第27話 僕とデュラはんの夜の散歩
伝達腺、魔石。その確保は難しい。
それに一旦この国を出たら、再入国は難しいだろう。僕はなんでリシャさんに本名を言っちゃったのかな。そうでなければこうはならなかったのかな。いやでもそもそもデュラはんを探してリシャさんたちは現れたわけだし、避け得なかったような気はする。
僕らは幸いにもたくさんの工房を見学することができた。そして結論として、カレルギアの機甲はカレルギア以外での運用は難しいことがわかった。
この親切な親方以外にもカレルギア内の色々な工房を巡って出した結論。
リシャさんにデュラはんの体を作ってもらえたとしても、僕らの村で使えないならあまり意味がない。僕らの家はキウィタス村にあるんだから。
それならもう、ここにいる必要はない。
リシャさんは今は僕らに好意的だけど、それはおそらくデュラはんを研究の材料としているから。デュラはんの研究が一段落ついたら秘儀の開示を迫られる。この国にとって教会の秘儀というものは、プラスにしてもマイナスにしても、とても意味があるものなのだから。
だからきっと、僕が帰国したいと言っても穏当には返してもらえないだろう。だから僕はここをこっそり抜け出すしかない。とても心苦しいのだけど。
それにやっぱり教会の秘技を引き渡すことはできない。僕の知っている話とはあんまりにもかけ離れているこのカレルギアには。
それが僕が出した結論。
教会の秘儀。
それはこの世界から魔力を吸い上げ人に還元する術式。
そもそもこの世界には世界を統べる魔女様たちがいる。なのに何故かアブシウムには神様という概念が存在する。
教国の民はそのことに疑念を抱かないように教育されている。神様の名前はアブソルト様。教国の民はアブシウム教国の『アブシウム』とは古い言葉でアブソルト様に仕える者、という意味と習う。
アブソルト神、いやあえてアブソルトという『システム』と呼ぼう。
このシステムは何百年も昔の転生者アブソルト=カレルギアが魔女様の魔力回路を利用して構築したもの。魔力を操り恵みをもたらす『アブソルト神』というもの自体は存在しない、いわば偽神だ。いうならばこれは、魔力を運用する魔女様を模してアブソルトが構築した、口頭術式で起動運用する魔力運用システムだ。
そしてアブシウム以外の領域で伝わる伝説では、アブソルトがこのシステムを構築して『灰色と熱い鉱石』の魔女から魔力を奪ったためにこのマギカ・フェルムから魔力が枯渇し、そして訪れた4人の魔女はアブソルトからこのシステムを取り戻して現在の5人の魔女様が共同統治し運用する体制となった、とされている。
そしてアブソルトの意を汲む者の子孫が魔女様の怒りに触れない範囲で細々とそのシステムを改変して運用しているのがアブシウム教会だ。だからそのシステムの存在と運用方法自体がこの島の禁忌。つまりリシャさんが言うところの秘儀。
システムを利用する術式を知るためには、口外すれば死が訪れるほどの強固な守秘義務に縛られる誓約が前提となる。
もともとカレルギア帝国はこの巨島の大部分を支配する巨大な帝国だった。その当時はアブシウム教国のある範囲もカレルギア帝国の版図だった。
およそ800年前、魔力の枯渇という大惨禍がおこり、その最も影響の強い『灰色と熱い鉱石』の領域が現在の領域に縮小されるとともに、カレルギアもその範囲に押し込められ、地勢的にもカレルギアとアブシウム教国の間に二つの領域が挟まれる形で分断された。
だからこそ、このシステムの存在はカレルギアでは巧妙に隠されたのだと思う。コレドさんやリシャさんにこの国の話を色々ときいたけれど、カレルギアには何故魔力が枯渇したかという伝承の詳細は失われているらしい。ただ、昔の転生者が何かをやらかして魔力を枯渇させたというだけ。
僕が秘儀を伝えれば、この国はやがて何故この国に魔力が枯渇しているのかに気づくだろう。そして再度それを行うための方法も。そうなれば、どうなるかはわからないけれど、また戦争が起こるかもしれない。あるいはもし術式がこの島中に広まればまた島全体で魔力が枯渇するかもしれない。
僕は僕のせいで歴史を変えたくはないんだ。
「デュラはん、僕はそろそろ村に帰ろうと思うんだ」
「ええで。ほな帰ろうか」
「えっいいの?」
「でもどうやって帰るん? 多分この感じやとそうそう返してはもらえんで」
「うん、だから強行突破する。身の回りのものとデュラはんがいれば後はなくてもいい」
「はぁい。ボニたんは相変わらず謎に思い切りがええな」
僕が持ち込んだ武器の類は全部押収されたまま。
でも身分を証明する証明証やお金といった、僕がカレルギアで過ごすのに必要なものは返してもらっている。お金はまだ十分ある。場合によっては機甲の一部を購入して村で解析することも考えていたくらいだから。
だから僕はデュラはんのカゴに布をかけて、夜中にこっそり機甲師団を抜け出した。
僕はよくデュラはんと夜の散歩にでかけていた。城郭に登って時々遠くで赤く光る夜のアストルム山や、夜半にも明るく熱気に溢れたカレルギアの街を眺めていた。いつも話しかける守衛さんは快く僕らを送り出してくれた。とても心が痛い。
機甲師団は何かあった場合、例えば竜が襲ってきたときにすぐに迎撃できるように城郭外に施設が設けられている。
月が雲に隠れた夜。珍しく薄暗く陰った道を僕らは二人で歩く。いつもは楽しくおしゃべりをしているのに今日は何も喋らない。静かだ。
僕らはいつもどおり城郭に続く街路を歩き、随分離れてから反転してアブシウム教国に続く街道に向かって走り出す。
その瞬間、僕の意識は暗転した。
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