第14話 私の国、赤と黄色のカレルギア
この『灰色と熱い鉱石』の領域で最も高いアストルム山中腹から世界を眺め下ろす。
木の生えぬ赤茶けてゴツゴツした岩山はその裾野でようやく黄色い砂と混じり始め、その合間にポツリポツリといくつかの町やオアシス、それから僅かな緑の集まりが点在している。
これがこの領域の南側の主な景色。
そしてそこからさらに先、かぼそく見える灰色の街道をにょろりと辿って地平線の少し手前まで目を移すと唐突に一本の線が引かれたように、そこから先が濃淡様々な緑色で埋め尽くされる。あそこが魔女の領域線だ。
あそこから先の緑は我が友『灰色と熱い鉱石』とは異なる魔女の支配領域。
ここはマギカ・フェルムと呼ばれる5人の魔女が統治する巨島。
島の真ん中にある魔女たちの共同統治領域を中心に、放射状に5人の魔女がそれぞれの領域を管理する。ここ『灰色と熱い鉱石』は最も古く、他の魔女の領域より少し狭く、島の北東部に位置する。
そしてこの領域内には3つの国が存在する。そのうちの1つがカレルギア帝国。
そして私はその第一皇女、リシャール=カレルギア。カレルギア第一機甲師団師団長。そして同団兵装開発部顧問。私の肩書きは他にも様々あるが、本日私はこの肩書きでここにいる。
とはいっても今は哨戒中で悠々としたものだ。部下がアストルム山を採掘しているのを見守っている。
アストルム山は城から見ると煙を吐く赤茶けた山にすぎないが、その内部には多くの鉱脈がある。今回の目的は3つ。1つ目は魔力伝達率の極めて高い鉱石の採掘、それから……。
「姫様! 7時方向高度プラス150に中型フレイム・ラフィノス。9時方向に旋回しつつ接敵。接触予測72秒後」
「私が迎え撃つ。お前たちは待機だ」
通信機から聞き慣れた観測手の声。指示に従い部下たちは速やかに採掘場の守備配置につく。
ちょうど良く、2つ目の目的がやってきた。
[起動:大剣]
ゴーグルを目深に下ろし、背負う大剣の柄頭に触れれば鞘が分離し落下したゴトリという音する。黄金色に輝く刀身を体前に晒しながら、足早に採掘場から離れる。ようは囮だ。敵が採掘員ではなく私に注意を向けるように派手な得物で立ち回る。
不意に赤い山に乾いた風が吹き付け、僅かに気温が上昇した。
フレイム・ラフィノス。
炎耐性のある翼竜種。
その体温は極めて高温。上昇気流を巻き起こしながら超速で空を舞い、周囲の大気を燃やしながら獲物に襲いかかる。こちらに向かう熱風の先鞭が届き始めた頃、視界に砂つぶのような赤い点が現れた。
左右を見渡し少し小高い丘に陣取る。その頃には視界左前方を大回りに旋回しながら迫り来るラフィノスが大きく翼を広げた。
[展開:防壁]
唐突に風にまざって襲いくる石つぶてと熱波。それ合わせて展開したシールドにガツゴツという無骨な音が響き、それと同時に体を低く地に這わせてラフィノスの最初の突撃をやり過ごす。
ゴォという音を響かせ背中すれすれを巨体が通り過ぎる圧を足を踏み締め腹に力を込めて耐える。ガリと地面に足がめり込んだ。この足を覆う
頭上を通過する上昇気流の行方を視線で追いかけ、後方でラフィノスが再び大きく旋回を開始するのを確認する。
体長5メートル。尻尾をいれると10メートルほどの大きさか。ゆっくり遠ざかるラフィノスはこのまま右手方向に大きく旋回して第二撃を私に加えるつもりだろう。
上空超長距離からの加速と重力の加わる最初の突進こそ避けざるを得なかった。それはもう目で追うこともできない速度と威力。だがそれを過ぎれば中距離の下方からの突撃だ。初撃と比べて格段にその力は低く遅い。
この時だ。この時を待っていた。
早くこい。
[付与:氷結]
ガントレットの力を開放し大剣に氷の力を付与する。キィンという音とともに大剣の刃はうす青く色を変じ、ラフィノスによって上昇した大気温をその刀身に接する部分を中心に引き下げてゆく。ピキピキと大気中の水蒸気が凍結していく音が心地よい。
目をやると山肌に沿うように下方からラフィノスの急接近して来た。だが今度は目で追える速さ。
[付与:共振]
ふっと息を止め、太陽の光を反射する大剣を大上段に振り上げると同時に小高い丘から飛び降りる。あとはゴーグルがラフィノスの位置と弱点を自動で把握し、ガントレットが最適の打撃を加えるよう力加減を調整するだけだ。
勝負は私が丘を蹴った時にはすでに決まっていた。空中というものは案外不自由だ。この距離であればラフィノスは方向を変えられない。
私が再び地面に足をつけるより前。私より重いラフィノスが真っ二つとなり地面にドゥと崩れ落ちる音が響く。そして砂埃が舞い上がる。
[解除:全]
急に腕にかかる力が軽くなる。
コマンド入力とともに剣から力は失われ、その刀身は鋼の色に戻る。
大剣姫。
そう呼ばれることもあるけれど、私のメイン武器はガントレットとソルトレット、つまり機械装甲だ。これに様々な各種武器防具をフィッティングし、適したコマンドを入力することで最大の力を得る。もちろん多少は体を鍛えてはいるけれど、巨大生物と闘うには一個人の力には限界がある。特にこの魔力の乏しい『灰色と熱い鉱石』では。
だから私は最小の力で最大の効果を得ることのできる機甲師団に所属し指揮している。
遠くから輜重担当の部下二人が駆け寄ってくるのが見えた。
「あーあ、姫様また真っ二つにしてら」
「仕方ないだろ、一番打撃が効くよう剣をフィッティングしてあるんだから」
「そうは言ってもねぇ。せっかくの魔石が真っ二つになってたら意味ねえし」
私はあわてて反論を試みる。
「いや、重心をずらせば一撃で倒せない可能性があるじゃないか。それに素材をきれいに取るには傷は最小限が鉄則だ」
「最小限っていうなら首を落とすとかさぁ。これ、頭から尻尾まで真っ二つって素材としては損傷大きいんじゃねえの」
「む。だが。革にするにしても片面2メートル四方はゆうに取れるだろう?」
フレイム・ラフィノスの革は耐火性能が極めて高い。溶岩地帯での戦闘や火竜と闘う際のよい防具になると聞く。2メートルの人間なぞおるまい。うむ。
「あのね、姫様。2メートルの人間がいないから50センチ四方×4が無駄になんの。首を落とせば1メートルが何枚とれると思ってんの?」
「うー!」
「おいコレド、あんま姫様いじめんな。そもそもこれの首を落とすとか至難の業なんだぞ。超早ェのを脇から切るんだかんな。姫様、こいつを一撃で屠るってこと自体がスゲェことなんですぜ。だから気になさんな」
「むぅ。では次は首を落とせるコードを組む」
「いや、安全第一だべ。今までと同じで結構結構。それに目的は採掘だかんな」
死体となったフレイム・ラフィノスは採掘場に運び込まれ、既にその体の関節部分に点在する魔石の採掘が始まっている。ここの魔物は死ねば鉱山となるのだ。
私達の目的の第一はアストルム山を掘って鉱石を採掘することだが目的の第二は魔物を狩って魔石を得ること。魔力の乏しいこの国では魔物の体内で生物濃縮され固形化した魔石を魔力の代わりとして使用する。この機甲を動かすためにも多くの魔石を消費する。
「でも姫様、流石にフレイム・ラフィノス相手に大剣で氷の術式はどうかと思うべよ」
「やはりそうか」
「費用対効果が悪ぃんじゃねえかなぁ。多分倒したラフィノスの魔石の半分くらいの魔力を消費したんじゃねえの」
「そんなにか。キラキラ霜が降りてたのは綺麗だったが、必要性は乏しいよな」
「んだんだ。使うなら大剣じゃなくてショートソードとかさ、そのくらいでピンポイントに必要なときに使うのがええと思うよ」
「なるほど。工房と相談しよう」
そして第三の目的は新規開発した兵装の試用だ。
今回はこの大剣に氷魔法を付与させる術式の試用を試みた。効果はあるようだったが、確かにそれなら以前に使用した炎の術式のほうが省コストであるように思われる。……あれはあれで肉や革が焦げるという苦情が上がったしな。うーむ。素材を傷めずに費用対効果の良い運用か。
今回の結果をもとに兵装開発部と協議しよう。
実際のところうちの兵装開発部が開発したものは新規性が強すぎて使えないものも多い。この間も一人で龍種を倒すことを目的に体長5メートルもある巨大な兵装を開発したが、巨大すぎて各部パーツの接続にラグが発生した。正直使い物にならぬ。跳躍する時に右足と左足の動きがズレるのでは恐ろしくて纏えん。全てを賄えるような巨大な魔石でもあればなんとかなるのかもしれないが。
そう思って目を上げれば、いつもと同じ抜けるような青空が広がり、何頭かの龍がのんびりと泳いでいた。
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