最終話 Smile & Kiss

蓮司は個展が終わって4ヶ月後にニューヨークに旅立つことになった。


「本当に銀髪でいいのかなー」

「大丈夫だよ。うちの両親、あんまり他人ひとの見た目にどうこう言う人達じゃないし、猫好きだから、理由言ったら逆に喜ぶんじゃない?」

菫が笑って言った。

「なんかスミレちゃんの親って感じ。」

「あ、でも…“スミレちゃん”て呼んだらお父さんが怒るかも。」

「スミレさん、スミレさん、スミレさん…」

珍しく緊張している蓮司に菫は笑ってしまう。


蓮司の強い希望で、ニューヨークに行く前に入籍だけは済ませることにした。

「2年間一人にしといたら、絶っ対悪い虫がつく…。絶対指輪外しちゃダメだよ…」

「虫って…大丈夫だよ。でも、素敵な指輪ありがとう。」

菫の相変わらずの呑気な様子に蓮司は若干心配になる。


「蓮司のご両親は正直意外な感じだったなぁ。」

「俺はじいちゃん似だからね。」


日々は目まぐるしく過ぎて行った。


「スマイリー…やっぱ一緒にニューヨーク行くか?」

———ニャア〜

「ダメだよ!スマイリーは私と日本にいるの。」

「猫がいない2年に耐えられる自信がない…」

「2年間全く帰ってこれないわけじゃないでしょ?ビデオ通話でも会わせてあげるよ。」

「触れないとか拷問じゃん…」

「もー!」



出発当日 空港

「じゃあ、行ってくるね。」

「うん…」

「寂しい?」

「うん…」

「一緒に行く?」

菫は首を横に振った。

「つれない。」

蓮司は笑った。

「蓮司…」

「ん?」

菫は蓮司の首に腕を回して抱きついた。

「蓮司なら、一人でもちゃんとできるよ。」

「うん…見てて。」



蓮司がニューヨークに行ってからも、ミモザカンパニーからは一澤 蓮司の商品シリーズが発売されていた。

「今日一澤さんとウェブ会議するけど、スミレは参加しなくていいの?」

「いい いい。後で内容共有して。」

菫は恥ずかしがって参加しようとしない。

「結婚したなら恥ずかしがる必要ないじゃない。」

菫は首をぶんぶん振って拒否した。


「今度ね、また新しいイラストレーターさんに声かけた新商品が発売になるの。」

「へぇ。楽しみだね。」

菫はプライベートの時間で蓮司とビデオ通話していた。

「ところでスミレちゃん、なんで俺とのウェブ会議参加しないの?」

「…だってみんなニヤニヤしてこっち見るんだもん…」

「そんなの最初だけだって。早く慣れてよ、一澤 菫さん。」

蓮司は笑った。


蓮司は現地のメディアの顔出し取材も受けるようになっていた。

「スマイリー見て、蓮司がまた出てるよ。舞台衣装のコンセプトデザインにも挑戦、だって。」

———ニャァ

蓮司のアトリエで暮らすようになった菫は、長机でノートパソコンの画面をスマイリーに見せていた。

「写真だと少し痩せて見えるね。」

———ミャア

いつも返事をするように鳴くスマイリーに菫は笑顔になる。

「…静物画をメインに描いてきたが、最近は猫の絵を描くことも多い…って、猫がいない禁断症状出ちゃってない…?大丈夫かなぁ?」

———ニャア

菫はスマイリーをぎゅっと抱きしめた。

(私も蓮司の禁断症状出ちゃいそう…)



蓮司の帰国がいよいよ明日に迫った日の午後。

穏やかな日差しのなか、菫はいつものように長机でパソコンに向かっていた。

(明日…帰ってくるんだ…)

蓮司はニューヨークでも個展を成功させ、その様子は日本の美術雑誌や美術系のWEBサイトでも取り上げられた。

“ニューヨークの色彩が一澤 蓮司の世界をひろげた”

“絵画以外にも挑戦し、新たな可能性を感じさせる”

(すごいなぁ…ちゃんと結果残してる。ひさびさに会うの、ちょっと緊張しちゃうなぁ…)

菫はうとうとと眠気に襲われ、長机に伏して仮眠をとった。

菫は久しぶりに銀色の猫が出てくる夢を見た。


「……ちゃん、スミレちゃん」

誰かが呼ぶ声がする。銀色が目に入る。

「…ん…サクラ…?」

菫が寝ぼけて言う。

「サクラ?サクラがどうかした?」

聞き覚えのある声と、知っている顔に、寝ぼけまなこだった菫の意識がハッキリし、フリーズする。

「———え!?なんで…!?」

菫の反応に蓮司が笑う。

「1日早い便が取れたから、帰って来ちゃった。」

———ニャア〜

スマイリーが蓮司に飛びつく。

「スマイリ〜!!会いたかった!ちょっと太ったか?」

蓮司はスマイリーの身体に顔をうずめた。

「帰って来ちゃった…って、連絡してよ…ひさびさに会うのにこんな服…髪だって…」

「ひさびさに会うから、普段のスミレちゃんに会いたかったんだよ。スミレちゃんは隙がある方がかわいいから。」

「…ひどい」

菫は不機嫌そうな顔になる。

「ごめんごめん。スミレちゃんにプレゼントがあるから機嫌直して。」

そう言って、蓮司は紙を一枚差し出した。

「え、これ…」

「ニューヨークに一人でいたら、スミレちゃんのことばっかり考えちゃってヤバかったけど…そのかわり、スミレちゃんに最高に似合うだろうなってデザインができた。」

それはウェディングドレスのデザイン画だった。

「ヴェールにスミレの刺繍をいれてて…まぁ本職じゃないから、細かいところはドレス屋さんと相談しないといけないけど。」

「すごい…きれい…」

「機嫌直った?」

「………悔しいけど、直っちゃった。」


「ただいま。」

「おかえり。」


二人は笑いあうと、抱き合って何度も何度もキスをした。


fin.

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