第22話 会社
蓮司は桜の前に立った。
「桜さん」
「………」
「あんたのした事は、今でも許してないし許す気もないけど…桜さんには感謝もしてるよ。」
「感謝?」
「カメラだって、画像補正だって、ちゃんと教えてくれたから今でも仕事ができてる。あの個展だって、本当にあんたのおかげだよ。あそこから繋がった仕事もあったし。」
「………」
「あの時の作品も、別に返してくれとも金払えとも思ってない。こんな記事載せなくても、あんたが余計なことしなければ…作品価値が上がるように作家活動してるから安心してよ。だから…」
「だから?」
「もう俺の人生に関わらないでよ。あんたのその名前で、俺に罵らせないで。」
蓮司は悲しげに笑った。
「訂正記事もいらない。時間とって悪かった。」
そう言って頭を下げると、蓮司は泣き続ける菫の手をとって部屋を出た。
「よく泣くなぁ…」
建物を出てからも菫は泣いていた。
「…だって…」
蓮司は菫を抱きしめると、頭を撫でた。
「ごめんね。」
菫は蓮司の胸の中で首を小さく横に振った。
「蓮司が…なぐらなくてよかった…」
「うん」
「…スマイリーのごはんがなくならなくてよかった…」
「うん、そんなことになってたら大変だったね。」
「……よかった…」
「ありがとう、スミレちゃん。」
時刻は昼を回っていた。
「スミレちゃん会社大丈夫?」
「……無断欠勤…です…」
菫はあきらめたように言った。
菫のスマホには会社からの着信履歴が何件か残っていた。
『業務に支障が出たら契約解除だからね』
明石に言われている。
(…商談、すっぽかしちゃった…)
「今から行って謝るしかないよ。」
菫が言った。
「俺も行こうか?」
「ううん、ここに来たのは自分の意思だし、冷静になれば電話するタイミングもあったし…」
菫は落ち込んだ表情で会社に向かった。
ミモザカンパニー
「本当に申し訳ありません。」
菫は明石に頭を下げていた。
「事情はわかったけど…今回の場合は連絡できたはずだから、完全に川井さんの落ち度だよ。」
「はい。」
「うちみたいな小さい新参の会社は、どんなに小さな店舗でも、一回一回の商談が大事だって…川井さんは理解してるでしょ。」
「はい…」
「いつも言ってるけど…基本的にプライベートは自由だよ。だけど、仕事に支障が出るようなことは恋愛だろうが友達付き合いだろうがやめてほしい。今回みたいなことがあると、社長としては処分も考えなくちゃいけないし…」
「処分………」
「川井さんとは4年間…ピーコックも合わせたら5年か…長いようで短かった気もするね」
菫の顔が青くなった。
(…クビ…)
「しゃ、社長…あの…」
「なんちゃって。」
「え」
明石は笑った。
「柏木が“真面目な川井さんが連絡もなしに出勤しないなんて絶対事件か事故だ!”って心配して、川井さんのスケジュールに載ってた商談先全部に連絡してリスケできるものはリスケ、行けるところは代わりに商談に…ちょうど今もかな…行ってるよ。」
「柏木さんが…」
「あいつの商談を代わりにリスケしたりもしてたから、支障がなかったわけじゃないけど明確な損害はないから今回はセーフってことにする。」
「ありがとうございます…!」
「お礼なら柏木に言って。」
「はい。」
「それに今回の場合は…川井さんが行かなかったら、一澤 蓮司の暴力沙汰でうちの商品も大量返品で在庫抱えることになっただろうから、行かないほうが損害が出てたんじゃない?感謝するよ。直行の仕事扱いにしとく。」
「あ、いえ…そんな、よかったです…」
菫はホッと胸を撫で下ろした。
「そんな泣き腫らした目で外回りもできないだろうから、今日はこのまま柏木に商談任せて、川井さんは定時まで内勤してて。」
「はい。」
「じゃあ俺これから外回りだから。」
明石は会社を出て行った。
「スミレ〜!」
明石が出て行ったタイミングを見計らって
「あ、相間さん、色々お騒がせしちゃって…」
菫は会社では“香澄ちゃん”ではなく“相間さん”と呼ぶようにしている。
「いいのいいの、私は別に何も影響なかったから。それよりさースミレ、結局一澤さんとくっついたの!?」
「………」
菫の顔が赤くなる。その顔で相間は察する。
「そうじゃないかと思ってたんだ〜!なんか最近のスミレって雰囲気が柔らかくなったから。絶対彼氏できたでしょ、って。」
「え…」
「それ私も思ってた〜!」
経理の
「なんかね〜川井ちゃんてちょっと真面目っていうか一線引いてる感じがあったけど、最近それがないのよね〜!」
「え!?」
(そんな風に思われてたんだ…)
「で、なになに?一澤 蓮司ってどんな人なの!?」
「お、めぐさん食いつきますねー!一澤さんてイケメンなんだけど、それだけじゃなくてめちゃくちゃ仕事できるんですよー!」
「え〜そうなの?まぁそうねー川井ちゃんが心を開くんだから、相当デキるヤツよね〜!」
「そうそう!」
菫を置き去りにして二人で盛り上がっている。菫は先ほどまでいた空間とのギャップに戸惑いつつも心の底から安堵していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます