第22話 僕の立場は相変わらず微妙。

 僕が訪れたカレルギアの街は巨大だった。中央から少し北側に小高い丘があってその上には巨大な城がそそり立っていた。真下から見ればまるで雲を突き抜けるような威容。見上げてそのまま後ろにひっくり返りそうになるほど、巨大な尖塔が並んでいる。

 それから工業区域。ここには大小様々な工房が立ち並び、たくさんの人が行き交っていた。教都コラプティオもたくさん人がいたけれど、熱気というものが大違いだ。


 カレルギアの景色はコラプティオとは随分違っている。

 コラプティオは宗教都市で、どこか静謐。いうなれば、北側にある教区の白磁の塔を中心に中央に政治区、それから東南西は役割別の区画にわかれ、それぞれ業種によって整然と整備されている。街路もおおよそ政治区から八方に真っ直ぐ広がり、政治区の外縁から丸く同心円状に設けられた街路と街路が接続されている。

 けれどもカレルギアは雑多で、人いきれと熱気にあふれている。中央にそびえ立つ城の周りには貴族が住むような豪奢な邸宅とか大きな官庁が集まっているけれど、そこは目を移せば移すほどごちゃごちゃと様々な建物が混じり合っていく。おおよその区分けはあるようだけど、拡張につぐ拡張で、ごたごたと町並みと街路が複雑に絡み合い、至るところで色々な色の煙が立ち上がり、どこもかしこも活気が溢れていた。


「今日も工房をめぐります?」

「そうですね。宜しくお願いいたします」

「そうだなぁ、まだ行ってなさそうなところはっと」

「かっこええ所がええわ~」

「はいはい承りました~」

 僕らはコレドさんを案内人に、午後はカレルギア内のお勧めの工房を巡っていた。コレドさんは工房生まれだそうで、工房にたくさんの知り合いがいる。

 正直なところ、デュラはんが正直すぎて少し助かった感じ。僕がカレルギアに来た理由なんてデュラはんが見つかってしまった以上、説明のつけようがなかった。魔物の頭を連れてちゃ観光もなにもないよ。

 そもそも今回の僕らの計画では視察どまりだったんだ。

 最終目標はデュラはんの体を作ることだとしても、そもそもその機械の体というものがどういうものかがわからない。みんなが思い描いているものと同じものか、そもそもデュラはんの希望に合致するものかどうかさえ。

 だからもともと、腕を失った叔父さんがいるっていう設定でいくつかの工房で現物を確認し、おおよその説明を受けて作れそうなら見積もりを取る予定だった。

 というか、そもそもその辺の工房に行っていきなり『このデュラはんの頭に身体をつけてください』なんて言えるわけがない。捕まっちゃう。みんなは技術を盗むんだとか魔改造だとか言っていて、本当は村で作れたら1番なんだろうけどなかなかそうはいかないでしょう?

 だから今回はそもそも体を希望しているデュラはんが現物を見に来ることにしたんだ。


 工房巡りの間にコレドさんおすすめのレストランで舌鼓を打つ。

 カレルギアでは外で見たような竜種が主な食材となっていると聞いて、ちょっと驚く。肉質はちょっと硬いけど、噛むと歯ごたえがあって芳醇な肉汁が口の中にあふれる。牛の味に近いかな。肉が食べられないデュラはんに細かく味の説明をすると、へーとかふーんとかいう答えが帰ってくる。

「俺もそのうち食べれるようになるんかな」

 そのデュラはんの言葉に胸が痛んだ。

「きっとなるといいね」

 それで工房巡りをするうちに、見上げるカレルギアの空は抜けるように青く晴れているのに、僕の気分はどんどん重くなっていた。


 そもそも何故こんなことになっているかというと、最初にカレルギアを訪れた日に遡る。

 僕らはジープから降りて応接室に通された。そう、確か事務的な机の前にお茶とお菓子が並べられていた。その時デュラはんは鉄の鳥かごみたいなものに入ったまま、マルセスさんと元の世界のことについて楽しそうに話していた。


 僕が主に話しているのはリシャさんで、大きな鎧を脱いだリシャさんはこざっぱりしたシャツと作業着のようなパンツを身に着けていた。僕よりは筋肉がありそうだけど、この体型であの大剣を操っていたと考えると、やっぱりこの国の技術ってすごいのかなと思う。この技術があればデュラはんは自在に動けるようになるのかな。

 それでなんというか、妙な取引を持ちかけられた。

 デュラはんの体をリシャさんのよく知る工房で作ってもらうことを前提に、僕はアブシオム教会の秘儀の情報を教える。そう提案されている。

「悪い取引ではあるまい。どこの工房に行ってもその首では門前払いだ」

「それはそうなんでしょうけど、でも僕はもはや神父ではなく」

「それであればまさしく好都合。死んだと扱われているのであれば誓約も破棄されているだろう。他に情報を漏らしても問題はあるまい」

「……詳しいんですね。けれども僕の身分がどう扱われているのか、僕にはわからないんです」

 アブシオム教会の秘儀。

 それは軽々に話していいようなものには思われなかった。この世界、特にこの島の根幹と運行にかかわるものだ。それを他国の人、特にこの国の、多分軍部の人に伝えるわけにはいかない。このリシャさんはおそらくその概要を知った上で僕に尋ねているのかも。


 そもそもアブシオム教国の中ですら、教会の秘儀は禁忌だ。教会に所属する者は所属する際に決して口外しないことを誓約する。死んでしまえば所属は外れ、誓約も破棄されることも多いけど、誓約が残った状態で中身を口外しようとしたらその術の作用で多分僕は死んでしまう。それほどの秘密。

「ふむ。そうすると所属の確認が先か」

「ボニたん、俺別に体なくてもええよ。特に困ってへんし」

「だがステータスカードがないと貴殿も不便であろう?」

 コラプティオで囚われた時点で僕は身分証、いわゆるステータスカードは奪われていた。ステータスカードを再発行すれば、そこに所属が表示される。教会の所属のままであればおそらく誓約はまだ生きている。けれども教会が僕のカードをまだ管理していた場合、カードを再発行すると教会に残したカードが無効化するから僕が生きているのがバレてしまう。

「なんなら亡命してもらっても構わんぞ」

「僕には住んでいる村があるんです。それに……」

 これまで村を離れるということは考えてはいなかった。僕は気キウィタス村が大好きだったし、みんなが僕を匿ってくれていた。けれども亡命してしまえばキウィタス村の人たちや村に残ったあの子たちはもう会えなくなるだろう。アブシオム教国にはもう戻れないだろうから。

 やっぱりキウィタス村は僕とデュラはんの心の村なんだ。


「まぁ急いで決める必要もない。決めるまで滞在すれば良い。かわりに監視はつけさせて頂く。魔物を持ち込むのだからそこは了承してもらう。それからデュラはん」

「なん~?」

「貴殿には調査の協力を頼みたい」

「何の調査するん?」

「第一は貴殿が安全であることを確認するため。第ニは本来、この国には妖精は存在し得ぬのだ。だから貴殿の体、首? を調査したい。かわりに便宜を図ろう」

「体? やらし~? まあええよ」

 いつのまにかリシャさんはデュラはんと話をしていて、僕がぼんやりしている間に色々なことが取り決められていった。

 僕とデュラはんはリシャさんの隊の宿舎の一室を間借りして、そこで滞在しながらカレルギアの街を観光をしている。僕らの話が信じてもらえたのかどうかはわからない。けれどもやはり、魔物を連れ歩くことは治安上問題があるだろう。デュラはんは客観的には魔物の頭部で、安全だっていう証明はしようはないんだから。

 だから常に誰か、たいていはコレドさんが一緒について回ってくれている。コレドさんは軽いノリの人だったから、あまり監視っぽい感じはしなくて気が楽だった。それになによりコレドさんは隊の腕章をつけていて、デュラハンのカゴを手に持っていても街の人には新しい機甲か何かの実験だと思われていたようだ。だからデュラはんもゆったりと観光することができた。

 

 それから今、デュラはんは午前中にリシャさんの研究に付き合っている。

 なんだかよくわからないコードみたいなのを付けられて、魔力とかそういったものを測られている。僕らがリシャさんの隊の便宜を受けられているのはデュラはんが研究に協力しているからだ。デュラはんが協力しなければ僕らの滞在はもっと窮屈だっただろう。

 僕は返答を保留にして、デュラはんの協力におんぶにだっこでカレルギアの生活を満喫している。もやもやする。どうしたらいいんだろう。

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