第13話 坂道

 駅から家まで続く坂道の両脇は、鬱蒼とした木々で覆われていた。


 街路樹、というよりも、いっそ林といっていいだろう。両脇から伸びた梢は道路の中ほどまでを覆い、緑のトンネルの中を通っているかのようである。昼に見たときは風情があり、美しいと感じたその光景も、夜となると話は別だ。


 坂を上っていたのである。


 仕事帰りであった。

 もう時計の針は零時を大きく回っている。時間が時間だけに、人影はない。ただ木々のざわめきと、自分の足音だけが、長く伸びた坂道に木霊している。

 手入れをされていないのであろう電灯の、仄青い光が、ときたま、じじ、と鳴き声をあげ、点滅しながら道を照らした。


 その光の中に。ふ、と影が通ったのである。


 目を瞬かせる。

 今のはなんだ。

 小さな影であった。自分の腰ほどの、影――人影――が、電灯のスポットライトに登場し、あっという間に去っていった……そのように見えた。

 立ち止まり、目を凝らしても、道の先には誰もいない。ただぽっかりとした暗闇が広がっているだけである。

 見間違いか。

 一度首を振り、足を踏み出したその先。

 別の電灯の下に、また、ふ、と現れるのである。

 ぞわりと背中を虫が這う。

 影は、子供のように見えた。頭ばかりが幾許か大きい。ことりと首を傾げた姿で、ふ、と現れ、瞬きすると消えてしまう。

 気味が悪い。

 早く、家に帰らねば。


 歩く。

 現れる。

 歩く。

 現れる。

 歩く。

 現れる――。


 たまらず、駆け出した。


 明らかに人ではない。

 こんな夜中に、子供が一人で出歩くこともおかしければ、電灯の下だけに現れることも不可解だ。


 そも、影だけが伸びているというのに、その本体はどこにある。


 風景が、後ろに飛んでいく。次々に現れ、流れていく電灯の下に、あの影が立っている。

 走る、走る。

 おかしい。こんなにこの坂は長かっただろうか。

 もうとうに上り切っているはずではなかったか。

 息が上がった。喉が張り付き、息もうまく吸えなかった。

 それでも走る、走る……。ぼんやりと、光が見えた。坂の終わりだ。もうすぐだ、もうすぐ……抜けた!


 やけに、眩しかった。昼間のような明るさに、目を瞬かせた。耳障りな音。ブレーキの。


 視界いっぱいに広がった、白い光の中に、ふ、と。

 

 ふ、と、影が、現れたのである。


 

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ツクモノカタリ【ホラー短編集】 野月よひら @yohira-azuma

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