第6話 ひとときの休息

さても、この女頭領の仕組んだ事とは―――自分達の組織『ギルド』を利用するだけ利用しようとした彼の国『カ・ルマ』に一泡吹かせることであり、何も姫君を虜囚の身にしよう…と、言う事のようではなかったのです。


ですが…


そう、それは同時にカ・ルマに宣戦布告をしてしまう形にもなりかねなかったのです。 しかも一つの国家ならまだしも、一つの組織が国家に対抗しよう…などということは大分だいぶ――――と、言うか、かなり無理があったのです。


「(フ…ッ、しかし我ながらとんでもないことを思いついたものよ。 じゃが…一度心に決めた事、今更引くわけには参らぬ。 それに―――勝ちの判っておる戦をするというのも面白味に欠けるというものよ。)」


この女頭領の『一度心に決めた事…』とは、なんとも豪気と申しましょうか、無謀とでも申しましょうか―――その胆力の太さには驚かされるものがあるようです。


そしてしばらくして―――…


「あの、すみません。 一つお伺いしたいことが…」 「うむ、何でございますかな?」

「どうしてこのような事を?」 「『このような事』――とは?」

「あの者達の狙いは、わたくしのこの命…それを助けて下さったのは感謝いたしております。 ですが…それが判ってしまったならあなた方にも被害が及びはしないでしょうか?」

「……。」

「わたくしは…存在しうる、その事自体で他の人達に迷惑を及ぼしてしまう存在です…これ以上、あなた方にご迷惑は―――」


            ―――そんなことはない。


「えっ?」 「そんなことは、一向にありませぬよ姫君。 それに第一先に喧嘩を吹っかけてきたのはあちら側じゃ。」

「け―――喧嘩?」 「この、妾の組織ギルドを利用するだけ利用しよう―――と、言った、な。 それにこちらには、あなた様を護る―――と言う大義名分もあることじゃし、とことんまで楯突いてみせるわ。 ア―――――ッハッハハハ!」

「(そんな無謀な…)」


なによりまず姫君は、女頭領に助けてもらった事を一通り感謝をし、その上でまた自分が彼女達にとってどんなに不利益になる存在になるか…をいたようです。

しかし―――この女頭領もる者、そのような事は一向に介さずこの事態も『喧嘩』と伏してしまったのです。 やもすれば一国家との戦争になりかねないものを…その豪胆さはまさに女傑と言うに相応しかったでしょう。


「(それよりも―――まず、自分の事よりも妾達の心配をする…とは、姫君あなた様の今のお言葉、そのお気持ち、それだけで妾の闘志をみなぎらせてくれますよ。)」


そしてもう一つ、女頭領の心に決めた事―――とは、姫君…いや『皇の御魂』を有するお方と運命を供にしてみよう…そう思ったに違いはなかったようです。


         * * * * * * * * * *


「おぉ―――そうじゃ、一つ忘れておりましたわ。」 「えっ――?なにを…です?」

「これにございますよ。」 「ああっ―――!こ、これは―――」


ここで女頭領、自分の鎧の下に身につけておいたあるモノを外し、姫君に渡したようです。 そして姫君も、そのあるモノを見て実に驚嘆してしまったのです。

なぜならそれこそは、以前自分がうっかり落としてしまって失くしたと思われた…今は亡き母の唯一の形見―――そう、姫君の国テ・ラの紋章があしらわれたあのロザリオだったのです。


「あ、あの…ど、どうしてこれを?」 「うん?これ…ですか?これはですな―――妾の組織の一員が偶然にも拾ったと言うものでして、その造り込みに惚れた妾がこれを貰い受けた―――と、こう言う事なのですよ。」

「まぁ…。」

「ですが…とある時に妾の専属の鑑定士がこれを見て、これが姫君の国テ・ラのものであり、その王族―――つまりあなた様こそが、その真の持ち主である…と言う事が発覚したのですよ。」

「そうでしたか―――そんなことが…」

「どれ、妾がつけてしんぜよう――― (フ…)やはり収まるものは、収まるべきところに然るべくしてあるものよ…。」

「(え…?)」

「ふぅ…それにしても、これを着けておった時にどうも原因不明の肩こりに悩まされておったのじゃが…今では不思議と軽ぅなった気分じゃ。 妾にはその重責は身に余る…あなた様の国、テ・ラを復興させるという重責は…な。」

「どうも、申し訳ございません…。 この身を保護してもらっただけではなく、大事なものを今まで預かって頂いていたなんて…。 このお礼、どのようにして返していいものか。」

「その事なら気にせんで下され。 この事が分からねば妾はなにやら得体の知れぬ重責に耐えかね、ワケも分からぬうちに潰されておった事に相違ございませぬからなぁ。」

(クス…)「まあ…あなた様は存外に面白い事を言われるのですね。」

「や―――これはこれは、少々軽口が過ぎましたかな?アッハハハハ!」


これは―――女頭領が姫君にロザリオを返した時になされたやり取り。

女頭領は姫君の国の復興をその眼中においていたようですが、『重責に耐えかねて―――』とはまことに苦しい言い訳ながらも、姫君はその事には全くといっていいほど触れようとはしなかったのです。


そして、二人とも無事夜ノ街に帰還。 姫君の身も当初の時とは変わり、女頭領の部屋に置かれた…と、言う事のようです。


「あの―――ここを?」 「ぅん?うむ、何卒なにとぞ遠慮なく使われて結構ですよ。」

「そんな…お気持ちはありがたいのですが、やはり悪いです。」 「ほぅ―――それはナゼでございますかな?」

「だって…わたくしは、ここの国の人間ではありませんもの。」 「ア―――ッハハハハ!」

「(えっ?)な…なにが、一体そんなにおかしいのです?」 「い、いや―――これは失礼。 姫君、ひょっとしてあなた様は、ここが一つの国家だと思っていたのですか?」

「はい―――」 「でしょうな、そうでなければ突飛な事は申されぬはずですから。」

「違う…の、ですか?」 「確かに―――ここは一つの『組織』ではありますが、『国家』ではございませぬ。 それに、この土地土着の民などあってなきようなもの…つまり平たく申せば、ここは『列強』という国々からその圧政より逃れえんがために逃げ出した者達の格好の隠れ場所みたいなもの―――なのですよ。」

「そ、それでは…あなた様も??」

「(…)確かに―――妾も、ここの土着の民ではない。」 「では――― 一体どこの?」


しかし、女頭領、この質問に答えることはなく…それにしては少し厳しく冥い表情をしたのです。


「それは…今、話さねばならぬことでしょうや―――?」 「(あ…)い、いえ―――」

「申し訳ない…まあ、そのうち話す事もございましょう。」 「いえ、こちらこそ―――いらぬ詮索をしてしまったようで…」


この女頭領―――確かに今までも厳しい表情をしたことはあっても、今のようにその面持ちに影を落とすような冥い表情はしたことがなかったのです。

これには姫君もさすがに悪いと思ったか、陳謝の一言を入れたようです。


「それより、あなた様もこれより一人でやっていかれるのは大変でございましょう。 よろしければ妾のもとで働いておる者を一人選別して差し上げますが?」

「えっ―――そ、それは悪いです、それにわたくし、何も一人で出来ぬような子供では…」

「分かっておりまするよ。 ですがここは姫君が今まで住んでいた処とは勝手が違うのです。 まぁ―――妾がずっと付きっ切りでいてやればよいのじゃが、姫君のような野に咲く菫草のようなあえかなる方には…ここは、『ギルド』は、相応しくはない。」

「で、でも…それではあなた様は?」 「ぅん?妾のことを心配しておいでか? (フッ…)しかし―――妾はもう、後戻りは出来ぬ…もうこの手は、元のような綺麗な手に戻ることはない、けがれきってしもうておるのじゃ。」

「(え―――)あ、あの?」 「おっ―――と、これはこれは、いらぬことを申してしまったようじゃな。 どれ、妾はこれから執務のほうがありますから追って姫君の世話をするものを向かわせますよ。 では…」


どうやら女頭領が自分の部屋から出る間際に、この姫君のもとで世話をする者を一人つけるように提案してきたのです。 ですが…姫君も、さすがにそれは気が引けるのか断りを入れはするのですが…女頭領は、可憐でたおやかなこの方に自分と同じ運命は辿らせたくはなかったようで、その気持ちは彼女自身の言葉の中にも明確に現れていたのです。


そして―――女頭領が自分の部屋を出てしばらく経った時、この部屋に一人の女性が来たようです…


「(シオン;女性;26歳;ギルドの構成員の一人―――というよりも、女頭領の世話をする係…のようではあるが?)

―――お待たせいたしました。」

「あ…はい。 あの、あなた…は?」 「はい、これよりあなた様のお世話をするように、こ・う…いえ、頭領から言われた者でございます。」

「(『こ・う』?)そ、そうですか…あの、わたくしはテ・ラ国の姫をしていた者でございます。」

「私は―――シオンと申す者です。 以降は何なりと御用をお申し付けください。」


このシオンという女性、ギルドの一員ならばどこか粗さの目立ちそうなものを…その容姿―――言葉遣い―――立ち居振る舞い―――どれをとってもこの姫君や女頭領と比べても遜色なかったのです。(ですが―――女頭領の事を『こう』とも言いかけたようですが…?)

そんな一縷の疑問を抱きながらも、姫君のここでの生活が始まったのです。


さて―――姫君もここギルドでの生活を余儀なくされた…とは言え、その身は限りなく自由そのものだった…と言えたでしょう。

その理由の一つには、女頭領がギルドの盗賊共に『彼のお方は自分が招いた食客である。』と触れておいたことにもあったようだからなのです。

とは言え、これは当初ギルドの盗賊共にとっては不思議な事だったのです。 なぜならば―――この姫君は先立ってのカ・ルマとの取引に取り沙汰された者だったのだから…それゆえに盗賊共はこの姫君に対して気おくれをしていたよう……なのですが?


「お早うにございます。 よくご精の出ることでございますわね。」(ニコ)


「えっ?!あっ…こ、こりゃあ、どうもで…」(ペコ)


どうやら先に声をかけたのは姫君のようです。 しかしながら自分達はこのお方に対して『取引の道具』にした…と言う後ろめたさがあるのか、顔もまともに見せられない―――と言うのに、それも当事者の方から『軽い会釈』とは…思っても見なかった事でしょう。


「あの、失礼ですがどうして今あのような者に?」 「はい、なんで…えっ?あの方がどうかいたしたのですか?」

「いえ…どうして会釈などを交わされたのかと。」 「特別な意味はございませんよ。 わたくし達は、言うなれば同じ屋根の下で暮らす者同士…しかもわたくしは、あの方々より後に来させていただいているのです、新参者が先にご挨拶申し上げるのは当然の成り行きではございませんか?」

「そう…でありましたか―――(成る程あの方が一目置かれるわけだ…ここの者達には『このお方にご迷惑をかけた』と言う後ろめたさがあるのに、このお方はそれをものともしない…それどころか自ら膝を折ってまで低い姿勢で臨む―――などとは…)」


今の姫君の一連の所作は、この度姫君の世話係に任命された者に、この方がどう言う人物であるかを自分なりに見極めるよう、自分の主人から申しつけられた―――しかも作法などは自分達が身に着けたものよりも上級であると、さながらにして感服していたのです。


         * * * * * * * * * *


そして、それはこんなところにも―――

それはある日のお昼時の事だったようです、姫君これから出かけるのか、身支度を整えていたところへお世話係が―――


「あの、どちらへ?」 「はい?えぇ―――これから、お昼を採りに外へ。」

「でしたらそのようなことをされずとも―――ひょっとして、ここギルドの食事はお口に合われないとか?」

「いえ―――決してそのような事は!わたくしはただ…皆様方と同じものを口にしたいだけなのです。 今までのように一つの国家の王の娘…では、ございませんので。」 「(ふぅむ…)それでは不肖この私めもご一緒させていただきます。」

「そうですか、それではお召し換えをしていただかないと。」 「(え?)それは…どうして?」

「だって…今のあなた様のその身形みなり、あの頭領様からのたまわり物なのでしょうけれど…他の皆様方のよりも雅やかで、これから会われる方々にも羨望…果ては畏敬の対象にもなりかねませんからね。」

「(な、なんと!このお方はそんなところまでに…ありがたいものだ)承知いたしました、では私もこれから細心の注意を払い、今後はこのような派手な衣装などは…」

「あ、あの…何もそこまでせよとは。 ただ、組織の幹部とおぼしき者が、下々の方々と同席するには不釣合いでは―――と、思い申し上げたまでの事…お気に障られたのでしたら、撤回させて下さい…」(ペコリ)

「う゛…(むむぅ~)わ、分かりました。 では、ここにいる時分にはこのままで、そして市井しせいを出歩く際には皆と同じもので…それでよろしゅうございますな?」 「(あ…)はい。 よかった、ご理解いただけて。」

「はは…(いや、しかしそれにしても大したものだ…下々の―――いや、民の事だけではなく、それを統治する我々の事までもおもんばかって下さるとは)」


この時姫君は外食を思い立ったようなのです。 ですが―――その理由も何もギルドの味が好みではない―――とかではなく、一般庶民の味を…との事だったのです。

そしてお世話係も同席を願い出、それを受理された―――まではよかったのですが、どうもそれは条件付で…と、言う事のようなのです。


では、その条件とは―――


それはここの住民と、なんら変わらない衣装に着替える事だったのです。 それというのも女頭領と姫君のお世話係の着ている衣服というのが、他の者達とは一線を画していたものであり、繊維も綿や麻などではなく高級な絹をふんだんに使っていたモノのようだったから目立ちすぎる嫌いはあったようです。

それに際しお世話係も『今後一切は…』とするのですが、実は姫君が言いたかったのはそうではなく、市井しせいを出歩くにしてもそれでは一般市民からどういう風に見られているのかを知っていたからなのでしょう。


そしてとどこおりなく着替えを済ませたお世話係、これから姫君と一緒に行くのは…の、ようなのですが?


「あのー--それより、これからどちらへ?」 「ええー--っと…ちょ、ちょっと待って下さいね? え~~と…(キョロキョロ)お、おかしいですわね…方角的にはこちらで合っていると思いましたのに。」


「(かれこれ同じような所を小一時間も…とは言っても仕方がないか、斯く言う私も慣れるまでは随分と迷いはしたものだからな。)」


「あのー--申し訳ございません。 どうも生来から方向音痴なもので…」(アセ)

「いえ、構いませんよ。(それに…この町は、余所からの侵略を防ぐためにわざと通路を張り巡らせているのだから、慣れるまでが大変というもの―――)」


「(ええ…と、確か、ここの通路を―――)あ、ありましたわ。」

「(ほ…これは、思ったより早くに…って、ここは―――?)あ、あの…もし? あなた様は、もしかしてこれからこのようなところで??」

「はい、そうですが―――それがどうかいたしたのですか?」

「(どうかもなにも…)あの…真に不躾ぶしつけなのですが、お外で食事をされるなら何もこのようなところでなくとも、もう少し程度のよろしいところで―――」

「よいのですよ、ここで…。」 「あっ―――ああ…(し、しかし…よりによって、ならず者共がたむろし易いここでとは…)」


迷いながらようやく辿り着いた目的の地、けれどお世話係にしてみれば『他の程度のいい店舗があるのではないか』としたのですが―――けれど、どうやら姫君はお世話係の止めるのも聞かずに、この…ならず者がたむろしていると言う飲食店へ入って行ったようなのですが…


それにしても―――この飲食店…


「あの、お邪魔いたしますね。」 「はい、いらっしゃ―――あれ、あんたは…」

(うふふ…)「どうも。」 「あんれ―――まぁ…どうも、あん時はァ。」(ポリポリ)

「いえ、あの時はわたくしが悪かったのです。 よく懐も確かめもせずにこちらに入ってしまったりして…さぞや、ご迷惑だったでしょうに。」 「へへ―――いゃあ~お嬢さんみたいな人からそう言ってもらえるたぁねぇ、なんだかこっちがバツが悪くなっちまわぁ…」

「あっ、今のは決してそういうつもりでは…」 「あの―――いかがいたしましたので?」

「あぁいえ、実はこの方が…」 「この者が、なにか―――」(ジロリ) 「う゛…っぐ!」(ギョッ)

「あぁっ!ち、違うんです! この方は、わたくしが最初にこの街に訪れた時に、それでいてひもじい思いをしていた時に…何の面識もないと言うのに分け隔てなく一杯のスープをお与え下さった恩人なのです!」


「へっ?! あ、あの…今、なんと?」


「それに…その時は、持ち合わせもなく…危うく『食い逃げ』とかの嫌疑もかけられてしまって―――」(アセアセ)

「は…あ…そうでしたか。 これは相済まぬ事を―――」

「ふぅー---ん~~…」(ジロ~~ー--)

「真に、申し訳ない…。」(深々~)


「まぁ…ようがんすよ。 どうやらそこのお嬢さんとは知り合いのようだしねぇ…満更悪い奴じゃあねぇようだしな。」


「(はぁぅ…)た、助かった。」 「まぁっ、シオンさんたら。」(クス)


「は??(シオン―――?) んー---?」(じぃ…)

「(ぅん?)あの、なにか?」

「ん? ん・ん゛~~…」(じぃぃ…)


「あ、あのー--今日わたくし達はここへ食事を摂りにきただけですので…」

「ふぅーン…で?なんにいたしやしょう。」

「はい…出来ればあの時のスープを、また…」

「そうですかい…ンじゃ、ちょっくら待っておくんなさいよ。」

「はい。」


そう…今、二人が入って行ったお店こそ、以前に姫君が何気なく入った事のあるお店―――しかもそのお店で運悪く『食い逃げ』の嫌疑をかけられた…と言う苦い思い出のあるはずのところなのに…姫君が今一度入ろう―――と思ったのは、あの時空腹だった自分に疑うことすらせず、一杯の温かいスープを与えてくれたこの店の主人に対するせめてもの感謝の現われの方が強かったに相違なかったようです。


しかし―――実はここで少しトラブルが…

それというのもお世話係がここの店主が姫君に対し何か良からぬ事を働いたもの…と、勘違いをおこし睨みつけてしまった事から始まったのです。

でもその事は姫君の取り成しで一旦は収まったか―――に、思われたのですが…姫君がまたふとしたことから口にしてしまったが、この店主の目の色を変えさせてしまったのです。

では、その一言とは―――そう…このお世話係の名である『シオン』という名…

実はこのシオンなにがしという名は、今の女頭領がその座に収まった当初…いやそれ以前から暗躍していたといわれる、女頭領の腹心であり、その懐刀でもあったのです。


しかも、女頭領がここの頭領の座を射止めた…という経緯も、その影にはこのシオンなにがしが前の頭領を篭絡させ…その隙をついて当時ギルドの食客であった女頭領が寝首を掻いた―――との噂まで持ち上がっていたほどだったのです。


そんな…現在のギルドからしてみれば大幹部がよもやこんな市井ところに…とは、思っても見なかったことなのでしょう。


       * * * * * * * * * *


そして、同じくしてこの飲食店でたむろしている一つの集団が…

どうやら今日も一仕事を終え、くつろいでいる―――ようなのですが、よく見るとその集団の中にある注目すべき人物がいたのです。


その人物というのは、なんと、あの―――…


「なぁー--姐御ォ、今日の仕事は楽勝でやんしたねぇ?」

「ぅん―――? あぁー--…」

「あっれぇ~? 姐御ォ、どうしたんでやんスかい?」

「うん?いや、なに…今ここのオヤジと一悶着起こしそうになった連中を見てたんだがねぇ―――…」

「ははぁ~~ん、あんの頑固オヤジに食って掛かるたぁ、命知らずもあったもんでやんスねぇ?」


「……。」


「ねぇー--姐御ォ―――?」

「ん? ああ、すまないよ…で、なんだって?」

「ちぇえ~っ…こぉ~れだもんなぁ~~姉御、何かに気に取られると人の話ロクに聞いてやしねぇんだもん…」


「……。」


「はぁ~~~あ…言ってる傍からこれだもんなぁー--カンベンしてもらいたいっスよ。 まあ…姐御、後はあっしらでッてますんで、好きにしておくんなさいよ―――っと。」


「あァ…すまないよ……。」


そう、この集団の中にギルドの構成員の一人であるサヤなにがしがいたのです。 しかも、今までの店主と姫君お世話係のやり取りを「じっ…」と、見ていたようですが―――それには彼女の取り巻きも『また始まった』と思わざるをえなかったようです。


それと言うのもこのサヤなにがし、その双眸より発せられる眼力の鋭さには定評があったようで、何かを喰い入るように見つめていた…ということのようです。

(しかし『眼力の鋭さ』とは、成る程…姫君が捕らわれていた時、女頭領が彼女に依頼したその裏には、彼女のこの特殊な能力を知っていたから…のようですね。)


そして―――この構成員、なにを思ったのかおもむろに席を立ち、姫君とお世話係に近付いてきたのです…


「ちょいと―――すまないけど、ここいいかい?」 「えっ―――は、はい…。」(キョトン) 「ぅん―――?」

「やっぱ…あんた、どこかで見たと思ったら、シオンなんだろ?」 「誰…なのです?そのシオン―――とかいう方。」

「違うのかい? アタシは―――他人の顔は一度見りゃあ絶対忘れないほうなんだがねぇ。」 「(フフ…)それは恐らく、思い違い…と、言うものでしょう。」

「ま、それもそうだねえ。  あんな大幹部がよりによって、こんな不味い店を択ぶって事もないだろうしさあ。」


そこで―――この構成員が彼女達に近付いて何をしたか…と、言うとお世話係に対しこう切り出し始めたのです…『シオンではないか』と。

するとお世話係、その事をある程度予測していたのかのらりくらりと上手くかわしていったのです。

それには構成員も、『なんだ人違いか―――』で、済ませたようなのですが…なんとそこへここの店主が…


わあーるかったねぇ、不味くってよぅ…。」(ジロリ)

「お、おっ…と、なんだいたのかい。」

「んな…悪口叩く暇があるんなら、今までに溜まりに溜まったツケ―――払っておくんなさいよ。」

「う゛いっ!―――☆ わっ…わーかってるってよ!冗談よ、冗談…いつか大出世した暁にゃそん時まとめて~~―――って、いつも言ってるだろ?!」

「まぁ~~ー--それですかい。 姐さんの、その大口っぷりにゃあいい加減飽き飽きしてるんだけっどもねぇ~?」

「ちぇっ…わー--かってるってばよっ! ほれっ!今、大事な話をしてんだから、あっちへ消えなっ!」(シッ!シッ!)

「へぇー--いへい…」


「は…。」(唖然) 「…。」(白い眼)


「おおぉー--ッと、ちょいとつまんないもん見せちまったみたいだね…なぁに、あれとのやり取りはいつもの事だから気にしなくてもいいんだよ。」

「フぅー--ん…、なんですか。」 「あぁそうだよ、何か問題でも?」

「いえ、別に―――」(しれぇ)


「あのー--それより、『ツケ』とは一体なんの事なんですの?」


「(ズッコケ!)」 (ズル…)「は…?な、なに? つ、ツケも知らないのかい?あんた―――」


「えっ?えぇ…」(コクコク)


「(あっ…あいたた―――こ、腰を打った)つ、ツケとは…その時に代金などを払えないでいる者が、後でそれをまとめて払う―――と、言う事なのですよ。」

「はあ…あの、それでは食い逃げと同じような事なのでは?」

「です、よねぇー--。」(ジロぉ~)

「ああ゛っ! ちょ…ちょいと! アタシは何もそんなせせこましい事してるんじゃあないんだよ!現に、少しばかしだけど…払った事もあるんだしさぁ! なあっ!そうだよな?」


「あんれぇ~~そうでしたっけ…ねぇー--。」


「あ゛…っ!きったねぇ~ぞ?!このヤロウ! ちゃんと払っただろが!に!」


「は?」 「なん―――だと?」


「(おぉっと)ぢゃなかった…に!」

「もう……そんなになるんですかねぇー--」


どうやらここの店主のげんによると、この構成員はここのツケを相当に溜め込んでいるようなのですが…(それにしても姫君、ツケの事を知らないでいたとは…世間知らずって怖いですね)


それにしても構成員はここで少し奇妙な事を言ったのです。

それは、随分前にと溜め込んでたツケの一部を払ったことがある――――と言うのですが、それもしかも20年も前…だとは。

そう、その奇妙な事と言うはここだったのです。 もし、この『20年前』という時間の観念が聞き違いなどではなければ相当に不釣合いというもの…なぜならこの構成員は、どう贔屓目に見ても20代前半の姿だったのだから。


「(ああ゛~~っぶねええ、うっかり口に出すもんじゃあないねぇ~もう少しでここにいられなくとこだったよ…)」


「あのー--」 「(ぅん?)なんだい。」

「あの、よろしければ少しばかりわたくしが肩代わりしてあげましょうか?」

「えっ??いいけど――――いいよ、あんたには悪いからさぁ。」

「どうしてなのだ?少しばかりなら私も持ち合わせがあるから協力してやれないこともないが。」

「あー--いゃ、そのぅ…溜まってるツケ、2,000や、3,000じゃあないんだよ…」

「それでは5,000?」 「…ぃ…ぇ…。」

「ならば、8,000?9,000―――とか?」


「……ご…500,000―――」(小声)


「(えっ?!)」 「(なんとぉ?)」


           「「ご…500,000!?」」


「あっ!バカッ!しぃ~~ー--っ!しぃぃー--っ!」


「(あ…っ)あわわ…」

「(しっ、しかし…50万も? 一体どんな食べ方をしたらそんなに―――)


「いゃあ~実はここだけの話なんだけどな? この額って何もアタシだけのじゃあないんだよ。」

「はあ…(そう、ですよねぇ)」

「ほれ、あそこの一角でバカやってるヤツらがいるだろ? あれも…全部アタシ持ちなんだよ。」

「成る程…それで。」 「納得…ですわ。」

「アタシのだけならまだしも、あいつらのまでもかさんできてしまってねぇ、でも…」

「(えっ?)」

「でも、あいつらはアタシの事を『姐御、姐御』って、慕ってついてきてくれる…まぁ、あれはあれで可愛いもんさ、実際ね。」


「(…)それは―――」 「うん?」

「それは、実によろしい事だと思います。 こんなご時勢、自分を慕ってついてきてくれるなど…そうはいませんからね。」

「(姫君―――)」


「(……)なぁ―――あんた――――」 「はい、なんでしょう?」

「……。」(じぃ……)

「な、なんでしょう?イヤですわ?そんな…わたくしの顔を見つめられては…困ります。」

「(ふ、ぅ…)イヤ…ご免よ?今の、あなたのお顔―――アタシのよく知ってるお方に随分とよく似てたもんでねぇ…悪かったね、見つめちゃったりして。」

「い、いえ…。」

「おぉっ―――と、そう言えば、この後大事な約束があるんだった。 いや、悪かったね、お蔭でいい時間潰しになったよ。 それじゃ―――」


こうして……構成員は、とある約束事のためにその店から出て行ったのですが――――皆さんはもう気付きましたか? 構成員が―――サヤが、この姫君に対してした事を…


「どうかなされたのですか?」 「(はっっ!)い…いえ、なんでも。(気の…所為せいかしら…なぜかあの人に見つめられた時―――こう…何かしら、瞳の奥まで見られていたように感じられたのだけれど…)」


そう…サヤ某が、この姫君に対してした事。 それは、彼女の特殊な能力といえるべき、≪まなざし≫が働いていたのです。 では、彼女は当初からこれが目的で?


「(フフフ…偶然とはいえ、あそこにたむろしていて正解だったな。 こうも早くに出会える事になろうとは…。 これも皇のお導きか…)さて…と、そんなことよりも、早くあの人に―――アタシの友に知らせないとな!」


そう―――構成員が姫君に近付いてきた理由がここにあったのです。

それと言うのも、最初にお世話係に『シオンだろう?』と近付いたのは、彼女達に近づき易くするための手段―――

彼女が―――サヤなにがしが本当になしたかった事…それは、自己の特殊な能力を用い、とある者の瞳の奥を覗き込むという事…そしてその『とある者』こそが姫君だったのです。


すると…言う事は―――そう、姫君の持っているとされる『とあるモノ』が、この構成員にも分かってしまった…と、言う事でもあったのです。


しかも、彼女―――とても不思議な事を言っていたようですね。

その思わせぶりな発言は、一体何を意味しているのでしょうか。



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