第二章 アメイジング・デート(2)

「話を戻すわね。さっき言った、タイムトラベルが不可能な件に戻るけど、この数字が刻まれている間は元の時代へ戻ることも、さらに違う時代へ飛ぶこともできないわ」

「つまり、一度使うと数字が『0』になるまでは、再使用できないってことですか?」

「そういうことになるわね」

「思っていたほど、この懐中時計は万能ではないみたいですね」

 それでも、すごいチートアイテムなのはかわりない。

 個人的な意見だけど、この世界にある全ての発明品よりも価値があると思う。

 なにせ、その気になれば過去へ戻って歴史を改変させたり、宝くじやFXで大儲けすることも容易いなのだから。それ故に使う者しだいで、とても危険なアイテムになる。

「胸の数字が減ると元といた時代へ戻ることは理解できました。なら、カウントが減る法則は? 数字が増えたりはしないんですか?」

「祖母の説明だと、一日でカウントが『1』絶対に減る仕様で、数字が増えることはないはずよ」

「要するに、最大で六十日だけ、この時代に滞在ができるってことですね。あれれ? なら、どうして今の数字が『55』なんですか? おかしくないですか?」

 一日で数字が『1』しか減らないなら、今の数字は『59』でないと計算が合わない。

「ペナルティよ」

「ペナルティ?」

「ええ。悪用されないように、魔法で様々な規定を定めているみたい」

「つまり、本来なら『1』しかカウントが減らないはずだったのに、ルールに背くことをしたから、数字が一気に『5』減ったことですか?」

「その通りよ」

「何をしたんです?」

「たぶん、ネタバレね」

「ネタバレ?」

「ええ。昨日、王寺家に色々と未来のことを語ったでしょう。きっと、それが数字を減らした原因でしょうね」

「なるほど。それなら辻褄が合うのか」

 一応、悪用できないように対策を施しているんだな。

「あんなちょっとの暴露で、数字がこんなに減るなんて思わなかったわ」

 ムスッとした表情で頬杖をつき、不満を口にする姫城さん。

 あなたにとってはちょっとした暴露のつもりだったみたいだけど、ボクには心臓が飛び出るほどの驚きだったんですが……。

「これで、うかつに未来のことを語る訳にはいかなくなったわね」

「なら、さっきのサンドイッチの話も、む、胸のサイズの件もアウトなのでは?」

「ええ。だから、実験をしたの。どこまでがセーフで、どこからがアウトなのかわからないから。だから、ペナルティが課せられない、ギリギリのラインがどこなのかをまずは見極めないといけないわ」

「お婆さんにその辺の細かい説明はされなかったのですか?」

「まったく。『そこまで教える義理はない』と言われた。たぶん、あの様子だと本人も全てを把握していないのかもしれないわね。なにせ、その懐中時計は大量にあるマジックアイテムの一つでしかないらしいから」

「このチートアイテムが多数ある内の一つでしかない。……末恐ろしい話です」

「どちらにせよ、気をつけないといけないわ」

 そう言い、真剣な表情をする姫城さん。その顔には並々ならぬ、強い意志を感じた。

「とりあえず、服を着てもらえませんか。もう、胸の数字の件はよくわかりましたので」

「あら、もういいの? 目に焼き付けたかしら?」

「はい、十分に焼き付けたので、早く服を着てください」

 姫城さんは「本当はもっと見たいくせに」と言いながら、再び赤いパーカーを着る。

「聞きたいことはいっぱいあるんですけど、どこでペナルティに引っかかるか、わからないので、うかつな質問はできませんね」

「じゃあ、最後に一つだけ質問してもいいわよ。もちろん、答えられる範囲でだけど」

「なら、最後に一つだけ」

「どうぞ」

「姫城さんはどうして、この時代へ来たのですか?」

 個人的に言えば、タイムトラベルした方法よりも、こちらの方が気になっていた。

 偶然ではなく、意図的にこの時代を選んだのなら、それは何か目的があったからではないのか?

「どういう意味かしら?」

「そのままの意味です。話を聞いていると、何か目的があって、この時代へタイムトラベルをした。そうではないんですか?」

「…………その通りよ。わたしはどうしてもこの時代へ戻ってやりたいことがある。だから、タイムトラベルをした」

「それってなんですか?」

「それはまだ言えない。今は説明できないけど、目的があってこの時代へ来た」

 姫城さんは「ごめんなさい」とボクに頭を下げる。

 きっと、説明したくてもできない事情があるのだろう。

 正直に言えば気にはなる。すごく気にはなるが、彼女を困らせてまで、この時代へ現れた目的を追及しようとはボクは思わない。

 なら、姫城さんがいつか語ってくれることをゆっくりと待つことに決めた。

「わかりました。その件はこれ以上の追及をしません。ただ、ボクなんかでも力になれることがあればいつでも相談してください」

「……ありがとう」

 彼女は上品に笑い、ボクへ微笑みかける。そんな彼女にドキッとするボクがいた。

「ところで、ずっと気になっていたのだけど」

 笑顔をから一転、険しい表情をする姫城さん。

 なんだろう、ボクはなにか、彼女の怒りを買うようなことをしでかしたのか?

「その、姫城さんって呼ぶのやめてくれるかしら」

「――え!?」

「わたしたち、いつから他人行儀な呼び方をする仲になったのかしら?」

「……いつからって……ボクにとってはずっと姫城さん呼びなんですけど……」

「今から、わたしのことは『愛しのトウカ』と呼びなさい」

「普通にイヤなんですけど……」

 どっかのおバカ幼馴染みの『愛しのたかきゅん』みたいで死ぬほど嫌だ。

 死んでもそんな呼び方はしたくない。

「なら『トウカさん』で妥協してあげるわ」

 まるで、譲歩したかのような言い草だけど、最初から本命の要求は『トウカさん』呼びなんだろうな。仕方がない、ここは交渉上手な彼女に免じて、折れることにしよう。

「……わかりました。それで妥協します」

 まあ、なんだ『愛しのトウカ』と呼ぶよりはずっとマシだ。

「ふっふふ。素直でよろしい。では、呼んでみなさい」

「…………と、トウカさん」

 ただ名前を呼ぶだけなのに、少しだけ、こっ恥ずかしいな。

「……悪くないわね。ええ、悪くない響きだわ」

 なんか、彼女の琴線に触れたようだ。どう考えても、トウカさんに丸め込まれている気がしなくもないのだが、とりあえずは考えないことにしよう。

「ところで、はーくんのこれからの予定は?」

「買い物でしたよね。なんでも買ってきますよ」

 昨日、トウカさんから、生活必需品を購入頼まれていたことはちゃんと覚えている。

「素直でよろしい。とりあえず、当面の生活必需品をそろえる必要があるわ」

「まあ、そうですよね」

「下着も欲しいし。枕も変えたい。あと、シャンプーとかも」

 束ねていた髪をほどき、不満そうな顔で自身の髪を触る姫城さん。

「すみません。うちの安もののシャンプーなんかを使わせて……」

 姫城さんのさらさらとした美しい髪を一度でも千円以下の特価シャンプーを使用させてしまった事実に本当に申し訳ない気持ちになった。

「というか、髪を切ったんですね?」

 昨日は髪をセットしていたので気づかなかったが、ボクの知っている高校生の姫城さんよりも、少し髪が短かった。

「うん? 髪を切った??? ……ああ、そうか、そういうことね。高校生の時は今より少し長かったものね。そんなことよりも、大きな問題が二つのあるの」

「大きな問題?」

「ええ、頭を抱えているわ。できれば、はーくんにも知恵を貸して欲しい」

 困った顔で彼女はカバンからスマホと長サイフを取り出し、それをテーブルに置いた。

「うん? この二つに問題があるんですか?」

 ぱっと見た感じはどこに問題があるのかわからないな。

「ええ。大問題よ。まずはこの端末から見て欲しい。実は今日の朝から調子が悪いの」

「調子が悪い? 具体的には?」

「とにかく、見て。ガジェットオタクだから、何が原因はすぐにわかるでしょう」

「ガジェオタって、パソコンが好きなだけで、スマホは専門外なんだけどな……」

 とりあえず、赤いスマホを手に取り、確認することにした。

「四桁の暗証番号は1117よ」

「……1、1、1、7、と。……ってボクの誕生日じゃないですか」

「何か問題?」

「いえ、問題はないですね」

 まあ、自分の誕生日をパスワード登録しているよりかはセキュリティ的には幾分かはマシか。そして、四桁のパスワードを認証し、スマホの画面を開く。

「ていうか、画面がすごくキレイですね。動きもヌルヌルだし、これってリフレッシュレートの数値はどうなっているんですか?」

「り、リフレッシュレート???」

「でも正直、デザインはクソダサいですよねぇ~。ボクがこのスマホを販売している会社の社長なら、開発者たちの前でこれでもかとスマホを踏んづける自信がありますよ」

「……はーくんがこのスマホがいいって、わたしにオススメしてきたのに……」

「ええぇ~~っ!? こんなタブレットサイズのスマホをボクがオススメした? ありえない! ありえませんよ!」

「――なぁっ!」

「だってボク、スマホは小さい派ですし! こんな大画面で重たいスマホを一日中持っていたら、けんしょう炎になってしまう」

おいおい、未来のボクはいつから、大型画面スマホ派に改宗したんだ?

「ちなみにお値段は?」

「さ、三十万円……です」

「うわぁ! たかぁ! 未来のスマホ高いっ! 脅異のお値段っ! 三十万円あれば高スペックなゲーミングPCが制作できますよぉ!」

「…………」

「――ベンチマークはどれぐらいの数値を叩き出せるんだ? 発熱は? ていうか、大きいだけではく、肌触りも悪いっ! 褒めれるところが画面の美しさだけってぇ~っ! それにしても未来のスマホを自称するなら、ホログラムが浮かび上がったり、スマホ本体が透明だったり、ロボットに変形ぐらいはして欲しいものだ。やはり、スマホの技術は現段階で頭打ちなんだなっ~~」

 まあ、それでもガジェット系の紹介動画を配信しているユーチューバーたちには、喉から手が出るほど欲しい端末だろう。

「…………ねぇ、ガジェオタくん」

「うん? なんです?」

「それ以上、わたしのスマホをディスるなら――暴力も辞さないわよ」

 ニコリと微笑みながら、握り拳を見せつけてくるトウカさん。

 いい笑顔だけど、目が笑っていない。これはもしかして、本気で怒っている?

「……ごめんなさい、調子に乗りました。ちゃんと調べるので、どうかお許しください」

「どうして、調子が悪いのかを早く調べなさい」

「りょ、了解しました」

 スマホの画面を注視する。スマホ内にはボクの知らないアプリがいくつかある。

 もしかするとこの六年の間に作られたアプリなのかもしれない。

「画面が固まって動かないってことはないですね。動きもヌルヌルしているので問題はなさそうだ。充電はできますか?」

「問題なく充電はできた」

「なら、再起動とシャットダウンは?」

「それも問題なくできたわ」

「うん??? なら、どこが調子悪いんですか?」

「とりあえず、アプリが全て使えない」

「アプリがですが……」

 とのことなので。画面のいくつかあるアプリをタッチする。

「…………確かに、反応しないですね。スマホ、落としたりはしていませんか?」

「落としてない。あと、電話もできないわ」

「電話もですか?」

「ええ、はーくんの電話番号にかけてもピクリとも反応しないわ」

「……ボクのスマホに電話してもいいですか?」

「ええ。試してちょうだい」

 トウカさんから許可が下りたので、通話のアプリをタッチする。

「このアプリだけは反応しますね。ああ、そうか、ボクの番号はすでに登録済みなのか」

 スマホの画面にはボクの電話番号が登録されていた。未来では夫婦なのだから、ボクの電話番号を登録しているのは至極当然のことなのだろう。

 それはいいんだけど、登録名を『愛しのはーくん』にするのはやめて欲しい。

 後で名前は編集しておくとして、今はボクのスマホに電話をかけよう。

「…………ふむ。確かにつながらないですね」

 スマホの画面には『モバイルネットワークが利用できません』と表示されていた。

「使えないでしょう?」

「使えませんね」

「あ、そうだ! はーくんのスマホから、わたしのスマホに電話をかけてみてよ」

「わかりました。番号を教えてください」

 トウカさんが口頭で自身の電話番号を告げる。ボクはポケットから自分の白いスマホを取り出し、トウカさんの電話番号を入力する。そして、ボクは電話をかけた。

「……あれ? 繋がったぞ?」

 ボクのスマホから『プルルルルル』と聞き慣れた音が鳴る。

 そして――

『――はい』

 スマホの向こう側から、人気声優さん顔負けの透き通る素敵な女性の声が聞こえた。

 ボクが思うに、このボイスの持ち主は間違いなく美人でかわいい女の子だ。

 しかし、なんだろう、この聞き覚えのある声は?

 なんか、先ほどまで聞いていた気がするんだけど……

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