第39話 呪い
魔境に暮らす四体のヌシ。
そのうちの一体である毒蜘蛛のパーディ――俺たちは、彼女の巣がある場所まで移動中。
巣へ向かうのは、食べられるためではない。
呪いをかけられた彼女の娘を救うためだ。
これがうまくいけば、毒蜘蛛パーディとの関係は良化するはず。
魔境で生きていくというなら、ヌシとの良好な関係構築は絶対に外せない。仮に、戦力を注ぎ込んで倒してしまうと、魔境に潜むすべてのモンスターを敵に回すことになる。
こちらも戦力としては徐々に充実してきたが、まだ総力戦を仕掛けるには早いだろうし、そもそもすべてのモンスターを倒すのは不可能だろう。
だったら、仲良くなって一緒に暮らした方が両者のためにとっていいはずだ。
「ここよ」
この辺りでもひと際大きな木の前で止まるパーディ。
どうやら、ここが住処らしい。
ただ、木の上に登らなければならないので、実際に巣へと向かうのはもうひと手間かかりそうだ。
「とりあえず、木登りができる人を――」
「ちょっと待っていなさい」
俺の言葉を制止したパーディは素早く木を登っていき、ある場所までたどり着くとそこから糸を垂らす。
「それに掴まりなさい」
「わ、分かった」
どうやら、この糸で俺たちを引っ張り上げてくれるらしい。
巣の大きさを考慮し、糸で上昇するのは俺とリリアン、それからイベーラにゴーテルさんの四人に絞り込んだ。
「おーい、あげてくれ!」
全員が糸に掴まると、パーディへ向かって叫んであげてもらう。彼女のいた場所には穴が開いていて、そこから大木の内部へ入れた。中は想像していたよりも広々としており、これならパーディの大きな体でも余裕ができる。
そんな巣の奥に横たわる何かを発見する。
「あっ」
近づいてみて、その正体が判明する。
「この子が娘のホミルよ」
パーディをそのまま小さくした感じの少女が、青ざめた顔をして眠っていた。尋常じゃない発汗に、荒い吐息――素人目に見ても体調不良であるのは明白だった。それも……ただの体調不良じゃない。
「これは……確かに、只事じゃないですね」
俺はパーディの娘であるホミルへと近づき、詳しく容体をチェックする。息遣いは荒く、人間の年齢に換算すれば、イベーラと同じで十代半ばくらいだろうか。そのためもあってか、イベーラは涙ぐみながらホミルへと近づく。
「とてもつらそうに……エルカさん、なんとかなりませんか?」
訴えかけるような眼差しで俺を見つめるイベーラ。もちろん、俺としてもその願いを叶えるためにここまでやってきたのだ。
「任せてくれ」
俺は竜玉の指輪に魔力を込める。
扱う魔法は――解呪魔法。
「頼むぞ……」
ホミルにかけられた呪いを解くために、竜玉の指輪を使用する。
変化はすぐに起きた。
呪いによって苦しんでいるホミルの口から、どす黒い煙が吐きだされる。
これこそ、まさに呪いそのもの。
体内から排出されたことによって、ホミルは徐々に回復へと向かうだろう――が、問題はここからだ。
「エ、エルカ様? この煙は一体……?」
初めて見る呪いの実体に、リリアンは恐怖と好奇心が混ざり合ったような、複雑な表情を浮かべている。それはイベーラやゴーテルさんも同じで、どう対処したらいいのか迷っている様子だった。
一方、ホミルの口から吐きだされた黒い煙は徐々にその形を変えていき、最終的には四肢のある人型となった。
「ここからが解呪魔法の本番だ!」
発動した呪いを完全に解くためには、こいつを倒さなくてはいけない。
俺は剣を抜くと、そこに解呪魔法をかける。
すると、剣はまばゆい光に包まれた。
名付けて解呪の剣ってところかな。
途端に苦しみだす人型へと変貌した呪い。解呪魔法の効果によって、身動きが取れなくなったヤツへと突っ込んでいき、光り輝く剣で真っ二つにする。
解呪の剣によって斬られた呪いは跡形もなく消え去り、これでようやく真の意味で解呪は成立した。
「や、やったのかい?」
「えぇ。これで娘さんは助かるはずです」
魔力を解除すると同時に、パーディが心配そうに尋ねてきた。それに対し、俺は今後起きるだろう事実だけを述べる。
「……そう。あなたには、感謝しなくてはいけないね」
先ほどまでは違い、穏やかな表情を浮かべつつ安らかな寝息を立てている愛娘を見たパーディは、これまでになく優しげな口調で言った。
「これくらいなら、お安い御用だよ」
「さすがだな、エルカ」
「アルまで、よしてくれよ」
実際、凄いのは俺よりも竜玉の指輪の効果だし。
でもまあ、ホミルが助かったようで何よりだ。
周りもその事実にひと安心している中……俺には少し引っかかることがあった。
それは、誰がホミルに呪いをかけたか、だ。
呪術者というと、候補は限られてくる。
遠隔での呪い発動となると、かなりの実力者でなければ不可能だ。
一応、こいつはって見当はつけているのだが……正しいかどうかは断言しかねる。
「やれやれ……また国王陛下に報告することが増えたみたいだ」
魔境村と友好関係にあるリドウィン王国。
その国王には、調査団以外に俺からも気づいたことは報告をあげるようになっていた。
ダンジョンに眠る魔鉱石が欲しいリドウィン側と、早急に強力な後ろ盾が欲しい魔境村側の利害関係が一致した結果――と、言ってしまうと他人事に感じてしまうし、実際はもうちょっと関りのある理想的な関係が築けていると言っていい。
とにかく、そんな親しい間柄のリドウィンに、今回の呪術者の件を伝えなければならないと思った。
これについては損得なく、友人からの忠告として受け取ってもらおう。
こうして、解決と同時に新たな問題も発覚したパーディとの接触。
とりあえず、現段階では成功と評していいんじゃないかな。
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