第41話 涙のソースカツ丼

「はい! 並んで! 並んで!」


「数はあるから! 焦らないで大丈夫!」


「そこ! 割り込み禁止! 割り込んだらメシ抜きだぞ!」


 ソースカツ丼は出来上がった順に供された。

 拠点の住人たちが、我先にと群がるのを、俺、リク、井利口さんのチームが整理をする。


 マリンさんと柴山さんは、生活魔法クリーンの係だ。

 ソースカツ丼を受け取る前に、二人がクリーンをかけて、拠点の住人たちを清潔にするのだ。


 なにせ日本から転移して二十四日経っている。

 ほとんどの人が着替えを持っていない。

 水魔法で顔を洗ったり、濡らしたハンカチで体を拭ったりしているが、『ボロッ!』とした感じは拭えない。


 ソースカツ丼に群がる住人は、亡者のようだ。


「ウォーキング・デッドのリックの気持ちがわかるぜ!」


「ミッツ! 撃つなよ! 彼らは、生きているからな! 絶対に撃つなよ!」


 俺のつぶやきにミッツがつっこむが、米ドラマのウォーキング・デッドよろしくゾンビに一発ぶっ放したくなるほど、みんなくたびれているのだ。

 服だけでなく、表情や姿勢もくたびれている。


 ソースカツ丼を受け取った人は、人目を気にしてドンブリを隠すようにしてかき込みだした。


「ああ~~~」


 俺の近くでソースカツ丼を食べ始めたおじさんが、涙を浮かべている。


「はむ……、はむ……、ふっ……、ふっ……、はむ……、はむ……、ふっ……、ふっ……」


 食べるのか、泣くのか、どちらかにすれば良いのに。

 苦労したけれど、町を見つけて食料を持ち帰って良かったなと心から思えた。


 ソースカツ丼を食べた人の中には、笑顔で俺たちに礼を言う人も出てきた。

 きっと気力を取り戻したのだろう。

 やっぱ、メシはちゃんと食べなきゃダメなんだな。


「リク。大変だったけど、行って良かったな」


「ああ。マジでキツかったけど、こうして感謝されると……な?」


「そうだな」


 だが、そんな『ほのぼのタイム』は、長く続かなかった。


「ご飯が切れた! 次の鍋でご飯が炊き上がるまで、少し待ってくれ!」


「「「「「「「「「「ええ!」」」」」」」」」」


 列に並んでいた人たちから、失望の叫びが……!

 不味いな……。

 また、雰囲気が悪くなった。


 次のご飯が炊き上がるまでなのだが、大きな鍋だから時間がかかりそうだ。

 それに、並んでいる人たちは、日本から異世界に転移して、ずっと我慢をして来たわけで……。

 次のご飯が炊き上がるまで、大人しく待ってくれるかな?


 俺、リク、井利口さんが、顔を見合わせてどうしようかと頭を抱えた。

 するとマリンさんが、猫獣人ココさんたちを引っ張って来た。


「ねえ。ココさんたちを、並んでいる人たちに紹介して、町の話をしたらどうかな? 時間を稼げると思う」


「「「そ! それだ!」」」


 急遽企画が決まった。

 マリンさんと柴山さんが司会をして、ゲストに異世界四人組を迎える態で、バラエティ番組のような雰囲気で企画は進行した。


「へえ。そうすると獣人というのは、色々な種族に分かれているのですね!」


「そうニャ! ウチらは猫族ニャ! 他にも虎族、獅子族、狼族、熊族など沢山の種族がいるニャ!」


「ノースポールの町には、どんな種族がいますか?」


「ノースポールはノースポール辺境伯の領都だけあって、人が多いニャ。獣人も沢山の種族が活動しているニャ」


 領都ノースポールの一般的な情報から、獣人やエルフに関する話まで、マリンさんと柴山さんが、上手く質問をして答えを引き出している。


 魔法について、生活魔法クリーンやパーティー編成についてと、話題は多岐にわたった。


 列に並んでいる人たちだけでなく、食べ終わった人や拠点の外から帰ってきた人も熱心に話を聞いた。


「お待たせー! 出来たぞー! さっき食べてない人たちに、順番に配るぞ!」


 再びソースカツ丼が配られ始めた。

 鋼鉄の料理人津田さんが、気を利かせて俺たちの分を取っておいてくれたので、順番に食べることにした。


 俺、マリンさん、猫獣人ココさん、盾役のブラウニーさんが、先にいただくことになった。


 野営の時に使っている厚手の布を敷いて、座って食べ始めた。

 オークのカツはジューシーで、歯を立てるとサクッと噛み千切れる。


「ああ! オークのカツ旨い!」


「本当だね! ロースカツだよ! 脂は偉大だよ!」


 マリンさんも夢中で箸を動かす。


 キャベルに似た野菜もシャキシャキして、カツの付け合わせに最高だ!

 そして、ごはんをガッツリと口いっぱいに放り込む。


 モキュ! モキュ! モキュ! モキュ!


 あー、幸せ……。


 俺とマリンさんは、がっついて食べたが、猫獣人ココさんと盾役のブラウニーさんは、スプーンを持ったまま固まっている。


「どうしたの?」


「本当に水麦を食べるのだな……」


「ビックリしたニャ!」


「ああー!」


 二人にとってお米は、家畜が食べる水麦なのだ。

 家畜の餌を俺とマリンさんが、ガツガツ食べるから驚いたのか。


「無理にとは言わないけれど、食べてみれば美味しいと思いますよ」


「私たちの故郷では、毎日食べる物ですから。違和感はあると思うけど、試してみて下さい。上にのっているカツだけでもどうぞ」


 俺とマリンさんに勧められて、猫獣人ココさんと盾役のブラウニーさんは、恐る恐る食べ始めた。


「あっ! 美味しい!」


「本当ニャ! 旨いニャ!」


 二人が目を丸くする。

 最初はゆっくりだったが、二人の食べるペースが上がった。


「そういえば、領都ノースポールには揚げ物がなかったよね?」


「あー、そうですね! 揚げ物はパワーの源ですけど、ないのかもしれませんね」


「ないニャ! こんな美味し料理は初めて食べるニャ!」


「揚げ物というのですか! オークの肉は、よく食べますが、料理法でこんなに味わいが変わるとは……。日本恐るべし!」


 どうやら、勝利してしまった。

 二人はソースカツ丼を残さず平らげ、お代わりを欲しそうにしていたが……。

 残念でした!

 そこまで余剰食糧はありません!


 しかし、『揚げ物はパワーの源』というマリンさんの言葉を聞いてしまった。

 俺は、二十年後のマリンさんの体型を想像して頭を悩ませるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る