第16話 僕とデュラはんが訪れた領境の町キーレフ
領域を超えた時、少しだけピリリとしびれる感覚が全身を覆う。肘を打ってしびれるような感触?
けれども同時に鞄の中から『ぐぁ』という小さな音が聞こえ、急いで鞄を少し開けて確認すると、デュラはんが目を回していた。
「デュラはん! 大丈夫?」
「めっちゃ気持ち悪ぅ」
「動ける?」
「うーん動く? よう考えたらボニたんに動かしてもらわんと俺動けんやん。やから変わらんかも」
いててと片目を潜めている。そういえばいつも飛び跳ねる子たちを見てたから動けなくなったら困るのかなとなんとなく思っていたけど、デュラはんはもともと動けないんだった。
急に心臓が痛くなる。
デュラはんは僕を助けるために体を失った。デュラはんは全然気にしないって言ってたし僕が運んでいたからそのうち気にならなくなっていたけど、やっぱり体がないと嫌だよね。ごめんなさい、デュラはん。
「どしたん? ボニたんも気持ち悪いん?」
「……ううん、ちょっとピリっとしたけど大丈夫」
「ピリ? 俺は髪の毛掴まれて全力疾走された時みたくグワングワンしたわ」
「うわ、それ気持ち悪そう」
心配になったけれど、とりあえずそれは一瞬のことだったらしい。
僕も領域を超えた違和感はすぐに立ち消えた。
しばらくそっと観察していたけどデュラはんにも特に異常はないようだ。魔力が枯渇するとしても、流石にすぐ枯渇するということもなさそう。でもとりあえずこの領境の町キーレフに少しとどまって様子を見る。
カレルギアまではここから5日。お腹が空いたとか気持ち悪いとか異常がなければ出発する。
……魔道具のエネルギーが切れた時みたいに突然動けなくなったりしないよね?
念のために魔力ポーションは少し持ってきたんだけど。
というわけで僕は宿をとって、外を見たいというデュラはんを窓際に置いた。
「ふわぁ。めっちゃ爽快」
「やっぱりずっと鞄の中だと窮屈だよね」
「ああ、別にええんやで。ボニたんも馬車の中窮屈やったやろ?」
「でもデュラはんほどじゃないよ。せめて移動中も外が見えたりできるように工夫できればいいんだけど」
少し乾いた風がデュラはんの黒髪を揺らす。
高速馬車は速度優先だから車中泊。
毛布なんかの最低限の設備はあるけれど、時折挟まれる食事休憩の時間以外はずっと車内。移り変わる風景を眺めるのは楽しかったけど、体が縮こまっていて手足がカチコチになっていた。
キウィタス村に来るときも僕は徒歩だったから、馬車はなんだか憧れだったけど、乗ってみると思ったほど楽じゃない。高級馬車なら違うのかな。
うーん、とベッドに手足を伸ばすと、体の中からパキパキ乾いた音がする。
久しぶりの手足の伸ばせるふかふかの布団が気持ちいい。
「それにしても大分違うんやねぇ」
「僕もびっくりした。変な感じ」
ここは領域の、境界ぎわの町。
とはいっても領域境界に塀や堀があるわけじゃない。けれども領域が切り替わっている場所は一目瞭然だ。その境界で、景色がくっきりわかれている。僕らがやってきた領域は草と木に覆われているけれど、キーレフのある『灰色と熱い鉱石』の領域には緑がほとんどなくて赤茶けた土で覆われていた。木の形もぜんぜん違うし見かけない。
「デュラはん、何か異常はない? 気持ち悪くなったりお腹が空いたりとか」
「いまとこ何も変わっとらんな。入った時は気持ち悪ぅなったけど、今はかわらん」
「そっか。念の為しばらくこの町にいるけど、どっか行きたいとこはある?」
「うーん、お土産物屋さん?」
「まだ来たばっかりだよ」
「おもろいもんあるかもしれんやん?」
キーレフに到着したのはお昼過ぎ。少しゆっくりして日が落ちて、デュラはんを持ち歩いても目立たなくなってから外に出る。
異国の町。僕にとって初めての町の夜はわいわい賑やか。
カンテラの灯りがたくさん浮かび、その下で屋台が並んでいた。
なんとなく教都コラプティオの屋台街を思い出す。屋台の形は大分違うけれど、夜になると屋台区画がこの街と同じように賑わっていたのを教会塔の自室から眺めていたのを思い出す。
もうコラプティオには戻れない。けれど少しだけ懐かしい。
暗いから大丈夫かなと思って鞄のふたを半分めくってデュラはんが外を見えるようにする。目以外はハンカチで覆ってる。時々鞄から歓声が聞こえるからデュラはんも楽しんでいるに違いない。
けれども空しか見えないとつまらないよね。デュラはんが外が見えるような鞄って何かないかなぁ。キョロキョロしながら探すけれど、鞄の横に穴を開けないと結局外は見れないかもしれない。
そんなことを思いながら上を見上げると、砂糖菓子のような星がたくさん夜空に煌めいていた。
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