第29話 悪魔の提案
「やあルディ、元気か?」
彼はいつも、良いタイミングで現れる。真っ黒な悪魔のユーリは、いつもの調子で挨拶をした。
僕はユーリの方を見向きもせずに、咎めるように尋ねる。
「……ユーリは最初から全部知ってたの?」
「え、俺は、そりゃ悪魔だからねぇ……ずっとお前のことを見てたし」
悪魔は気まずそうに黄色い目をそらす。
僕はぱっと顔を上げ、そんなユーリに縋りついた。
「どうして? どうして教えてくれなかったの? 今までの旅は無意味だったじゃん! レオンさんを探していた時間は無駄だったじゃん! どうせ知ることになるのなら、もっと早くにレオンさんは僕が殺したって、はっきりと言ってくれたら良かったじゃん!」
「……俺だって、そんな残酷なこと言いたくねぇよ。張り切ってるお前に、そんなこと言えるか?」
ユーリは言う。その言葉に、僕はカッとなった。
「冗談じゃない! 君は悪魔だろ? 僕に呪いをかけただろ? 今更何を言ってるんだよ! 何善人ぶってんだよ! 結局君も、僕を見下して笑っていたんだ!」
許せない。悪魔のくせに、呪いをかけたくせに、いつも僕に優しい言葉をかけてきて。何がしたいのか分からない。そんな優しさなんか要らない。悪魔なら、もっと僕を苦しめて、死にたいと思えるほどの苦痛を味合わせて欲しかった。そうでないと、僕の心が持たなかった。
「君は悪魔なんでしょ? 極悪非道で性根腐ったどうしようもないやつなんでしょ? なのに、なんで優しくするんだよ! 僕は罪人だ! どこまで行っても罪人だ! 生きてる価値のないクズなのに、僕はこの先千年も生きなきゃいけないんだ! 罪人に優しさなんか必要ない! 君は僕を、さっさと地獄に連れて行ってくれればいいんだ」
しかしユーリは、反論して来なかった。その代わりに、苦しそうに声を漏らす。
「そんなこと、言わないでくれよ……」
僕はハッとした。ユーリが、今にも泣きそうな目をしていたからだ。
「なんのためにお前に呪いをかけたと思ってんだよ……お前に更生して欲しいと思ったから。罪を償って欲しいと思ったから。俺は、お前に……」
ユーリは何か、言葉を呑み込んでいるようだった。その顔を見て、僕はもう責めることはできなくなった。
ユーリから離れる。そして顔を逸らす。
「ごめん、言い過ぎた」
素直に謝る。全部自分が悪いと分かっているのに、ユーリのせいにしようとしていた。
「ユーリは、何も悪くない。悪いのは全部僕だ。そんなこと、僕が一番分かってる」
頭を垂らす。どうすればいいのか分からない。僕はテイラーおばさんを裏切り、レオンさんの未来を奪った。どうしようもない恩知らずだ。これまで、ただテイラーおばさんに恩返しがしたい一心で生きてきたのに。事実を知った以上、もう今までのようにはいかない。
「お前にひとつ、提案がある」
ユーリが言った。
「俺は、お前を過去へ連れて行ってやれる。まあ、バレたら大変なことになるがな。悪魔は、時間を自由に行き来することが出来るんだ。……実際、人間を連れていくのは初めてだが、なんとかなるだろう」
「過去に……?」
「ああ、そうだ」
どうしてユーリは、急にそんな提案をするのか。
「レオンが生きている過去へ行って、その手紙を渡すんだ。そしたら、お前はテイラーおばさんとの約束を果たせる。少しだけでも気が楽になるだろ?」
僕は驚いてユーリを見つめた。また、僕のためだ。僕を助けようとしてくれている。
僕は目を伏せた。
「やっぱり僕には分からないよ。君がどうして優しくしてくれるのか。僕に呪いをかけたことが後ろめたいとか思っているのなら、その優しさは必要ないよ」
少しの沈黙の後、悪魔は口を開く。
「……今はまだ言えない。俺はある人と約束したから。でもいつか、その理由がお前にも分かる日が来るはずだ。絶対……だ」
ユーリがある人と交わした約束というのは、僕にとってはずっと先の未来の話であり、彼にとっては遠い昔の話なのである。
前にも言っていた。ユーリに、僕に罪を償わせるよう頼んだある人とは、一体誰なのだろうか。
「それで、過去には行くか? 行かないか?」
ユーリは切り替えるように尋ねる。僕はもちろん、頷いた。
「お願い、連れてって」
「おう」
ユーリの表情が少しだけ緩んだ。
そして、忠告をする。
「だが、手紙を渡すだけだぞ。その他のことはしてはいけない。過去を変えてしまえば未来に影響する。人間界の時間軸を変えることは、悪魔界では許されないことなんだ。俺たち悪魔の存在理由はあくまで、人間に制裁を下すことだ。するやつはいないが、過去に行って、人間の罪を無かったことにする、なんてしてみろ。どんな罰が待ってるか……」
ユーリは危険を覚悟で僕を救おうとしてくれているのだ。胸の奥が、キュッと苦しくなった。
「それと、過去のお前には絶対にバレたらダメだからな。面倒なことになるから」
僕は頷く。過去へ行って、レオンさんに手紙を渡す。僕がやっていいことは、それだけだ。手紙を渡すことで、未来は何かしら変わってしまうかもしれない。それを承知で、ユーリはこんな提案をしてくれたのだ。
「まあどちらにしろ、いずれお前を過去へ連れていくつもりだったからな。お前が犯した罪を、客観的にその目焼き付けてもらおうと思ってた。ちょうどいい機会だ」
僕は息を呑んだ。あの祭りの夜に僕が起こしたテロ。僕は無我夢中だった。目の前のことしか見えていなかった。復讐心に駆られて、死ぬ覚悟で前へと進んでいた。
あの夜は一体、どんなものだったのだろうか。
「ユーリ、僕はいつか、君に恩返しをする」
僕はそう宣言した。
ユーリは僕を見捨てないでいてくれるのだ。何があっても、多分、この先もずっと。
だから、もしユーリが、絶望のどん底に突き落とされた時は、僕が必ず救ってみせる。この体がどうなってしまっても。そう、心に誓った。
「楽しみにしとくよ」
ユーリはフッと笑った。
「じゃ、準備はいいか?」
「うん」
僕は鞄の中から、レオンさんの写真と手紙を取り出す。月日の流れと共に色あせて、ところどころ汚れてしまっているが、ずっと大事にしてきたものだ。
どんな顔でレオンさんに会えばいいか分からない。だけれど、僕はこの手紙を、絶対に届けなければならない。テイラーおばさんと、レオンさん、そして、自分のために。
「それじゃあ、行くぞ。七十年前の、祭りの日へ!」
ユーリの手には、漆黒の三又槍が握られている。槍の先から黒い霧が現れ、僕たちを包み込む。
霧とともに、僕たちはあの惨劇の日にやってきた。
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