第41話 ラルフュールの現在
そう言えば僕も龍が竜を倒す姿なんて道中でも見ていない。
この山の上空で見張っていたのもたった3匹の龍だけだった。
そして機甲の多くは帝都カレルギアで作られている。機甲の技術は国に厳しく管理されている。帝都カレルギアが滅べば機甲が作れない。そうするとこの『灰色と熱い鉱石』の領域で竜種に対抗するすべはなく、人間種は滅ぶ。
その事実に愕然とする。
破損の原因は予想はつく。多分デュラはんだ。確かに回路に穴を開けたのは僕じゃないとしても、僕が回路を開かなければ恐らく破損は生じなかった。
どういう作用かわからないけれど、魔力回路を開いてデュラはんを探していたら急に酷い目眩が起こって動けなくなった。あの時は解らなかったけれど、きっと回路が破損して大量の魔力が僕に降り注いだ、んだと思う。そしてそのタイミングはデュラはんがスピリッツ・アイを使った瞬間だ。スピリッツ・アイがどういう機序でスキル効果を生んでいるのかはわからないけれども、きっとそれが魔力回路に干渉して破損したのだと、思う。
そうするとやっぱり僕が原因で!
「あの、なんとかする方法はないのでしょうか。原因は多分デュラはんです。デュラはんがスキルを使った時、膨大な魔力で押しつぶされそうになりました」
「やはりそうか。だが原因はともかく帝都カレルギアを竜種に襲撃されるわけにはいかぬ。現在は魔女様が魔力が流れ出ぬよう力を抑えることに注力されておられ、私と母上はその調整をお助けしている」
「あの、魔力回路は魔女様が作られたものですよね。外に出られれば直すことは可能でしょうか」
「何を言っておる。魔女様はここを離れることができぬ」
けれども封印を解けば出られる、はず。
僕はアブシウム教国に伝わるその呪文を知っている。
「魔女様の封印を解けば魔力回路を直接修正することは可能なのでしょうか」
「封印?」
ーあなたは解除術式をご存知なのですか!? あぁ、ようやくお約束頂いた時が来たのですね。
ー正直なところこのままでもあと200年ほどでこの内部の魔力が飽和するところだったのです。
「ラルフュール様⁉」
魔女様のお言葉でふと気がついた。ここは魔力が濃厚すぎる。
魔女様がいらっしゃるからかと思っていたけれども、魔女様というのは魔力を調整する存在だ。一部の例外を除いて魔女様自身が膨大な魔力を生み出す存在ではない。
いくらここが魔力の供給源であるとはいえここに溜まった魔力は膨大すぎる。アブシウム教国の大型教会は魔力が生み出される場所に建てられる。見学に行ったこともあるけれど、ここの魔力はそれとは比較にならないほど濃縮されていた。意識をしっかり保っていなければ吹き飛ばされそうになるほど。
おかしい。そうだ濃縮。ここには魔力が極度に圧縮され、大量に溜め込まれている。
「あの、ひょっとしてこの780年間この山で生成された魔力というのはこの封印の内側にたまり続けている……のでしょうか」
ーはい。大穴が空いた当時は全ての魔力が吸い取られる勢いでございました。そのためアブソルト様にご協力いただきまして、調整を行うわたくしごと結界を設置したのでございます。
「ボニ、どういうことだ」
「恐らくですが、現在の『灰色と熱い鉱石』の領域の魔力の枯渇はアブソルトが魔力の供給源ごと魔女様をここに封印したことが原因と思われます。封印を解いた後に他の魔女様の領域のような状態に戻るかはわかりませんが、封印を解けば少しずつ魔力不足は解消されると思われます」
「なんと、やはりアブソルトのせいか……」
ーリシャール様、アブソルト様はあくまでご協力を頂いたのみで、当時は仕方がない状況でした。
「ラルフュール様はアブソルトに騙されておられます!」
ラルフュール様の反応を見るとアブシウムに残る伝承のほうが正しそうだけど、ずっとここに閉じこもって状況がわからないでいらっしゃるから否定のしようがないのだろう。
けれども僕は当事者じゃない。
「僕は魔女様の封印を解く術式を知っています。でもその前に問題があります」
「問題?」
「この780年分溜め込まれた魔力を開放すると、天変地異が起きかねません」
「天変、地異、だと?」
「それから大変言いにくいのですが、神殿へ至る通路に破損が生じませんでしたか」
ーそうですね、先程亀裂が。
「そうすると、この神殿でも魔力が漏れています。これまでの魔力変動事例を元に考えれば、アストルム山が噴火する可能性があります。少なくとも神殿は崩壊する可能性が高いと思います」
「どうすればいいというのだ!」
「神殿から必要なもの全てを引き上げて下さい。僕が魔女様と協力して噴火を抑えます。だからお二人は戻ってください」
「何故だ? 私たちも手伝う」
「ダメです。神殿は恐らく崩れます。デュラはんが壊してしまったので。だから体を持って外に出て下さい」
……私が残ります。
「母様⁉」
……私はもうあの体には戻れません。
か細く優しそうな声がする。
皇后様が残られた場合、どうなる。ラルフュール様が封印されたままということは、カレルギアには解呪の術式は残されていない。ここで行使すれば皇后様にその術式を知られることになる。知られれば僕は制約で死んでしまうかもしれない、というのはこの期に及んで最早仕方がないけれど、今後も神子という制度が継続するなら、皇后様に術式が知られればカレルギアに術式が残る可能性がある。
魔女様を再び封印することができる術式が。
「お二人とも出て下さい。僕がこれからやろうとしていることは『初期化』と『再インストール』です」
「何? しょき?」
「アブソルト=カレルギアの施した術式を一度解除し、必要な範囲で再構築します」
「……そのようなことが、できるのか?」
ーリシャール様。私にもよくわからないのですが、アブソルト様は異世界ではぷろぐらまーというお仕事をされていたそうです。
ーもともとの魔力回路はこの島に魔力を均等に行き渡らせるために私が作った物なのですが、大穴が空いた時にアブソルト様ご自身が遠隔の地でも使用できるよう回路自体の中心であるここにそのぷろぐらむというものを施されました。
「それが諸悪の根源……」
ーあの、それは私が許可したことなのです。許可といえばあなたにも許可しますね。
ふいに体が軽くなった。押し寄せる魔力が軽減された。
おそらくラルフュール様が魔力回路への干渉を許可してくれたのだろう。
だんだんとこの場の魔力が身に馴染んでくる。その分この場の振動が直接体に響くようになる。ざりざりとした振動は直接僕の何かを削っていく。これが、精霊化。
「カレルギアが術式を秘匿するように僕もこの術式を口外するつもりはありません。お二人が残るのであれば術式は行使しません」
「そういうわけには」
「駄目です。出て下さい」
ーリシャール様、エウドキナ様。どうぞお願いいたします。
微かに頷く気配。よかった。
なんとかデュラはんを避難させてもらわなくては。
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