することを約束にこの二人は別れたのです。


       * * * * * * * * * *


その一方で―――こちらの二人は…


「どうぞ―――お口に合わないかもしれませんが…。」

「いえ、一向に構うことはないのですよ。 なかばこちらは押し掛け同然で来たも同然なのだから。」

「これは、お辛いお言葉で。」


何か―――後ろめたいことでもあるのか、またそうでないにしろ一つの列強の国主でもあるナユタの方が一人の少女にどことなく遠慮をしている…と、言う風に見えるのは気の所為なのか?いずれにしろこの会合の粛々とした雰囲気は、これから繰り広げられる論戦の前触れに過ぎなかったのです。


今――――その幕を明けるべく、この少女の口からはこんな事が…


「ところで―――あなた方は主義主張を変えないので?」

「『非戦』『非暴力』の件ですか…ですが、これほど尊い教えは今も昔も―――」


「本当に――――変わらぬもの…だな。」

「今…なんと?!」

「『右の頬を打たれたならその左を差しだせ』とは、確かに尊い教え…『知らんがために我は信ず』と言い捨てたあなたの祖先にそのままよ―――その考え方はね。」

「――――…。」

「あなたは―――当時のあの時、7万年前には存在はしていなかった。 無論その事を罪と言っているわけではないわ。 だけど―――もし―――その教義すら通用しない者が現れた時、あなたは一体どうするというの?やはり彼の者達のなするがまま?

それとも…あの時の、あなたの父上と同じように知らん顔を決め込むというの?」

「そっ―――それは言い過ぎなのでは?! 確かに私はあの当時には存在はしていないし、当時の様子も口伝のみでそう詳しくは知り得ませんが…」

「だけども―――そう捉えられても仕方のないことよ。 あの時…我等の盟主、皇・ジョカリーヌ様のお言葉…『共に手をたずさえ、カ・ルマにあらがっていきましょう』―――このお言葉を少しでもあなたの父上が耳を傾けていてさえいれば…あの方のその心労も軽減できたでしょうに…。」

「でっ―――ですが…それは……」

「それとも―――(フッ) そのお蔭で皇が早逝されたことはあなた方にとって非常に利でもあった…と?」

「な…なんて事を…。 こ、これは、明らかに私達の祖先を冒涜する言葉です!」

「ほ、これはこれは…どうやらハイ・エルフとて少なからず『怒る』という感情は持ち合わせていたと見える。」

「(く…!)い…今すぐ、ここから出て行きなさい―――! 所詮あなた方のように血塗られた道を歩んできた者には…この尊い教えは向かないのです!」

「そのようね。 では、少し予定より早いけれどおいとまさせていただくとするわ。 紅茶――――おいしくありましたよ。」

「どう…いたしまして……」

「それでは――――『偉大なるマハ・トマに、ご栄光のあらん事を』。」

「(くぅ…ッッ!)」


そう、実に7万年前の事をつまびらかにできた少女は、あの当時―――7万年前から『非戦』『非暴力』をスローガンに掲げていたハイ・エルフの長の末裔にそう言って聞かせたのです。 そしてこれを祖先を冒涜ぼうとくする言葉と、そう受け取ったナユタはヱリヤに向かい直ちに退去するよう求めたのです。

それを素直に受け止め、棲み処に戻っていくその主従…


「あの―――洞主様。」

「まあ御覧の通り、いつまで経っても同じ事――――平行線よ。」

「ですが、やはり―――」

「まあ…仕方がない―――と、言ってしまえばそれで終わりなのだけれどね。 それに元々この人達は自らが率先して戦いに赴くような私達のような種族ではないのだから、矜持も生まれて来るというものよ。」

「は……あ……」

「それでも―――そんな者達でも、あの男―――サウロンは何喰わぬ顔をして屍山血河を築くでしょうね。」

「洞主様―――…」

「今回は、彼ら自身にもそういう事が十分にありえることを彼らの心の隅に留めて置いてもらうぐらいにしておきましよう。 それに…私達の盟主様もなかば強制的に―――と言うのは好きではなかった事だしね。」

「は――――それでは…。」

「そうね、これからの事は棲み処に帰って練る事といたしましょう。」


この少女ヱリヤは知っていた、かの暴君サウロンの残虐性を。

例え眼前に命乞いをする者がいたとしても平気でそれを踏みにじれる、その性酷薄なところを――――それゆえに皇とその配下の者達は、この畏るべき暴君に抗うために当時の諸侯に檄文を送り、協力するよう促せたのですが…それでも中々腰を上げようとしなかった勢力がハイ・エルフの祖先達だったのです。

結果としては、史実を御覧のように暴君は敗れ、皇の勢力が勝ちを収めたのですが…その永きにわたる争いのため、心身ともに疲れ果てた皇・ジョカリーヌは在位して2年余りで病床に就き――――そのまま…帝国の統一を見ぬまま、薨去こうきょしてしまわれたのです。


           ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


この地は―――二大大河の一つ『レテ』がその流れを源とするヴァーナム山脈より流れ出てくる土砂が堆積してできたところ…しかもその土砂は植物にとっての栄養を多く含んでいた事もあり、結果―――――この地を肥沃で豊饒な土地にしていたのです。 それ故にこの国の主な産業は『農業』であり―――しかもその生産量は自国の義倉の備蓄だけにとどまらず、他の六つの列強に分け与えても有り余るほどだったようです。


その国の名は――――『クーナ』


ですが近年……かの新興国『カ・ルマ』が台頭してきた事により、自国の穀倉襲撃事件も多発し目に余るところがあるというので、余った人手をかき集め『自警団』が組織されるなど、この国を取り巻く事情というのも少しずつ変わりつつあったのです。


そして今ここに――――


まさに穀倉の襲撃をしようとしている集団と、自警団の一隊が衝突をした模様です――――…


「へへ~~ンっ! まぁ~ちなっ! 他人様ひとさまのモノを掠め取ろうってな魂胆、カミサマが許してもこのアタシが許しちゃおかねぇ~~~ゼッ☆」

「おいっ――コラ!マキ! そんな大見得張らなくてもいいから――――」


「(マキ=ヘキサ=キンメル;16歳;女性;元気で活発な女の子、逆に元気すぎて空回りしている―――様ではあるが?)

ヘヘへッ―――ども~~☆」


「くぉの~~っ! ふざけやがって―――!」

「おおっ――――と、人を傷つけんのにさぁ~そんな大振りじゃあ、だぁ~~~めだぁ~~~めだよ!ちみ! アタシがちょッくら手本というものをみしてやろ~~~じゃないかあ~! そりゃっ―――!」

「う…うわっ! こっ…このぉ~~~い、意外とやるぢゃねぇか」

「へッへぇ~~ンだ! このマキ様を傷つけようなんざ、あんたの腕じゃ10万光年早いってとこだね――――ニャは☆」

「チッキしょおぉ~~またふざけやがって。(だっ…だが、この女の言うようにオレ達だけじゃどうしようもねぇ、一体どうすりゃあ―――)」


この国の自警団に混ざり、まさに縦横無尽に活躍する女戦士―――その名をマキと言ったようです。

しかし彼女…マキは、この略奪者や仲間の団員が思っているように他とは一線を画した素早さと、並外れた体術でまわりを圧倒していたのは事実だったのです。

そして略奪者達は一人の女戦士によってキリキリ舞―――文字通り手も足も出なかったようで―――…


するとそこへ―――――



    ピィ~~~―――――     ピィィ~~~――――――


「(おっ?!引き上げの合図だ)確かに――――命あっての物種だからな、ここは一旦退くに限るぜ。 あばよっ―――!」

「おンやあ~~? 逃げんの~~~? だあったらさ―――今度来るときはママンにオシメ代えてきてもらいなよっ―――☆」


「う…うるせえっ! おッ、覚えてやがれッ―――!」


「にヘヘへー--撃退完了―――☆」


この自警団の一団員に過ぎないマキの活躍のお蔭で略奪者達は逃走…つまりは勝利したのです。

そしてマキが所属する隊の隊員達も彼女の下に集まりだし…


「隊長~~~っ!ご無事でしたか!」

「おっ―――君達も無事だったか~~~うんうん、よしよし。 こぉんな一文の得にもならない事で命落っことすなんてばっかバカしいからね――――ニャは☆」

「もぅ~~~隊長強いの分かってるんだから…1人で突出して闘ってる分にはいいっすけど、後でついてくるオレ達の身にもなって下さいよう~~~。」

「あ゛~~~すまんスマン、そんなに気を落とすでないよ、部下A君。 でもねぇ…アタシってさ、カッとなると頭に血が上りやすいタイプなんだ、だから―――仕方がないんだよね…」

「(えっ?)た…隊長?」

「へっ? あ…っ、あっはははー--冗談だよ、冗談。 さっ、それより報告にいくよ☆」


彼女以下――――計5名。 これがマキが所属する隊の全容なのですが、今まで見ていてもマキの武が抜きん出ていたが故に彼女はこの小隊の『隊長』だったようです。


そしてマキ達は、この自警団を束ねるクーナ国軍の将軍の下に集まったようです。


「たっだいま~戻りましたっ☆ アタシがあずかる13番隊、一人の欠員もおりませんっ☆」


「(ギャラハット=シャー=ザンフィル;38歳;男性;クーナ国軍の将軍の一人であり、マキ達が所属する計13ある自警団を束ねる者)

うむ…そうか、ご苦労。」


「(ヒヅメ=アトー=キュベレイ;19歳;女性;この将軍ギャラハットの副将であり、彼の養女でもある。)

でも―――相変わらずだね、マキ。 お養父とうさん―――いや、将軍と一緒にアタイも見てたけど、あんた一人が突出してちゃダメじゃないか。」


「あ゛~~~それねー--さっき部下A君にも言われたばっかなんだよ~~だから、今度から気をつけるからさぁ~~~カンベンしちおくりよ~~~って、こんなんじゃダメ?」


「(はぁ~~~またこの喋り方だよ…なんて言うか、精神年齢が低い―――とでもいうか……)」

「およ?どったのヒヅメちゃん。 そんな暗い表情かおしちゃっちゃあ~黒いお顔がますます暗くなっちまうよ☆」

「なッ…なんだとおぅ~~! ひっ…他人ひとが一番気にしてることを゛お~~~っ!」

「あいっ☆ お~~こっちゃった? フンじゃあー--どう言えばいいのかなあ…あっ!そー--だ☆じゃさ、こんなんでどぉ?


              ―――野獣、死すべし


ってとこかねー--ニャは☆」


「(こっ…こいつぅぅ~~!)」

「はははー--これは完全にしてやられたと言う所のようだな、ヒヅメ。」

「しっ―――しかしお養父とうさん…わ、分かりました―――」


確かにマキの存在は13ある自警団の中でも異彩を放っていたようでした。

それと言うのもたった一人で大勢の略奪者をキリキリ舞いさせられるだけの武を持ち合わせていながらも――――それとは相反するような幼い言動、一見すると他人を小莫迦にしたかのような言動でもあったわけなのです。 けれどもいまだにあどけなさが抜けない表情と相俟あいまってか、まわりの者は彼女を本気で怒れはしなかったようです。


        * * * * * * * * * *


その一方――――クーナの穀倉の襲撃に失敗した略奪者達は襲撃の失敗をとある者に報告をしていたのです。 そのある者とは―――『七魔将』の一角であるワグナス…


「全く何をやっておるのか、一つの穀倉も襲えないでいるとは…使えぬヤツ等めが。」

「い―――いえ、しかしそれが…あの自警団にえらく強いヤツがいてまして…い、以前のように容易く襲えようもなかったんでがすよ。」

「言い訳をするな!愚か者めが。(チッ…とは言ったもののこれからどうするか。)」


彼等は自分達の拠り処でもあるカ・ルマの一拠点に戻ってきていたようです。

――――と、言う事は…そう、この略奪者共はカ・ルマの一兵卒だったのです。

そして今の会話から判かる様に、喫緊の課題としては兵士達の食料『兵糧』の確保であり、これからガルバディア大陸の総てを自分達のモノにするためには、第一に憂慮しておかなければならない事項でもあったのです。

その上での、幸先悪い報らせ―――『穀倉の襲撃の失敗』とは…


すると――――


「なに、心配する必要は、ない―――」

「むんっ?! ―――なんだ、ビューネイか…どうしたお主ほどの者がこのようなところに。」


この…カ・ルマの拠点の一つであるこの城に現れていたのは『七魔将』の一人であり、その“筆頭”と目されているビューネイ=サルガタナスだったのです。

しかも開口一番『心配する必要はない』―――とは、たった今穀倉襲撃が失敗した事を聞いたばかりなのに…


「それよりも『心配する事ではない』…だ、と?現に穀倉の襲撃に失敗しおったのは事実―――」

「だったのならば、手の者を動かせてしまえばよいことだ。」

「なんだと? だがそうしてしまえば…」

けいは何を勘違いしているのかは判らんことなのだが…私が言っているのは軍のことだが?」

「なに?正規の―――? ううむ、だがしかし―――」

「(フ…)なぁに、よもやゴブリンやグール共が『正規軍』だとは努々ゆめゆめ思うまいよ。 何しろあやつらは『魔界の者』なのだからな。」

「まあ、確かにな。 だが知恵のないあやつらは真っ先にここに戻ってこよう…そうすれば勘のいい奴なら我らが正体を――――」

「なんだ、そんなことを気にしていたのか、他愛のない…」(ククク)

「な、なんだと―――?!」

「ならば、先に知恵をつけさせておけばいい事ではないか。 『穀倉を襲った後は迂回をして戻ってくるように』―――とな、そうだな…この一帯で言えば『ゴモラ』か『ソドム』辺りが丁度いいか…」

「成る程な―――だが、そう上手くいくかな?」

「行くさ―――それにそこまで気が廻る者でもあの2つのむらならば…と、言う事もある。」

「そうか―――そう言えばその二つ、お主が内偵を進めていたのであったな。 それで―――どうなのだ。」

「なぁに、あと一息―――と、言うところだ。 何も武力を介さずとも堕落しきっている処を堕とすには…容易きことだ。」(ククク)


ナゼにビューネイという魔将が他のどの魔将よりも一目置かれているか…今のやり取りで分かった事でしょう。

他の魔将は自らが誇る武力にて他の勢力を攻め滅ぼす事をその信条にしていたものを…このビューネイなる者は武力を(なるべく)使わない―――自軍の兵力を削がない―――と言う事を念頭に置いており、そりヤリ口にしても『内から徐々に崩していく』という狡猾さも兼ね備えていたのです。


        * * * * * * * * * *


そしてまた場面は一転し―――クーナにて。


「あっ―――コラ、マキ! 待ちなさいよ!」

「へへ―――ンだ、や~~だよ~~~☆ 待てと言われてホントに待つヤツがいるかってえ~の~それにもしそんなことしてあたしを捕まえたんなら、まぁた農作業手伝え~~ってんでしょ~~☆」

「あ、当たり前じゃないか!略奪者が来ないときには例えアタイ達だって鎌や鍬を手にするもんなんだよ!」

「えぇ~~~っ、でぇ~もッさぁぁー--ンな事やっちゃうと、お手手も汚れるしぃ、爪の間にも土が入っちゃってて~~~」

「なぁに贅沢言ってんだ!お前わっ! 第一身だしなみに気を使うだなんて…アンタはどこかの国の姫君かよっ! いいから来いッ!手に農具を縛りつけてでもやらせてやるっ!」

「(うヒー☆ なぁンだかヒヅメちゃんあの口喧くちやかましいのと似たようなこと言ってるよ…って)あわわ…そーこー言ってるうちにつかまっちまう~~~☆ うー--し、ならば…っ!」


「そらっ―――捕まえ…あ…あれっ? に、逃げられ――――た??」

「う~~~ッひょひょ~い☆ こっち、こっち――――☆☆」


「(ば…莫迦な? 今―――完全に捕らえたと思ったのに)えいっ―――!」


「おぉ~~ッと、どこ見てんだぁー--い☆」


「(な―――ま、また? どうして…アタイはお養父とうさんのお役に立てるように――――と、忍びの術をマスターしたと言うのに…。)」


ヒヅメの養父とは、クーナ国の将でもあるギャラハット=シャー=ザンフィルでした。

そしてこれまでにも述べているように、ヒヅメはギャラハットの実の娘ではなく―――養女。 それは見た目にも明らかなことであり…なぜならば―――ギャラハットの肌は桃白であったのに対しヒヅメの肌は浅黒かった、それだからなのです。

それにヒヅメは、その肌を見てのように南方の――――言うなれば『ヴェルノア』や『サライ』方面の土着の民の血が色濃く出ていたのです。


では、どうして北方のクーナに来ているのか…その理由は実に簡単、彼女は売られてきた―――そう、奴隷だったのです。 その上にヒヅメは戦災孤児でもあった…それであるがゆえに親類に引き取られると言う事もなく、彼女は闇商人ダーク・マーチャント達にとっては格好の商品でもあった…ただ―――ヒヅメが他の奴隷たちと違い倖せだったのは、彼女の貰い手が(ヒヅメが)奴隷だという身分であるにも拘わらず…実の娘の様に可愛がった事―――

それもそのはず、ヒヅメを引き取ったギャラハットも実の娘を流行り病で亡くしており、その妻もまた―――数年もしないうちに同じ病にかかり、亡くなってしまっていたからだったのです。

それであるが故にギャラハットは、奴隷であるはずのヒヅメを可愛がり…そしてヒヅメのほうでも彼女なりにそのことに応えようとした――――…


「あっれぇ~~~?どったの~~?」

「それを…こんな不真面目な奴一人捕まえられないなんてッ!」

「うヒ?! ふぇ…フェイントかよ~~~ずっこいぞ―――! ぷりぷり!」

「ま…また?!(ど…どうして――――)」

「はっ、はぁぁ~~ん、まぁたその手…チッチッ、もうその手は喰わないんだよょ~~~ン!」


それなのに―――ヒヅメのかいなはまたも虚しく空を切るばかり、それゆえ歯噛みもしようというもの…と、そこへ――――


「これ、なにをしているんだ。」

「あっ―――お養父とうさん、丁度いいところへ。 お願いですからそこのチビ助を捕まえて下さい。」

「うん?こうか?」

「うにゃっ?!…って、ウッソぉぉン~~~~! そ、そんなのずっこいぞおぅっ! さっきまでヒヅメちゃんのオニだったじゃないかー!」


「あっ…ああ、それはすまないことをした―――」


「あ…ああっ……お、お養父とうさんダメですよ! あいつ、また農作業ほっぽといてズルしてたんだから…」


「へッへ~~ンだ、三十六計逃げるに然りっ☆」


「ああ――――それはまた、すまないことを…」


「全く…なんだかなぁ~~~」(はぁう)


丁度そこにギャラハットが通りかかり、彼の協力の下マキは捕らえられたようですが…彼女もる者、なんとその時に自分達は仲良く鬼ごっこをして遊んでいた――――と言う、なんとも理由にもならない理由で言い逃れようとしたところ…なんとギャラハットはそれを真に受けて、折角捕らえていたマキを逃がしてしまったのです。 そしてそれをヒヅメに責められるも『すまないことを』の一言だけ、これにはいくら言ってもムダと感じたのか、ヒヅメもそれ以上の事は言わないでおいたのです。


ともあれ、この農業大国では略奪者の撃退―――と言う事もあったけれども、その大半は農作業を主体とした長閑のどかな時間が流れていたのです。


      * * * * * * * * * *


――――ところが、この時から運命と言うモノは非情な方向へと向かっていたのです。

それと言うのも―――…


「大変ですっ―――異形の者共が『チンソウ』を襲うとの連絡が。」

「なんだと?それは真か―――ならば自警団を呼集せよ!」

「はいっ!お養父とうさん!」


なんとこの時カ・ルマの正規軍が前回の失態を取り戻すべく、今回は別の穀倉を襲撃するとの報告があったのです。(尚、まだこの時点ではこの異形の者達がカ・ルマの『正規軍』だと言うことをクー・ナ陣営には知られていない)

そのことを危惧した自警団の総責任者であるギャラハットは13ある自警団の非常呼集を行いこれを撃退する判断をしたのです。


「ほえ~~今回は化け物相手なんだってよ~~☆ 何もアタシ達の食料獲らなくてもいいもんなのにねぇ。 ね~~そだよね☆」

「いいっすよねぇ~隊長はお気楽で…」

「まー--死ななきゃいいって事よ☆ ニャは☆」


自警団の総責任者であるギャラハットからの命令を受け、どうやらマキが隊長を務める13番隊も撃退戦に応じるようです…が、彼女の様子を見てみるといつもの撃退戦の時とは変わりのない反応…その事に部下である隊員は『お気楽だ』と言ったものだったのですが…けれども彼らは本当の彼女マキと言うものを知らない…だからこそ本当の意味で『お気楽』だったのは彼らかもしれない……その証拠として、それは彼らが最後に見た、彼女マキの笑顔だったのですから。



一方その頃クーナ国のチンソウにては…どうやら異形の者達の襲撃の第一波を凌ぎきったようです。 ―――と、そんなところへ…


「(なんとも―――惨いモノだな…ここまでしなくても。)」


『禽』のリーダー格である『キョウ』ことナオミがこの地に訪れていたのです。(――――と言う事は、この集団の何者かが既にクーナに?)


「(どうやらはまだ見えていないようだな。 ま、一安心というか―――何しろが…『モズ』が真に目覚めてしまったらアタシでも無傷で抑えきれるかどうか…。)」


『禽』のリーダー格『キョウ』のナオミが危惧していたこと…それは彼女でさえ手を焼くという『モズ』なる者の、その残虐性…しかもそれが一旦目覚めてしまうとなると、そこは屍山血河が出来ると言う事と同じ事。 その危険性を周知しているがために早めの接触コンタクトを図りたいところなのですが…そう上手く行かないのが世の常。


―――――と、そうこうしている間にも襲撃の第二波が寄せてきたようです。


「(仕方がない、あいつが出たところを捕らえるか…それに連中を相手に廻すような不利リスクも背負いたくはないからな。)」


こうしてナオミはその場から姿を一時的に眩ませたのです。

そしてこの後―――自警団がこの場へと到着、異形の略奪者達との戦端が開かれました。


「何をやっている―――7番隊、11番隊、左翼に展開!(くそぉ…思ったよりも手強い) 各隊被害を報告!すぐにお養父とうさんが率いる援軍が来るからそれまで持ちこたえるんだ!」


「へへぇ~~ンだ☆ あんたらみたいな化けモンがえらッそ~~にのさばってんじゃあないよっ☆」


「(そこへ行くとマキの奴は相も変わらず…と、言ったところか―――)今の処あいつの13番隊だけが互角以上に渡り合えているみたいだな。(それにしても―――強い、さすがにアタイら人間と身体の構造からして違うからか…それに気の所為か、統率された軍隊のような…)まさか―――そんなことがあるはずが…」


結論だけを申し述べるならば、まさにこの時抱いたヒヅメの危惧の通りだったのですが―――戦場で、それも戦闘の最中さなかに余計な考えは禁物…そしてこの時だったのです、ヒヅメが何か考え事をしていた―――その最中さなか

ドビーの放った矢がヒヅメの左の肩口を貫き――――いや、しかしこの血のあふれ出様は動脈を破ったのでしょうか、そんな彼女の様子を見た配下の者達は我先にとその場を離れだし―――壊走…しかもそんな彼らを異形の者共は見逃そうはずもなく、徹底的なまでの…ただ、ただ、一方的な蹂躙が繰り広げられたのです。


更に間の悪いことには――――


「やほー--☆こっちの方は粗方片付いたよ~ヒヅメちゃ…ヒ、ヒヅメちゃん!?どうしたの…か、肩から血が―――血が――――!」

「あ、あぁ…っ、マ、マキか…だ、大丈夫アタイならこんな時の対処は心得ているから…。」

「そ―――それに…ヒロさんも、ユキさんも…ヤザレさんも…皆―――皆―――! 誰…誰だよ……こんなこと―――」


              ――――シタノ


「あ、ああ…皆には、申し訳ないことを……は―――はぁあっ?! マ…マキ、お前!」


「なに? ヒヅメちゃん…アタシが―――」


             ――――ドウカシタ


この時その場に現れたのは、自分の持ち場の敵を粗方掃討し終えたマキだったのです。

―――が、しかし…彼女がヒヅメの重傷――――果ては近辺の同僚達の変わり果てた姿を見てしまったときに、変わろうとしていたのです。

そしてヒヅメがマキを再度見た時にはもう――――普段ふざけあっていた彼女はおらず、代わりに“狂気”をその瞳に宿した者がそこにいたのです。


そして襲撃側である異形の略奪者側の陣営のそこかしこで悲鳴の上がる声が…それに対処するためにカ・ルマ国の一兵卒達が現場に駆けつけてみれば、降りかかる返り血も気にもしないで血塗られた武器を振りかざす“狂気の沙汰”が…


「なにモンだぁ~おみゃーは!」


「うるっさいよ…あんたら―――よくもよくもアタシの仲の好い人達を殺っちゃってくれて―――覚悟できてんの? まあいいや…そいやぁさぁ、あんたら―――『モズ』って鳥の事、知ってるかい? 知らないんだったらあんた等のその身体に、イヤというほど沁み込ませてやるよ―――!」


モズ』とは、スズメ科の小鳥で自分のエサを作るときに、をすることで有名な禽である。 それは―――『モズ早贄はやにえ』。 これは飛蝗バッタや蛙…その他諸々の小動物や虫などを捕らえた後、木の枝などにする…と、いう行為。

では―――その行為を虫や小動物にではなく、人間や異形の者に適用したとしたなら―――?

その残虐性は説明をしないほうが、善きと言ったところでしょう。


もう―――息も絶え絶えといったところの異形の者に、情け容赦なく刃を突き立て、臓物を抉り取る『モズ』…そのエゲツない行為には例え異形の者達であっても目を背けたくなる―――と、言ったところのようです。


そして『モズ』が早贄はやにえにした最後の異形の者の側に寄り、その臓物を抉り出そうとした処―――


「誰―――? アタシに気取られる事なく背後を取るなんて――――…」


「マキ、もういい、もういいんだ…そいつはもう事切れてる。」


「事切れてる―――? フフッ冗談だろ?『キョウ』――― ほぉら…見なよ、ここに刃突き立てちゃったらさ―――ビクッ動くんだよ?コレ。」


「止めろ――――止めないかと言っている!」


「どうしてさ…ガキは戯れに虫を踏み潰すもんなんだろ、それのどこが悪いって?」


「どうやら…一度痛い目を見ないと分からないようだな。」


「あんたが?今のアタシを?? 面白いじゃない…ってやろうじゃないさ――――」


モモズ』ことマキに感付かれる事なく近づいた存在―――それは『キョウ』ことナオミだったのです。 ですがこの時マキはリーダーであるはずのナオミの言う事に耳を傾けようとはせず、あまつさえ『禽』のメンバー同士で火花を散らす事態へと陥ってしまったのです。


それから数分後―――


「(はぁっ―――はぁっ―――)全く…手間をかけさせてくれる。」


どうやら激闘を制したのはナオミだったようです。 そして気絶させたマキを小脇に抱え何処かへ去ったのです。


それからまた暫らく経った後、今度はクーナ軍が救援に駆けつけたようです。


「ヒヅメ、大丈夫か!」

「あ…お、お養父とうさん…ゴメン―――お養父とうさんが来てくれるまで踏ん張れなくて…」

「ナニを言っている? これはお前がやったのではないのか。」


養女むすめの踏ん張りのお陰で国の穀倉の一つが護られた…それをクーナ国の将軍でもあったギャラハットは評価しようとしました。 けれどヒヅメにしてみれは身に覚えのないこと、今もギャラハットから褒められるも相応の態度ではないことにいぶかしむのでしたが、本当に自分の養女むすめが心当たりがないものか、ギャラハットはヒヅメに促せてみたのです。 そして彼女が…ヒヅメがそこで目にしたものとは、異形の者総勢130余名の凄惨なる屍骸……

或る者は目玉を―――或る者は肺腑を―――また或る者は臓物の総てを抉り取られ――――ですがある一つの事項については総てにおいて共通していたのです。


それは―――『全員槍で串刺しにされたまま』だ、という事。


しかも―――


「えっ?マキの…行方が知れない?」

「うむ、それがどうやらあの子がいた地点に彼女が愛用していたが落ちていたらしくてな。」

「これは―――…(あいつの、小剣…)」


あの時―――眼の色が変わり自分を気絶させた張本人が、次に気が付いたときには姿形すがたかたちくらませていた…そのことにヒヅメは、この残虐なる行為はマキがやったものではと、そう思わざるをえなかったようです。


         * * * * * * * * * *


その一方こちらでは――――


「あいッ…ちちち~☆ もー--ナオさん本気で殴んだもんなぁ~。」

「ハハ悪い悪い、でもお前がああなったらユミエの奴でしか止められやしなかったろ? アタシでも精一杯だったんだぞ?お前を殺さずにおくの…」

「ま、まぁ~~それは感謝しますよ。 アタシ、あの人だけは苦手なんだよなぁ~~★」


「(まあそれは、ユミエの奴がマキの抑止力でもあるからな。)それより――― 活動のほうはどうなってる?」

「おおッと、それよそれ、ばっちぐ~☆ですだよ。 まぁここんとこは略奪撃退とかで忙しかったんだけどね~~ニャは☆」

「そうか―――よし。 じゃあ、これから次に行くぞ。」

「ほぇ?どこに―――」

「決まってるだろ、『ハイネスブルグ』へだよ。」

「あそこ~? あそこ途中に薄気味悪い森があるんだよね~~★」

「ああ知ってるよ。 だけど今回はそっちには廻らない、少しだが遠回りのルートを取る。」

「え?フンとに? やたー☆ あたしゃ『あの森抜けるぞぅ』ときたらどしよっかと思ったダニよ☆ いゃあ~~一安心、一安心☆」

「全く―――調子のいい奴だなお前は。」


今回クーナ国では『禽』の一員である『モズ』のマキを回収することができた…そして次なるは『ハイネスブルグ』。 それに今の彼女達の証言によると『クーナ』と『ハイネスブルグ』を丁度割るように存在している不気味な森…『ヴァルドノフスクの森』―――100人以上の異形の者達を殺処分出来るほどのマキが怖じるほどの伝説を持つ森でしたが、今回は危険を伴わないのが目的としてあるだけに慎重を期して『通らない』選択をしたのです。


         ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


その国は―――7つある列強のうちで、最も強力な軍隊を有する国。

だがしかし、この国がガルバディア大陸の中心になり得なかったのは、なぜか…

その理由の一つとしてはこの国が興された経緯にもあるといいます。


では、その経緯とは―――


この国が興された5,000年前より以前、既にガルバディア大陸の中心を担っていたフ国…そのフ国の王家より分かち―――そこから独立した……

そしてその分家筋の者は、この地方の豪族の娘をめとり、その豪族に成り代わってその地方一帯を制圧した、その国こそ……


              『ヴェルノア公国』


そう、この国とフ国とは、その源流をさかのぼれば一つの血筋だったのです。

ですが―――その道は平坦ではなく、いわば仲違いをしていた時期もあったのです。

それはいつの頃か―――それは、今より三代前の王の頃より…

そして今、現在より先代―――カディヴア=ヴェルノアの治世の頃、それは一層色濃く顕われたのです。


この王は気性も激しく、唯我独尊的な人物でありその野心もまた人一倍だった。 つまりはフ国に成り代わり、自分と自国がこの大陸の盟主たらん事を慾していたのです。

――――が…それは謀反たらん事よと、実の娘である『公主』からいさめられ、その手によって監禁・幽閉―――政権をも取り上げられてしまい、今に至っているようです。


―――ですが、しかし…


そう、この事は決して他国に漏れてはいけない事、一国の元首の交代劇がこんなにも強引に行われていいはずもなく―――ですが、周囲には『先代の王は病床に就いており、公主が代わって摂政となり政治を鑑ている』と吹聴したのです。


そして今――――   この国に一石を投じようとしている者が……



「よし、では明日の正午までに布令を出しておくように―――以上!」


「あの、公主様。」

「うん? なんじゃ。」

「――――は、実は…(ごにょ、ごにょ)」

「なんと?『関所破り』じゃと申すのか、して…その者は今どこへ。」

「こちらにてすでに確保してあります。」


午前中の会議の終了の後に、公主の耳に入ってきた不届きな事案…『関所破り』。

国に出入りする際に武器の横流しやその国ならではの特産物(塩とか米とか)の流出を防ぐ―――そう言った事の水際の防止策でもあり、関税をかけることで国の財源を確保する政策の一つであり、またそれが内乱の勃発の抑制や影ながらの他国からの侵入を防ぐ効果も持ち合わせていたのです。 それであるが故に関所を破る事がいかに重罪か―――だから公主はかの犯罪を起こした実行犯の首実検に立ち会うべく、その者が捕らえられている部屋まで出向いてきたのです。


「この者か…犯罪人は。 ……なんじゃその眼は、気に喰わぬな。 ナゼに妾をそのように睨みつけるか、かの罪を犯したるはそのほうであろうが! えぇい!気に喰わぬ…この者を牢にブチ込んでおけい!」


その時そこに組み伏せられていたのは、見るからに風体の怪しい者―――“旅人”でもなくしてや“冒険者”でもない、薄汚い襤褸を纏い剰え鋭い眼光で睨みつけてくる…この時公主はその者の放つ視線が余程に気に入らなかったと見え、この容疑者がかけられていた嫌疑も定かにしないまま、牢獄に入れることとしたのです。


それにしても…公主は、自分自身が持つ『エメラルド・グリーン』と『ピジョン・ブラッド』の瞳で、その者にナニを垣間見たのでしょうか―――


        * * * * * * * * * *


しかしそれから奇妙な事は続くもので、あれから数時間後―――よく見ると城内の地下牢に松明たいまつが? ひょっとすると牢番の交代なのでしょうか―――と、そう思っていたら。


「これ―――中の罪人はいかがしておるか。」


「あっ!? こっ…これは公主様、どっ…どうされたんですか?一人の供もつけずに。」

「そのようなこと…何もお主が心配する事ではなかろう。 妾は、中の罪人がどうしておるか…聞いておるのじゃ。」

「は―――はぁ…それが、静かに処刑の刻を待っているとしか~~それにですよ? こちらの出す食事にも手を出さないってな有様でして…」


「そうか―――(フッ、さすがに相も変わらずと言った処ね…)」


「はい? あの…公主様?今、何か―――…」

「いや、なんでもない、単なる独り言じゃよ、気にするではない。 それよりよく分かった、妾はこれよりかの者と会う事にするから、お主は少し休憩でも取っておれ。」

「えっ?でも―――いや、しかし…」

「妾の、命が聞けぬ―――と、申すのか。」

「あ゛っ、いっ、いえ……分かりました。」


「(フフ…)ああ、そうそう…牢獄の鍵は置いておくがよい、妾が代わりに預かっておこう。」

「えっ? は、はぁ…」


なんと―――彼の容疑者を監視する獄吏の前に現れたのは、他でもない公主自身だったのです。 しかも奇妙な事に、彼女はしきりに容疑者に会いたがっていたと言う事。


          ナゼ――――  どうして…?


そんな疑問も定まらないまま―――この獄吏は牢獄の鍵を公主に手渡し、その場を去った…いや、去るしかなかったのです。


そして―――公主と容疑者が対峙した時…実に目を疑うような光景を目の当たりにしようとは。


厳重に施錠された牢獄の扉を開けると―――そこにいたのは、公主が来るのを待ち構えていた容疑者が…すると―――?


「お待ちしておりました。 しかしあなたほどの方が捕らえられてくるなど…は何かの冗談かと思いました。 ヌエ』。」

「いいのよ―――別に、それにあなたに手早く接触するのはした方がはやいでしょう? 『カケス』…。」


そう…誰あろう『ヴェルノア公国の公主』の姿を模していた者こそ『禽』の一員…二年ほど前からヴェルノア公国に潜入し、理由あって公主に成り済ましていた―――『カケス』こと『ルリ=オクタ=ガートランド』。(カケスとはスズメ目に属する小鳥で、特徴としてはよく他の小鳥のさえずりを真似るという…そう、現在のこの『公主』のように…)

「(ルリ=オクタ=ガートランド;21歳;女性;その容姿を自在に変えられることから『物真似士』の異名をとる。)

それでは早くここから出ましょう。 こちらにこの国の女官の服がございますから着替えて下さい。」

「分かったわ―――」


そして『カケス』ことルリは、懐に隠し持っていた身代わり用の傀儡を組み立て、ユミエの着ていた服にその上から布を包ませて目立たなくさせた上で、二人して城の公主の部屋へ――――と、逃げ込んだのです。


「(ふぅ…)それにしても少し焦りましたよ、あなたが関所を破るなど…」

「……。」

「あの、副長? ああ―――ここなら大丈夫です、公主本人のプライベートな空間ですので完全な防音対策を施されていまして多少騒いだくらいでは分かりません。」

「そう、それならいいわ。 それよりも―――ねぇ、いつまでその公主の姿と声でいるつもりなの? 私としては…『公主様』とお話しているようで話しにくいんだけどなあ―――」

「ああ、これは失礼しました………これでいかがですか?」

「ふふ…それそれ、これでようやく仲間として話すことができるわ。」


そう…ここは公主本人のプライベートな空間、それゆえに声を大にしても多少では漏れないような処置がなされていたのです。

それを知ったことでユミエもひと心地つき、自分達の本来の関係に戻ろうとしたのですが―――ユミエが指摘したように未だルリは『公主』の姿容を模しており、そのことに気付かされたルリは片手で顔をなぞっただけで元の姿――――赤紫の頭髪にスカイ・ブルーの瞳――――に、戻ったようです。


「ところで副長―――お見かけしたところ…あなた一人のようですが?」

「ええそうよ、『キョウ』は北周りで…そして私は南回りをとっているの。」

「お頭が―――?! しかし、“北”といいますと…カ・ルマの『カラス』からですか?!」 「そうだけど…?」

「心配、ですね―――」 「どういう事?」


「はい、実は―――私は公主に成り済ましているので、各列強からの情勢が手に取るように分かるのです。 が―――かのカ・ルマのなしようは…ここのところ目に余るものがあります。 そしてその影で暗躍している、ある者の噂も…」

「ちょっと―――あなた、仲間を疑っているの?」

「そうは言いますが―――その、陰で暗躍している者の特徴…灰褐色の髪と言い、灰色の瞳と言い、顔半分を黒く薄い布で覆っていることと言い―――『カラス』の…シホそのままなのですよ?! それに、『カラス』だけは私達とは違う―――彼女だけは我等と出身を異にしながらも、タケル様の命により禽に配属された…しかも自ら希望のぞんでカ・ルマ行きを択ぶなど…私には、あの者に二心あるのではないかと心配でならないのです。」


「もう、よしましょう…」 「えっ―――?」

「成る程、確かに私もシホの総てを信じているわけではないわ。 でも今は仲間を疑うべきではない、それは諜報を生業としている者にとっては最も忌むべき事よ。」


ルリは…公主に成りすましている者は、かの元凶の国カ・ルマに潜伏している者の危険性を説いたのです。

なぜならば、『カラス』ことシホ=アーキ=ガルテナーハこそは只一人、自分達六人とその出身を異にしており、しかも身寄りのなかった自分達を雇い入れたタケルの一言によって『禽』に配属された…だから仲間内でもその素性は分かってはいなかったのです。

でも、『禽』の副長『ヌエ』ことユミエはそのことを…仲間を疑うということは忌むべきものだと禁じたのです。


それに今回は、そんな精細性のない事で言い争っている意味などない―――それに脚力に自信のある2人がなぜこの任に抜擢されたのか…この時代に於ける主な通信手段とは『手紙』でしたが、これではいくら足の速い馬を使っても1週間もかかってしまう―――おまけに隠棲をしている者がいきなり列強の一国の公主宛てに文を送るなどと…あらぬ勘違いも生じさせないためにも取られた手段でもあったのです。(しかも今回ユミエが捕まったというのは移動時間を短縮するため)


「(ふ、う…)まあいいわ、ところで―――あなたも分かっている事だろうと思うんだけど…」

「(…)残念ですが―――それはできません。」

「そう、やっぱりね。 あなたが私と一緒に行っちゃう…と、言うことは―――」

「ヴェルノア公国に公主不在―――が、他の列強に知れ渡ると言う事ですからね。 事実この国は彼女一人で保っているようなものですから…」

「それに―――7つある列強の中でも一番に軍事力を誇る大国の…しかもその要であり舵取り役の本人がいなかったともなれば、ヴェルノアという一枚岩にひびが入り…」

「立ち処に瓦解―――そして割譲ですか。」


そして本来の目的でもある『各列強に散っている同志達を集める』に移るのですが…今までを見ての通りルリは公主に成り済ましており、ヴェルノア公国の家臣をしてもその目はあざむけられていたのです。

でも…今回の任を実行し―――ルリが…ヴェルノア公国公主の姿をした者がいなくなれば? それは推して知るべしてあったことでしょう。


「あぁ~あ、またダメか…」 「申し訳ございません…私もこうなっていなければ―――」

「それは言わないで。 あなたが公主の姿をしている…それだけで各国の『力の均衡パワー・バランス』が保っていられるのだから。」 「ありがとうございます。 それで、一緒に行けない代償といってはなんですが――――」

「これね。 確かに預かったわ、あなたが公主の姿で苦心をして集めた情報モノ…。」


こうしてユミエは公主の姿をしているルリに別れを告げ、ヴェルノア公国首都アルルハイムにあるアルルハイム城(別称:『マーベラス城威風堂々』)を後にしたのです。




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