第2話 夜ノ街

さて…姫君の国が滅亡し、彼女もまた流浪の身となってしまった現在、お話の舞台―――その場所を少し移動しまして…


ここはガルバディア大陸にある、とある街。 しかし、この街には正式な名称はなく誰彼なくこう呼んだそうです。

それは―――…


                 『夜ノ街』


ではなぜここがそう呼ばれるようになったか、というと。 それは、この街には統治する者がおらず、代わりにとある者達が跋扈する―――という処だったのです。


その、『とある者達』とは?


            『野盗』や『スリ』、『盗賊』・『山賊』


と、言った者達―――そう、世に言うならず者達の巣窟だったのです。

それでは、かといって、このならず者達がこの街に巣食う理由はどこにあったのでしょうか。

それがこの者達を一つに纏め上げる『ある機関』の存在があったから…それが―――


                『ギルド』


この『ギルド』と呼ばれるところで、盗賊や野盗達は己れの持ち合わせている情報を交し合ったり、そしてこのギルドのおさに、今まで分捕ってきたモノを上納する事により、互いの利害関係を保ちあう…という事をして来たのです。(それは言う所の『ギブ・アンド・テイク』であり、つまりは利害関係によるものではあるものの、彼らの中には『信頼』と呼べるものではなかったようです。)


そして―――ここに、このお話しになくてはならないキー・パーソンが…


背は、この界隈の誰よりも低く―――   身には、いつもボロを纏っている…

その見た目にも、みすぼらしい男―――その男の名こそ…


「(ステラバスター;男性;24歳ぐらい;その日の生計をスリ等でまかなっているという、ケチな男……の、ようであるが?)

ふふぅ~~ん…皆さん、景気の悪そうな面ァしてんねぇ~~。

いよっ、どうだいサヤさん、あんたんとこの景気は。」

「(サヤ;女性;20歳;見かけは20歳ぐらい…に、見えるのだが?)

おや、誰かと思ったらあんたかい。 いゃあ~~ねぇ…どこも同じだよ、どっか浮いた話でもないもんかね。」

「(ふぅ~~ん…) ところでよぅ、最近―――ここの、ギルドの頭領、変わったそうじゃあないの。」

「ああ、そうそう。 なんでも、二・三ヶ月前にひょっこり現れたのが前の頭領のくび…取ったんだと。 その時は『もしかすると、ここを取り込もうとする連中の仕業か…』なあんてささやかれた事もあったけどさあ。 ところがさ、今じゃそいつが頭領の椅子に座ってんだってよ。」

「ほほーう…んで、名前は?」

「あァ?あたしらみたいな下っ端がンな事まで知るわけないじゃんよ、カンベンしてよ…。」

「オォっと、そうかいそいつはすまなかったね。(ふぅ~~ん…そうかい、ここの頭領の首、すげ変わってたって聞いちゃあいたが…もうそんなんなるんでやんスねぇ…。)」


どうやらここのギルドの頭領と言うのが、今はその首がすげ変わっている…というようなのですが、その正体―――してや顔は、下っ端の構成員である彼らまでには知れ渡っていないようなのです。



ところで…あの姫君はどうなったのでしょうか―――?


         * * * * * * * * * *


あれから―――幾日が経ったのでしょうか、可哀想にもこの姫君は、食事…してや水さえも口にはされていないようなのです。

しかもここ数日、周りの草木のささやきや、小禽、獣達の立てる物音に身を縮め、おののきながらも命ばかりは永らえてきているようです。

それに、その御髪おぐしにはかつてのようなつやは無くなり…その御御足おみあしも履いていた靴はどこへやらと行き、文字通りの徒歩かちだったようです。


「(はぁ…はぁぁ……。 つ…辛い―――とても――― 一人で生きていくというのがこんなにも辛い事だったなんて…。)」


しかも、今までは『蝶よ…華よ…』と、かしずかれて生活をしてきた姫君には、これからの事を自分一人でせよ―――とは酷な話でもあったのです。


「(そ、そんなことより、今は人家を探さないと…安心して休める場所を探さないと!)」


そう思い峠を越えると、一つ…だけでなく、複数の明かりが。 そう、幸か不幸か、この姫君が辿り着いたその先は―――『夜ノ街』だったのです。


「(あぁ…っ、街。 よ、よかった…これで今宵一晩だけでも泊めて頂ける場所を探す事が出来る…!)」


姫君―――今まで高貴な暮らしをし、その暮らししか知らない姫君。

その彼女が今入らんとしているところは、明らかに今まで知っている人種とは違う種族―――野盗や盗賊と言ったたぐいの者達は、元をただせば支配階級から虐げられてきた民達の成れの果て…そのような濁ったドブ河のような処に、清流しか住まわない魚を放してしまったら、どうなるか……それは推して知るべしでありましょう。


そして、そこへ―――なんと、あのケチなスリが、かの姫君の姿を捕捉せんとしていたのです。



そして…今――――――運命の歯車が  音を立てて  めぐり始めたのです。


「おッほぅ!こいつぁいいカモを見つけたねぇ。 ありゃア一見すりゃあ何のことはないように見えるが…あの立ち居振る舞いといい、きっといいとこの出だねぇ。 上手くすりゃ、今夜の酒代ぐらいにゃなるかも知んないねぇ。」


そしてこのケチなスリ、誰彼に感付かれる事なくこの姫君の前に回りこみ・そしておもむろに彼女の方に向かって、歩み寄って行ったのです。


                 どんっ!


「あ…っ!?」

「おおっと、済みませんよ…(スッ)…っと。」

「ア:あっ、こちらこそ申し訳ありません、よく前を見ていなかったものでして…」

「いえいえ、気にするこたぁありやせんよ。 んじゃ、ゴメンなすって…。」


今、ぶつかられながらも自分から謝ってしまわれるとは…どうやらこの姫君の人の好さと言うものは筋金入りのようです。(それに…今、何かられませんでしたか?)


そして姫君は、そのまま一軒の飲食店のような所に入っていったようなのです。

では、もう一方の盗賊はどこへ―――?


「ほほーう、こいつは案外いいモノを持っていなさるねぇ。(ゴソゴソ)

んん?何かね…この紋章みたいなのは。 まっ、いいっか、のところへ持って行きゃ金目のモンにゃなるだろ。 フフン―――こいつは今夜の酒代以上…いや、もしかするともう半生くらい遊んで暮らせるものになるかもねぇぇ。」(ニィィ…)


なんと…やはりあの姫君の懐から、彼女の路銀入れを失敬していたようです。 そしてその路銀入れの造りの大層豪奢ごうしゃな事に驚きはするのですが、もう一つ目を引いたのは、あの例の……最後の護衛将であるマサラ将軍から託された母君の形見である『テ・ラ国の紋章つきのロザリオ』だったのです。

そしてそれを換金するのに、馴染みの両替商のところへ行くケチなスリ……


「ちょーッくらゴメンなさいよ…っと。」


「(ナオミ;女性;23歳;この両替商を営む、この盗賊とは古くからの知り合い…のようだが?)

なんだい、あんたかい。 ちょっと待ってな……よし、いいよ。 で?今日は何の用だい。」 「うん?いや何ね、ここの先の道端でいいもん見っけちゃってね、んで、お前さんにてもらいたいんだよ。」

「ふん…まぁた、どうせ他人様ひとさまのモノでも失敬したんだろ?」 「へへっ、ご明察。 それでよ、お前さんとこへ来た…ってワケなのよ。」

「フフフッ…まぁなんてったって、あんたとは昔っからの馴染みだからねぇ。 多少の色目は付けさせてもらうよ。」 「へへっ―――いつも、すまんねぇ。」


ここでこの両替商、鑑定に入ったようです。 実は、彼女は鑑定士としてもこの界隈では名が通っており、まぁその結果ここの店には色々なモノがのきを並べているようなのです…が、しかし?


「……。(うん?おや? こ、これは!?)」


鑑定士が姫君のロザリオを調べている際に、何かに気付いたようです。

そして気になる、その鑑定結果とは?


「はあぁぁ?た…たったこんだけかい!」 「ああ、そうだよ。 なんか文句があるってかい。」 「そりゃオオありだろ?! あの路銀入れ…は、これでいいとしよう―――でもあの装飾品が、こん中に入ってやしないんじゃあないのかい?」 「だったらどうだって? あんな…ガラクタ同然の、あたしんとこで買い取れ―――ってンなら迷惑料もらうよ。」 「あああぁん?!(ち…っ!) まあ…じゃあ、しゃあねエな―――お前さんがそこまで言うんなら、そっちがホントだろ、邪魔したよ。」


このケチなスリが持ち込んだ盗品が思うような結果金額にはならず、だからここでの売り払いを諦め品物総てを持ち去ろうとしたのです。

すると……?


「(…)ちょいと待ちな。」 「ああ?もう用はすんだんだろ?」 「やっぱ、そのロザリオだけは置いてきな。」 「な…なんで……」 「こっちで処分させてもらうんだよ。 あんたの、今のその表情ツラ見てると、あたしんとこ以外でさばこうとしたろ?同業者には、泣きを見させたくないんでね。」

「(チッ!)……ほらよ!」 「あんまし、悪どい事考えんじゃあないよ!」

「(ケッ!お互い様だろが!)」


どうやらこの鑑定士、性質たちの悪い偽物と判断しておいた姫のロザリオを、自分のところで処分する名目でケチなスリから引き上げた模様です。


ですが…本当のところはどうなのでしょうか?


「……(…間違いない、こいつは先立って滅亡したはずのテ・ラ国の紋章。 それにこんな精巧な造りは…恐らくその中でも特に限られた―――そう、王族のものだろう。 それを、どうしてあいつなんかが持っているのか、気にはなるが……ひょっとすると、兼ねてより噂のある、生き残りのもんのなんじゃあ? フフン…まあいずれにしても、こんな恰好の好餌エサを見逃す手はない…早速にでも、ここの―――ギルドの頭領の処に持っていった方がいいかもしれないねぇ。)」


           * * * * * * * * * *


ところ変わって、飲食店に入った姫君のほうは…


「は、あ…(こ、これが…下々の方の暮らし…)………。」


「おや、お嬢さん、あまり見ない顔だね?初めてなんですかい?」 「えっ?えぇ…はい、そうです。」

「ほーう、んじゃあなんにするかい。」 「そ、そうですね…とりあえずは、体の温かくなるものを…。」

「はいはい、承知しましたよ…っと。   ほれ、どうぞ。」 「ありがとうございます…。  まぁ、スープ。 あぁ…美味しい―――スープがこんなにも美味しいものだったなんて。」

「へへっ、美しいお嬢さんにそう言ってもらえるたぁ嬉しいやぁ~ねぇ。 どうだい?もう一杯。」 「えっ?!そうですか? すみません、本当に…では、遠慮なく。」

「へへっ、承知、承知。」


日頃、お城では何不自由なく過ごせた姫君。 それがたった一杯のスープが…実に数日ぶりの食事が、こんなにも美味しいものだとは夢にも思わなかったことでしょう。


でも…ところが。


「ああ…もうお腹が一杯。 ありがとうございます、ここのところ何も食べていなくて…。」 「へぇ~~、ほいじゃあマケにマケて100ギルダーにしとこう。」

「ありがとうございます、重ね重ね…。(ごそ…)  あ…っ、あら??」 「どうか…したんですかい?」

「え?い…いえ。 (お、おかしいわ…路銀入れが…なくなっている?)ど、どこかにでも落としたのかしら…」


すると、今まで愛想の良かった店の主人の表情が一変してしまったのです。


「おい、ちょいとあんた。  ひょっとして…食い逃げかい。」

「えっ?!い…いえ、そ、そんな事は……で、でも確かに先程まであったんです、本当なんです、信じて下さい!」

「おぉや…まぁ、ちょいと上品そうな顔立ちしてるからサービスしてやりゃあ、とんだ女狐だったってワケだ…。」 「そっ…そんな言い方……わ、わたくしは由緒正しき家の出です!」

「ほほゥ…んで?そんな証拠が、一体どこにございますんで?」 「そ…それは―――それが、一緒に落としてしまったらしくて…。」

「ハっ!!お次はそうきなすったかい。  いいかい、あんた…言い訳ならもちっとマシなことを言うんだな。 今日びじゃンな事はガキでも言わんぜ。」 「あぁっ、お、お願いです!信じて…信じて下さい!」

「ち…っ、今度は泣き落としかい。  縁起じゃあねぇったらありゃしねぇ。 お代はいいからとっととこっから出てくんなッ! そして…金輪際ここの暖簾はくぐるんじゃあねぇ!」 「あああっ!」


なんと…性質たちの悪い食い逃げに間違われてしまった姫君。 しかも、自分の身分を証明するものまでなくしてしまっては立つものも立たなかった事でしょう。

しかし…この店の主人の言う事ももっともだったのです。

この地は、ありとあらゆるならず者が徘徊する巣窟のようなところ、食い逃げや恐喝などは日常茶飯事的に行われていたのです。 つまりは、運の悪いことには、この姫君はそのたぐいと間違われてしまったのです。



そして…なんとここで、この一件を起こした張本人とでも言うべきあのケチなスリがそこを通りかかったのです。


「そ…そんな……こんな事って……」

「(ぅんん?おや、あれは…ヤレヤレ仕方ないねぇ、返してやるか。)」


「(お父様…お母様…ガムラ、マサラ!わたくしは…わたくしは一体どうしたら!)」

「あのー--ちょっといいですかい?」

「え…?は、はい。」 「これ、この先の路地で落ちてたのを見つけたんでやんすがね?あんたさんのじゃあねぇんですかい?」

「(え…?)あ…っ、こ、これ、わたくしの…路銀入れ!? ど、どうしてこれを…あなたが?!」 「えっ?!(ギクッ) ああいやなに…あんたさんが落としたのを、偶然ワシが見ててねぇ? 拾ってあげてたんスよ…。」

「まぁ…」 「(チッ!我ながら下手な言い訳だぜ…今時ガキでもこんな見え透いた―――)」

「あ、ありがとうございます!見ず知らずのわたくしに、こんなに善くしてくれるだなんて…あの、なんてお礼を言ってよいやら。」 「へっ?!い…いゃあ…ナニ、ワシぁと、当然の事をしたまででさぁ。 な、なんもそんな御礼をしてもらえるほどの事は…(お、おいおいまぢかよ、し、信じちまったぜ?この人…)」


「あっ!それより、先程ここで頂いたスープのお代金、支払わないと…あの、申し訳ありませんが、ここで少し待っていて下さいまし?」 「ぇ…あー--(って、こりゃあまさにお人好しを画に描いたようなお人だねぇ…)」


自分の言ってている事を信じてもらえず、あまつさえ悪いことをしたように思われて店を追い出された姫君、ただ今は自分の身に降りかかった事に悲観をし、ただ泣くばかりだったのです。 そこを―――元はと言えばこの姫君の路銀入れをスッたケチなスリが、その日の酒代欲しさに馴染みの両替商で捌こうとした時に、自分の思っているような額にはならなかった…そこでケチなスリは姫君の持ち物を回収しましたが、一番価値のある例のロザリオは両替商の手に…そして泣き腫らしている姫君を見たケチなスリにもまだ一片の人間の心があったものか、どさくさに紛れて返したようなのですが―――人間の心に巣食う“悪”と言うものを知らないのか、姫君は自分の持ち物を返してくれたケチなスリに感謝をしたのです。

すると思ってもみなかったような反応だったため、どこかケチなスリも自分の行いを反省した―――みたいなのですが…それに未払いだったスープの代金を支払うに際しても、まるで自分に非があるかのような平身低頭なその姿勢は、店の主人を唸らせたと言います。


そして…


        * * * * * * * * * *


「なあ、あんたさん。」 「はい、なんでございましょう。」

「あんた…人を疑うっちゅうことをしないんで?」 「あの、それはどうしてでしょうか? 人というものは生まれながらにして“善”である―――わたくしはそう教わりましたが。」

「ははぁ~~ん、成る程ねぇぇ~~。」 「あの、その前に…」

「うぅん?何ですかい?」 「あなたのお名前…は、なんておっしゃるのですか? わたくしはアリエリカ…と、申す者です。」 「ふぅー--ん、ワシはステラバスター呼ぶならステラでいいよ。」

「そうですか…ステラさんと、おっしゃるのですね? 本当に見ず知らずのわたくしを…なんて御礼を申し上げてよいやら…。」

「それよりあんたさん、腹ァすいてないかね?」 「はい?え…えぇ、わたくしは先程ので十分…(くうぅ) あ…あはは―――」

「ふふ…体はウソ、言わんねぇ。 どれ、ここで会ったのも多生の縁だ、ワシの行きつけでよけりゃ案内して差し上げるがね。」 「ええっ?!よ、よろしいのですか? 本当に…まぁ、まぁー--どうしましょう。 全く知らないお方にここまで善くしてもらえるだなんて…感謝してもしきれないくらいですわ。」

「はは…左様ですかい。(はぁ~~いや、しかし参ったね、こんなにも純粋なお人が、まだこの世にいるたァー--これじゃあ、まるで…)」


こうして姫君とケチなスリは奇妙な成り行きから、このケチなスリ行きつけの食事処へと行くまでご一緒することとなったのです。


そしてその道中…


「あの、ステラさんは、何をしなさっているので?」 「それよりあんたさん、ここがどういう処かご存知なんで?!」 「いいえ。」 「だろうねえ…まっ、ここは世に言う野盗や盗賊、山賊なんかのたぐいがうろちょろしてる、まぁ…言うなれば“悪の巣窟”みたいなものさね。」

「はぁ・・・野盗や、山賊―――ですか。 あの、なんなのです?それ・・・」 (ズッコケ!!)「・・・・・・。」(じぃ・・・)

「あ、あの、どうかなさったのです?」 「(はぁ~~ヤレヤレ、ここまでモノを知らないでおれるもんかね?)つまりだね、他人の物を盗ったり、またそれをするにしても他人様ひとさまの迷惑を省みない悪人なんだよ―――ここに住んでる大概の連中はね。」

「まぁぁ、そんな・・・でも―――」「(ぅん?)」

「でも、ステラさんは違いますよね。 わたくしのこの路銀入れ、落としていたのをご親切にもわたくしに届けて下さったんですもの。」(ニコ)

「う゛ぃ…(ズキ)(ヤーレヤレ、どーにも敵わんねぇ…)

ところで…あんたさんはどこから来なすったんで?服装や身形みなりからしてもこの界隈じゃあ、あまり見かけん処からみたいだが?」

「(…)わたくしは―――さある国の王族…だった者です。」 「さある…国?(だった?)」


ここで姫君達は互いの素性をよく知ろうと色々と聞きあいをし、姫君はここがどういうところなのか知りえたようです。

そしてこのケチなスリは、今姫君がお召しになっている衣装などから、彼女がこの夜ノ街近辺の者ではないと判断したようですが…姫君が、今自分が置かれている境遇を話す際には、なんと彼女の目からは落涙が―――…

そして姫君は、泪ながらに語り出したのです―――何が自分の国に起こったのか、なぜ自分がこんなところにいるのか…を。


「わたくしの国テ・ラは小さいながらも、そこそこ繁栄をしておりました…城の兵士といえども兵役のない時は農民達と混ざり、田畑・野山で山菜などを収穫しあっていたものです…。」

「ほぉぅ…(成る程、それで…人が好すぎるのも、世間を知らずにおれたのも、これで合点がいったわけだ。)」

「ですが先立せんだって、敵対していた隣国『カ・ルマ』の襲撃にあい、わたくし以下全員皆殺しの憂き目に遭ったのです。 ステラさんの言うように、他人の物を盗んだりする者達が悪人なら、彼らは一体何者なのでしょう?罪もない民や無抵抗な者達までその手にかけ、自分達は英雄気取り!言うなれば彼の者達こそ大罪人なのではないでしょうか?!」

「なぁるほど…ねぇ―――ここに至るまでに、そんなんむごい目に…だがね、時の流れは移ろいやすい、常に強者がその頂点に立っているとも限らない。 『明日には紅顔ありて、夕べには白骨の身となれり』とはこの事だ、それに『因果応報』と言うのもある。 悪い事をして成功しても、いずれその借りが倍になってその身に降りかかってくるって事さね。」


「はぁ…」(きょとん) 「うん?どうかしなすったね?」

「いえ…あの、学の方がおありのようだったので、つい聞きれてしまいまして…済みません、失礼な事を申し上げて。」 「はは、いやぁなに、こいつは昔習っていた師からの受け売りよ、ワシ自らの言葉じゃあねぇ。」

「うふふ、ご謙遜家でいらっしゃいますのね。」 「(フ…)ほれ、つきましたよ。」


互いに談笑をし合いながらも、どうやら目的地に着いたようです。

でもそこは、先程姫君が食事をしたような店舗ではなく…言わば雨ざらしの屋台といったような処だったのです。


「あの…ここ?です??」 「ああ、そうですよ…っと、ちょっくらゴメンよ。 ささ、何でもあるから好きなものをおあがんなさい。」

「(は…)そ、それではこれと、これを。 あ…お、美味しい。」 「意外…でしたかね?」

「えっ?あ、はい。 お味は少し濃いようですけれど、それがまたなんとも…」

「フフッ、そいつはどうも、お口に合って何よりでしたな。 どれ、それじゃあワシも一つ…ぅんっ!この煮卵なんざ極上だねぇ。」


どうやら、味付けはちょっぴり濃いながらも、お腹を空かせた姫君のお口には合ったようで、するとこのケチなスリも好物の煮物や惣菜を口に入れだしているようです。


すると…どこから来たのか、可愛い双子の姉妹がこちらの様子を物陰から窺っているようです。


「(チラ…)あら?どうか―――したの?こっちへ、来る?」


「(コみゅ;5歳くらい;この姉妹の姉の方、一見すると人間の子…に見えるのだが??) み゛っ!?………みゅぅぅ。」

「(乃亜;5歳くらい;この姉妹の妹の方、いつも姉の後ろについてきている甘えん坊さん。) みぅぅぅ…」(カタカタ プルプル)

「うふふ、そんなに怖がらなくても、ほら、こっちへいらっしゃい。」

「みゅ?! …。」(トコトコ) 「みぅ。」(トコトコ…)

「はい、どうぞ。」 「みゅ。 み…みゅぅー--。」(うるうる) 「みぅ。」

「あらあら、余程お腹がすいていたのね、この子達ったら。」(クスクス)


どうやらこの双子の姉妹も、相当にお腹が空いていたようで、姫君がお与えになった食べ物に夢中になってかじりついているようです。

と、すると…?



                にゅっ

          フリ…       フリフリフリ


「あ、あら?!こ…この子達―――尻尾?」 「お気づきになりやしたかい。」

「えっ?」 「その子らは『スピリット』、いわゆるところの妖精ですよ。 普段は人様を警戒してなつきもしやしないが…あんたさんは余程気に入れられたと見える。」

「はぁ…そうなん―――ですか。」 「それも、しおれてたあんたさんじゃあなしに、本当の笑顔を見せてるあんたさんにね。」


国が亡んでからというものはこの世の世知辛さと言うものを嫌と言うほど知らしめられ、どこか生きていく希望も失せかけてきた頃合いに、なんと…ここ数日の出来事で、久しく忘れていた本物の…ありのままの笑顔というものを、姫君は取り戻せていたようでございます。




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