第4話 囚われし者

このケチなスリが女頭領の部屋に来るほんの少し前、カ・ルマの騎士により無理難題とも言える事を押し付けられ…しかも、ギルドの接収までもその視野に置かなければならなかった中、この時の女頭領は彼の者達による無礼なまでの態度に怒りを覚え…手当たり次第にアルコールというアルコールを浴びるように飲んでいたといいます。

そんなところへ格好の好餌エサが入るとどうなってしまうのか…それは推して知るべしであったでしょう。 そんな虎穴とも言えるところへ、今ボロをその身に纏ったみすぼらしい男が単身で乗り込んで行ったのです。


「…なんじゃぁー--ぎざまぁ゛ぁ……」

「(おおっと、こいつぁ相当荒れてなさるねぇ)イヤぁ、ナニ…ワシはステラバスターと言うケチな男でしてね?とりわけ旨い話を、あんたさんに持ってきたんだがねぇ…どんなもんだろ?」

「帰れ―――帰れ帰れ帰れ! 妾は当分、人には会いとうない! どいつも…どいつもこいつも、妾の事を小バカにしくさりおって…。 お主も、お主もそうなのであろうが?!今の妾を見て、そう思うておるのであろう!女だてらに、ギルドのかしらに収まるから、こんな目に遭うものと…そう思うておるのであろうが!!」

「(…)ああ、そうさね。 だがね、今のあんたさんの、そのていたらく、それをワザワザ見に来た…ってぇほど、ワシもヒマじゃあねぇのよ。」

「ならば…何の用じゃ……早々に云い、早々に立ち去れぇい!!」

「(…)それより、あんた―――」 「うん…?」

「言葉に、訛りがありなさるね。」 「…何が、言いたい―――」

「少なくとも、この地域周辺じゃあない。 もっと東南…そう、『ヴェルノア』辺り―――と言った方が妥当かねぇ。」 「(…)それで…?」

「そこの王族に、確か一人娘がいたっけねぇ…確か―――名を―――おおっと…」

「―――フンッ。 言いたい事は、それだけか……」

「いいや、まだ続くよ。 その一人娘は公主となり、何不自由なく暮らしてきた。 だが…ある日を境に、行方をくらまし―――」

「それが今は、こんな処で大酒を喰ろうておるとでも云いたいのか……ナニが…ナニが、キサマのような平民出に、妾の心の闇が分かろうか! 妾の着たい、流行りモノも着れず、まるで着せ替え人形のように決められたようなものしか着せられず―――女中共はかしずきながらも、その嫉妬を隠し陰口をささやきおる…。 そして―――妾に近付く男共は、ひとえに妾の身体慾しさと地位名誉を得んがため、妾に言い寄る者ばかり… その…そんな暮らしに妾は疲れた…飽いで、飽いで、飽ぎくさったのじゃ!!  うぅ…ぅぅぅっー--うぐっ!…ぅぅ―――」


「(成る程ねぇ~王室と言えど、全て何から何まで一緒―――って言うわけではないらしいねぇ…この二人がいい例だ。)」


『浴びる』程の大量の酒を摂取し、前後不覚になるまでになってしまっていた―――当初は語気を荒げ、つい先頃にまであったとされる屈辱の数々を忘れようとも忘れられなかった―――そこへ、ケチなスリが入ってきて頭領の慰み者になるかと思いきや…ケチなスリは頭領が使う言葉の訛りが東南の地にあるとされる『列強』のものだと指摘したのです。 しかも…その『列強』の事情をも語らい始めた時―――頭領の知られざる事情も語られ始めた……しかも、物事の展開はこの後思いも寄らぬ方向に―――?


「お主も―――お主も所詮は妾の身体目当てにここへと来たのじゃろう? ―――どうじゃ…中々のものであろうが?を見て、妾の胸を見て、下心を見せぬ者などおらなかったのじゃぞ?! 今の…今の妾なら、何をしても構わぬ―――お主の意のままの人形ぞ?」

「(…ふう)醜い…。 醜いよ、あんた…今酔ってるからいいようなものを、素面しらふの時にそんな事言えるかね?」

「う…っ、うぅ―――」

「あんたも、元は位の高かったお人だ…喋り方から、立ち居振る舞いを見てりゃすぐ分かるよ。」


「……ナゼ―――」 「ぅうん?」 「ナゼ、お主は妾の事を見抜けた…。」 「他人様ひとさまってのは、一朝一夕に変われるもんじゃない―――幼い頃から浸み込んだ所作ってのは、どれだけ時間が経とうが―――或いは崩そうが、その根幹は自然とでてくるもんさ…」 「フフッ、そう言う事であったか。 (ふぅ…)しばし待て、髪が乱れたので結い直してくる。」


この女頭領、ケチなスリに見事なまでにその出身や身元を暴かれた為か、なか自棄やけを起こしたように上半身裸になるも、ケチなスリにたしなめられたのです。

そして思う所となったのか、髪の乱れを気にし奥の部屋に引っ込んだのです。


そして数分くらい後、奥の方から現れたのは―――…

あの姫君にもまさるとも劣らない、華やかなドレスをその身に纏った者が、そこにはいたのです。


「済まぬ、いらぬ手間を取らせてしまったな。 か、髪を結い直したついでに…着替えもしてきた。 じ、じゃが、勘違いなさるなよ?わ、妾は…ほ、本来このようなモノは、着たくはなかったのじゃが…あ、生憎と、これしか着れそうなのはなかったのでな…。」

「まあ、そういうコトにしときやしょう。」

「うむ、取り敢えずは、そうじゃな…ところで話しとは何か?」

「うん、その前に…あんた、『皇』って者の事は?」

「うん?『皇』?『皇』とは…あの古代の王朝の中でも仁政を敷き、諸国の王侯や民は云うに及ばず、人にあらざる者からも支持を集めたという?」

「然様、それだけ知っていれば、これからの事、話し易い。 と、言うのはだね…その『皇』って方は、その仁政に於いてだけではなく、とても情け深い…慈しみのあるお方だったそうだよ。 だからねぇ…そのお方が崩御された折には、人民や精霊、果てまたは草木までもが嘆き哀しみ、皆この世の終わりをも予感させたそうだよ…。」

「そのような事は、何も妾でなくとも皆知っておる。 その『皇』といわれる方、死してなお今、神として崇め奉られておるではないか。」

「ああ、その通り。 だが、この話そこで終わってしまえば単なる昔話、何もワシが語るまでもなく、そこら辺のガキでも知っている事さね。 だがね、ワシが言いたいのは、この『皇』と言われる方はご自分の死期を悟ると、こう言われたそうだよ…。」



{我レ死シタ後、尚、人心麻ノヨウニスサム時アラバ、我ガ魂六道ヨリ復活セシメン―――}



「と、ね。」 「ま…っ!ま、まさか……は?!」

「いかにも、知ってのように『皇の御魂』と呼ばれる代物だよ。」 「で…っ、では―――なぜそれをお主が…」

「ワシはね、公主さん。 その…『皇の御魂』を持った人間と、一緒に暮らしたことがあったんだよ、幼い頃にねぇ…。」 「な…っ、なんじゃと?そ…そのような事、本当に?」

「ああ、このワシ本人が言うんだ、間違いはねぇ…ワシ自身アレを見るまでは、これもまた伝承の一つよ…と多寡たかを括っていたんだが、それが本当だと知った時にゃあ正直びっくらこいたねぇ…今のあんたの比じゃあなかったよ。」 「だ…誰なのじゃ、それは…」

「ワシの姉―――とは言っても、血は繋がってない。 まぁ、義理の姉といったところかね、『ジイルガ』というお人だよ。 だが…今はもうこの世にはいない…あのお人は、自分の命と引き換えに…このワシに第二の命を与えて下さった。 今ワシがこうして生き永らえているのも、『皇の御魂』を持ったジイルガ姉ちゃんのお蔭なのさ。」 「成る程…そうか、お主一度死に憂き目に。 それで、そなたの身代わりになって、その方が身罷みまかられたと?」

「うん…っ、ワシはあの時ほど、声をあげて哭いた事はなかったよ。 自分でも、こんな哀しみが内にあるのかと思うくらいにね…。」 「(成る程…)―――ん?し、しばし待たれよ?!お主が『皇の御魂』を持つ者と一緒に暮らしていた…というのは分かったが、それでは…」

「そう、これもここでお終いにしちゃあ単なるワシの回顧録だ。 ワシが一番に言いたいのはだね、今現在のこの世に、その『皇の御魂』を持つ者が―――という事だよ。」 「な…なんですと?!そ、それは真か!?」

「虚か実か…それはまだ確証には至っていない―――が、ここのところ奇妙な事が起きているのも事実だ。 ほれ、あんたがしているそのロザリオもその一つだよ。」 「これが?!いや、しかし、これはテ・ラ国の―――(ハッッ!!) ま…まさか!」

「そう、ワシの勘が鈍ってなけりゃあ十中八・九、今の『皇の御魂』を持っているお人は、カ・ルマの連中が血眼になって探している―――その手配書の女性だよ。」

「なんと…(それであやつらあのように) フ…っ、それにしても、なぜにお主斯様な事を妾に…?」 「んん?ワケを言えってかい?そりゃあんた…アレだよ、個人でそう匿え切れるものじゃあなし、だが組織だとどうなるかね?」

「しかし―――現にこれを聞いた妾が…心変わりを起こし、己の慾のために…彼奴等に売るかもしれんぞ?」 「なぁに、そん時ゃあそん時さね、運がなかったと諦めるさ。 だがね、こう見えてもワシには人をる目がある、少なくとも公主さん…あんたは自分の利だけに走らん人だ―――と、そう思っているよ。」

「そうか…相分かった。 で…その方、今どこに?」 「さぁー--て、ねえ…案外、そこら辺にでもいるんじゃあないの? それじゃあね。」


そう…このケチなスリが女頭領に言い置いた事。

それは当代きっての名君と讃えられた『皇』の『御魂』であり、今まさにそれを有している者が、かの亡国の姫君だ…と、云うのです。

それにしてもただのケチなスリかと思いきや、いにしえの歴史にも通じており―――果てまたはギルドの頭領に扮している某国の公主を相手に駆け引きに出るなど、中々に予断を許さないみたいです。


          * * * * * * * * * *


そしてケチなスリが帰った後で……


「(ふふ…の子とは、まさに斯くあるべきものよ…この妾の痴態をモノともせず、己の矜持のままに振舞える―――夫君ふくんを得るなら、あのような者こそ望ましい…。 嗚呼、君よ―――何故にそなたは今少しばかり早う妾の前に現れて下さらなんだのか…口惜しい事よ。)これッ!誰かある!!」


女頭領、何かを思い立ったらしく急遽とある者の所へ使いを走らせたようです。

そう…昼間、事もあろうにヒジ鉄を喰らわせ、物別れに終わらせた両替商兼鑑定士のもとへ…そして数分後。


「あ…あの、何か御用……で?」 「うむ、先程はすまなかったな、些かこちらにも手違いがあったようじゃ、まだ…痛むか?」

「え?い、いえ―――」 「ハハハ、そう警戒せずともよい。 いや、実はのう…アレからよう考えたのじゃが―――お主の願い、聞き届けてやらん事もない……と、そう思うてな。」

「え…? な、何を…です?」 「フ…なんじゃ、もう忘れたのか? ほれ、ここの―――ギルドの専属の鑑定士になるという事じゃよ。」

「な…なんッ―――でえ?マジで?」 「確かに、あの時は妾をたばかおおせようとしたお主が憎かった、そしてその憎さの余りヒジを見舞った―――その事は詫びよう。 じゃがな、その後色々とあってな?お主と妾の利害関係が一致した…それゆえ、今回今一度話し合える場を設けさせてもろうたのじゃよ、妾がな。」

「(ム、ム~~~?)」 「まぁ…アレだけの事をしでかしたのじゃ、今すぐに信じよ―――とは、無理な話じゃが…。」

「ホ、ホント…なんでしょうね。 また油断した時に―――ってのはナシですよ?お互いに…」 「フフ、では商談成立じゃな。 ところでお主…ステラバスターとか云う男の事を存じておるか?」

「え?ええ―――よく…て言うか、あいつとあたし、同じところの出なんですよ。」 「ほぉう…どこの?」

「それは―――教えられません。 言っちまうと、あいつに嫌われるから…」 「成る程、とどのつまりそなたもあの男の事を…」

「ええ、そうですよ…で、なけりゃあ、ワザワザこんなトコまで追っかけてやきやしない。 それに―――ね…あいつ、、まるで人が違っちゃってさ…昔はにまで手を染める人間じゃあなかったのに…。」

「『あの人』…とは、よもやジイルガと云われるお方の事か?」 「え?ええ…そうですが―――どうしてあなたがあの人の事を?」

「うん?まぁ…な、そうか、お主ら同郷の出であったか、なればあの者のしでかしそうな事―――」 「ええ、皆までとはいきませんが、多少の事なら…」

「そうか…(ふうむ) なれば、あの者が使っていそうな宿を教えて欲しいのじゃがなぁ…どうじゃ、頼めるか?」 「は?はい…でも、どうしてあいつが使いそうな宿なんかを?」

「それはお主のあずかり知らぬ事…捨て置くが良い。 それより、どうなのじゃ?」 「(ふぅん…かと言って使うと言っても、ツケの取立てから逃げる時にしか使わないのにねえ―――)可能性としては……『溿みぎわ亭』か、スラムの『左馬ひだりうま亭』……」

「うむ!上出来じゃ!感謝致しますぞ?ナオミ殿! これ、何をしておる、早う認可証を。 さあ、心良う受け取られよ、これでお主はここの専属の鑑定士様なのじゃからな。」

「ハハッ!ありがとうに存じますッ!」


こうして…鑑定士は、晴れて念願のギルド専属の鑑定士となる事が出来たのです。

これから…歴史を左右しかねない―――そして、彼女自身には何のことはない、とある重要な情報と引き換えに…


         * * * * * * * * * *


そして鑑定士が帰った後で、ギルドではまさに急ピッチである事がなされようとしていたのです。 それは…


「よいか!なんとしても、あやつらの手に落ちる前に! この方の身柄を、当ギルドにて確保するのじゃ!分かっておるな!」


「「「「応ぅっ!」」」」


「よしっ!では―――行けいッ!!」


それは、カ・ルマ所属の騎士団より早く、姫君の身柄を確保するという事。 そして、今まさしくここに策謀と権謀術中が渦巻いていたのです。


そんな事とは知ってか知らずか、『左馬左馬亭』での姫君は―――


「(ふぅ…)本当に、食事をごちそうになった上に…今度は雨露を凌げる場所の確保―――ですか。 至れり尽くせりですわね、わたくしって…(今頃…あの方は何をなさっているのかしら?)あら、うふふ…わたくしったら、国を亡ってそう経たないでいるというのに、一人の男性をこうまで思ってしまえるなんて…(でも…でも―――あの方、見かけよりも本当に頼りになるんですもの…)不謹慎…ですよね、わたくしって。」


あの邂逅がなければ生きているかさえも分からないでいるこの身の上、それに言われもなき罪におとしめられようとした時、まるで庇う様にしてくれた―――しかもそれからは自分の住まいとなる処や栄養となるものの確保まで…まさに至れり尽くせり―――だった…まだこの身の上が小国の姫であった時、周りはちやほやとしてくれてたけれども、国が亡んでしまえばそんなものはないものと同じ―――しかも自分一人を残して全員が殺されるという虐殺の憂き目にあっては、今のこの身の上でさえも不安定…そうしたときに例え盗賊であろうとも自分に良くしてくれる者のことを想わない時はなかったのです。


しかし―――そうした思いにふけっていた矢先…


「おっ!いたぞ!」 「ええっっ?!」

「おお!そうか-――(ガサ…) よしッ!確かにこいつだ!間違いねぇ!」 「な、何者ですか!無礼な! お控えなさい!」

「お…おい、どうする?かな~り芯が強そうだぜ…」 「えぇい!構うな!これを使え!」「おぉッしゃい! ちょーッくらごめんなさいよ……」

「(ぅぐ…っ) な、ナニ…を?!(な、ナニ?これ…だ、だんだん意識が薄れて―――あぁ!た、助け…)ス…ステ……ラ―――」


『*クロロフォルム;有機化合溶剤の吸引式麻酔薬。 この頃にはまだ滅多と市場しじょうに出回っていなかったが、盗賊達が拉致監禁の手際の効率を上げるために密かに購入していたものと見られる』


寝泊まりしている木賃宿のベッドの上に体を横臥させ休める姫君…すると夜の静寂しじまを破るかのように、姫君が寝泊まりしている部屋の扉が荒々しく開かれ、荒くれ者たちが自分の顔と――― 一葉の紙片かみきれを見比べて騒いでいる…それを不審に思い一喝するものの、厄介になる前にと思った荒くれ者共は―――拉致や誘拐の効率を上げる時によく使う“薬剤”を姫君にも使ったのです。(とは言え…この時代によもやそんな便利な“薬剤”があったものですが…)


そして―――状況の終了…


気が付き目覚めると、先ほどまで自分が身を横臥よこたわらせていたベッド―――ではなく、寧ろ自分が以前よく使っていた…と言うより寧ろ?自分がよく使っていたものよりも高品質な寝具の上に横臥よこたわっている事に気が付かされたのです。 しかも…その部屋にはこの界隈―――つまりは『夜ノ街』にはない調度品ばかり…さらに云うなれば滅亡する前の自分の部屋と酷似していたのです。


もしかすると、これは……夢? ですが、それにしては現実味がかなりあったのです。


「(ぅ…ん……)…えっ?!こ、ここは―――どこ?テ・ラのお城??も、もしかして―――夢…で、でもこの手触り、感覚は…幻では…ないわ。」


何より驚いたのは、逃亡をする最中に着替える余地のなかった自分の衣服が、何者かによって着替えされられていた…それに、自分も王族なのだからの贅沢品を所有していたものなのに―――なのに、今着させてもらっているのは以前の自分の持ち物よりも高級なモノ?!

そして未だ頭の整理がつかないでいる中、この部屋の主が顔を出したのです…


「おお、どうやらお目覚めのようですな?テ・ラ国の姫君…」

「(…え?)わ、わたくしの事を―――知っておられるとは…あなたは一体?!」

「フフ…妾はこの組織、ギルドの頭領格である者よ」 「(え!)あ、あなたが―――ギルドのおさ!」

「いかにも…女だったので面食らいましたかな?」 「は、はい…。」

「フフ、まぁ素直なことは真に結構なことじゃ。 いや実はな、さある者から依頼を受けておって、姫君の身柄を確保せよ…と、こうせがまれておってな。 それで取り急ぎ心当たりのところを探させ、少々手荒ながらも身柄の確保に踏み切った…と、こういうわけなのじゃよ。」

「(え?)そ…その、さある者とは、もしやステラ・バスターというお方の事ですか??!」

「うん?いや、さし当たってその者の名は聞いてはおらぬが故に…」

「そ、そう―――ですか…そう―――ですよ、ね?あの方なら、こんなにも人道的にもとる事はいたしませんから。」


「(…)あなた―――様は、その者の事を…絶対的に信頼されておられる――――ので?」 「はい。」

「もし―――この情報が…彼の者の手によってなされた―――と、したなら?」 「そ、そんな事は…絶対ありえないことです!」

「成る程―――つまり、姫君はステラ・バスターという男の事を、お慕い申し上げている―――と、こういうことじゃな?」 「そっ、それは―――そ、そんな事、あなたには関係のない事なのでは?」

「オオッと、これは失言でしたな、許されよ。 じゃがしかし―――寝ておる時に、しかもうわ言のように…その者の名を幾度となく、繰り返し、繰り返し…言っておられたものでしてな…。」 「ええっ?!そ、そんなに? 言って…いました…か?」

「そう、何度も、何度も…な。 そして妾はたまれなくなり、隣の部屋に緊急避難した次第よ。(あまりに、悋気りんきに病んだものでな…)」

「あぁっ…そ、そうでしたか、わ、わたくしのふしだらなうわ言のせいで…どうか、どうかお許し下さいまし…。」


「(…成る程、やはりこう言う事か。 こうもていよく謝られたのでは大概の者は戦意を挫かれる…彼奴等きやつらが恐れるも無理はないことか)いや、詮無き事よ…。」


女頭領、この誘拐まがいの説明を、半分は真実を―――もう半分はウソを交えながら姫君に伝えたようです。

そして姫君、拉致されてから頭領の部屋で寝かされている間にも、あのケチなスリの名を呼んでいたようです。(羨ましいですね、想われている…って)〕


         * * * * * * * * * *


その一方で、あのケチなスリは何をしていたのかというと―――左馬亭にて…


「はあぁ?ギルドの連中に連れてかれただってェ?!」 「ああ、そうなんだよ、3・4人がドカドカと上がりこみやがってさ。」

「ふぅぅむ…(成る程、それがあんたの判断こたえ―――ってなワケですかい。 ま、それはいいとしてもだ、よくここだ…ってのが分かったねぇ、もう少しばかし時間を稼げると思ってたが。)」


「なぁ…ちょいと?スーさん。」 「え?あ…あぁ、イヤすまなかったね。 こいつは迷惑料だ取っときなよ。」 「そいつはいいんだけどさぁ、なんかヤバイヤマに首突っ込んでんじゃあないの?」 「(ヤバイねぇ…)ま、そうだとしてもこっちまではきやしないよ、ンじゃあね。」


姫君の拉致現場をつぶさに見ていた宿屋の主人により、その時の状況を聞き出し事の次第が自分の思惑通りに行っていることに内心笑みを隠せないでいるケチなスリ。 しかし彼の腑に落ちない点は、自分が女頭領に例の事を話しておいてよりそんなに時間が経たないでいるのにギルドが状況に踏み切った事にあるのです。(彼はもうしばらく時間がかかる…と、踏んでいたようなのですが)


この時間の穴を埋める鍵はどこにあるのか…ケチなスリが考えながら歩いているところに、当事者の一人であるあの鑑定士に出くわしたのです。


「よう!ア~ンタ、元気してるかい♪」 「いよう、ナオミ。 どうしたい、えらく機嫌がよさそうじゃあないか。」

「いャあ~ナニね? あ、それよりさ、これ見てくれよ。」 「んん?ナニナニ…認可状じゃあねぇか、どうしたんだ?こんなもん。」

「なんとさぁ…あたし、ここの専属の鑑定士になれたんだよ~!」 「ほぉ~そいつはおめでとう。 んで?どんな手柄を立てたんだい。」

「それがさぁ~~たった二つの宿屋、教えただけで向こうさんが取引に応じてくれてねえ~~~。」


「(うん?)どこと…どこだい…。」


この時鑑定士は、よほど浮かれていたのでしょう、この盗賊に―――言わなくてもいい―――言ってはならない事を、つい喋ってしまったのです。


「そりゃ、あれだよ、あんたがよく利用していた―――」


          『溿みぎわ亭』に、『左馬ひだりうま亭』


「な、なんだってぇ? そうすると、あれか…お前が喋ったッてぇのか?!(な、なんて事だ…)」

「え?ど…どうしたってぇんだよ、そ、そんなに血相変えちまってさ…。」

「(く…!)これじゃあ、ワシがみすみすあの人の居場所を話しちまったって事も同然だ…。(それにしても、考えたもんだ…初めはこまやかな一本の糸を、手繰たぐり寄せることによりこいつとワシとが同郷の人間だということを知りやがった…)あそこを―――利用したのは間違いだったか。」

「な、なあ、そんな事よりもさぁ。 このあたしの、専属就任を祝して、今夜…一緒に食事しないか?」

「気の毒だが、そいつは受けてやれねぇ…。」 「え…?な、なんで、だよ。」

「自分がやってしまったことの、過ちの重大さに気付かないお人なんて、ワシはゴメンだね。」 「ええ??なんだって? 『過ち』?事の…重大性?? な、なんだい、そりゃあ…。」


「あばよ、達者でやんな…。」 「そ、そんな!ち、ちょいと待っておくれよ! なんなんだよ、一体…話しておくれよ!」


人間と言うものは舞い上がると喋らなくてもいいことまで喋ってしまう―――そういう性質があるものです。 それはこの両替商兼鑑定士も同じでした。 それに未だに自分のしてしまった過失、その重要性に気付かないこの両替商兼鑑定士に対し、道教人であるケチなスリは、その訳を…決定的な事を言い放ったのです。


「お前ェはな…現世に甦らんとした現人神あらひとがみを、自分の欲と引き換えに売っちまったんだよ!」

「え…えぇっ?!あ、現人神あらひとがみ…って、ま、まさか―――お、皇の…?あ、あんたの姉さんが有していたって言う…?! そ、そんな―――あ、あたし、そんなつもりは…」

「そんなつもりがなくってもなあ、現にこうなっちまってるんだよ! 全く…何から何まで!」 「ああっ!ゴ、ゴメンよ…こ、この通り謝るからさ、許しておくれよ…。 全く悪気はなかったんだ、だから…だからあたしを一人にしないでおくれよ!あたしは、ホントはこんな認可状なんかどうでもよかったんだ…ただ、あんたと一緒に―――あんたを追いかけて『ラー・ジャ』からこんなとこまで来たの、分かってるんだろ『タケル』…」


「余計な事をベラベラ喋んじゃあねぇよ! 頭ンくるねぇ!」


この男からの怒りを激しく買い、あわてて弁明をするも出る言葉毎に彼の怒りの火に油を注いでしまう女。

しかし、その言葉には、彼女の本心が紛れもなくあったのです。

そして男も、その本心を知っているが故に、それ以上の追求はしなかったのです。


ですが、今はそれどころではないのです。


「(く…)急がねぇと―――手遅れになっちまう!!」



「あぁ―――タケル…タケル~~! あ…あたし…何やってんだ―――なんて、取り返しのつかないことを……してしまったんだ!!」



『覆水盆に帰らず』―――その言葉どおり、取り返しのつかない事をしてしまった女は、ただ、ただ―――そこにうずくまるしかなかったといいます。


己のしてしまった、破廉恥な行為に、ただ―――ただ―――そこにうずくまり、泣き腫らすしか、なかったのです……。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る