第16話 町を探して探索の旅6~リクの動揺

 日記に書いてあったジックザハラットは魔王かもしれない。

 魔王ジックザハラットが、俺たちが泊まった神殿に接近したから住人たちは逃げたのかもしれない。


 推測に過ぎないが、リクは信じてしまったようだ。

 大急ぎで神殿を離れると来た道を駆け足で戻りだした。


「リク! 待てよ!」


「ミッツ! 急げ!」


「待て! 待てってば!」


「バカヤロウ! 急げ!」


 ダメだ……。

 リクはテンパっちまってる……。


 俺はリクの肩に手をかけて力尽くで停止させた。


「グッ! イテエ!」


 そりゃ痛いだろう。

 スキル身体強化のレベルが上がっているんだ。


「リク! 悪い! けどな、マリンさんと柴山さんを見ろよ!」


「えっ!?」


 リクがあまりにハイペースで走るから、二人は全力疾走を余儀なくされた。

 マリンさんと柴山さんは、スキル身体強化を持ってない。

 生身でスキル身体強化持ちのリクが走るのについて行くのはキツイ。

 短距離ならまだしも、長距離を走るのは、そもそも無理だ。


「ハアハア……リクさん……待って……」


「ゼエゼエ……死ぬ……死ぬ……」


 マリンさんと柴山さんは、息も絶え絶えに追いついてきた。

 二人の様子を見て、リクが驚いた顔をする。


「あっ……ごめん!」


 リクの表情が、いくらか戻った。

 俺はゆっくりと、リクを刺激しないように、口調に注意しながら質問した。


「リク。どこへ行くつもりだったんだ?」


「そりゃ……拠点へ!」


 リクは拠点――俺たちが転移してきた場所、神殿へ帰ろうとしていた。

 俺は、ゆっくりした口調で質問を続ける。


「なぜ? どうして拠点へ帰るんだ?」


「そりゃ! 戻って戦わないと不味いだろう! 戦力が必要だ!」


「魔王ジックザハラットと戦うのか?」


「他に何がある!」


 リクは拠点に帰って、戦うつもりだった。

 自分だけ逃げようとしない。

 イイ奴だな……。


 リクとは、まだ短い付き合いだけど、俺はすっかりリクを気に入っていた。


 俺はリクの言葉に『ウンウン』とうなずいた後、心配無用だと告げる。


「リク。拠点には佐伯君たちがいる。愉快な勇者佐伯君と! 掃いて捨てるほどの勇者と賢者と聖女が! ダース単位で!」


「あっ……」


 気が付いたか。

 リクが放心したように、目を空に泳がせた。


 俺はリクが落ち着けるように、明るく、力強く、言葉を続ける。


「仮に魔王ジックザハラットが存在していたとしても、既に過剰戦力だと思うぜ。ボコボコにされる未来しか見えねえよ。急いで戻らなくても大丈夫さ!」


「そ、そうだよな……! スマン、テンパってた……」


「いいんだよ! いつも俺が動いて、リクが止めてくれるんだ。逆のこともある。お互いフォローすればいいんだよ」


「ハッ……! だな……」


 リクが自嘲気味に笑う。

 イケメンは何をしてもイケメンだ。


「リク、とりあえず休憩だ。周りに魔物がいないかスキルで確認してくれ」


「あ、ああ! オーケーだ。木が多くて百パーじゃないが、スキルに反応はない」


「よし!」


 俺は神殿で回収したテーブルや椅子をアイテムボックスから取り出し、森の中に並べた。

 続けて、火を起こす魔道具とこじゃれたデザインのヤカンをアイテムボックスから取り出し、マリンさんにスキルで水を出してもらいお湯をわかす。


「この紅茶みたいな葉っぱが気になってたんだ。飲んでみようぜ!」


 そして、アイテムボックスから茶葉とティーセットを取り出す。

 俺の言葉に、マリンさんと柴山さんがのってくれた。


「わ! 森の中のお茶会ですね!」


「ミッツさん! お砂糖も使ってみましょうよ!」


「おお! いいね!」


 重かった空気が、どこかへ飛んでいくようだ。


 茶葉は紅茶だった。

 マリンさんによると、かなり濃い味で、甘いケーキと相性が良いそうだ。

 ケーキはないので、神殿の食堂で見つけた砂糖をドバッと投入してみる。


「あ……あま~!」


「はー! 久しぶりのお砂糖ですね!」


「僕の脳がとろけていますよ。砂糖って偉大ですね」


「ミッツにしちゃ、ファインプレーだったな!」


 リクがニヤリと笑って、俺にからんできた。

 調子が出てきたな!


 砂糖入りの紅茶をみんなおかわりして、落ち着いたところで俺は次の行動について提案した。


「俺は、このまま町や村を探そうと思う。新しく神殿を発見して、色々な情報を手に入れることが出来た。けれど、塩とか、服とか、タオルとか、拠点で不足している物は、まだ十分な量を手に入れてない。特に塩は入手しないと不味いだろう」


 塩分の取り過ぎはダメだけど、塩分の不足も不味いらしい。

 鋼鉄の料理人たる津田さんによれば、塩分不足で病気になってしまうそうだ。

 津田さんからは、塩は優先して多めに調達して欲しいと頼まれている。


 マリンさんが、アゴに指を添えながら


「ん~、確かにそうよね。あの神殿で色々物資調達が出来たけれど……。拠点の人数で二千五百人以上いたでしょ? 全員分には足らないわね……。拠点に帰るか……、このまま探すか……。迷うわね」


 マリンさんは、迷っている。

 どちらか決定できないようだ。


 マリンさんに続いて、柴山さんが意見を表明した。


「私は大きい町を探したいですね。僕たちは神殿で色々な情報を得ましたが、真偽のほどはわかりません。ジックザハラットが魔王ではないかというのも、あくまでも推測ですし……」


「柴山さんとしては、もっと調査が必要だと?」


「ええ。僕は、この世界の文明は、古代エジプト文明やギリシャ文明レベルだと思っていたのですが……。あの神殿で、かなり進んだ文明が存在することを確認出来ました。であれば、町を見つければ、もっと精度の高い情報が得られるであろうと。ですから、継続して町を探すことに賛成です」


「わかった」


 これで賛成が二票だ。

 リクに目をやると、リクは俺を真っ直ぐ見て質問してきた。


「ミッツは、魔王のリスクをどれくらいに考えてるんだ? そこを確認したい」


「リスクはあまりないと思う」


「なぜだ!?」


 リクが眉根を寄せる。

 俺は、頭の中を整理しながら、気になっていたことを話し始めた。


「あの神殿で気になったことがあるんだ……。それで、リスクは低いかなと思っているのだけど――」

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