瞳のシャッター 心のフィルム
渡邊 香梨
【ところざわサクラタウン編】お天道様は見ている
旅行会社に限った話じゃなく、接客業やサービス業の多くは、営業時間が終わってからが業務の本番ではないだろうか。
その日受けた申し込みをまとめたり、昼間不在のお客様に電話をしたり。
「その日の仕事はその日のうちに」
明日に回せば明日はまた、違う仕事が積み上がる。
だから外食は、前日以前に誘っておいてくれなければ、基本的には残業が前提。
定時から二時間たって会社を出て、勝手に待ち伏せしていた彼氏に激怒されても、こちらは「知らないわよ!」と言いたくなってしまう。
どだいサプライズなんてものは、相手の都合を考えない自己満足の象徴だろうに。
多分それだけが原因ではなかったと思うが、その後しばらくして彼氏と別れた私は、ふとネットで見た「好きな物語に、泊まる。」がコンセプトのホテルに興味を惹かれた。
EJアニメホテル。
こうなれば〝推し〟に癒して貰おう。
二次元に走る夜があったって良いじゃないか。
そのうえ期間限定で、私がリスペクトしている市川崑監督版「犬神家の一族」へのオマージュで、水面に突き出した足が角川武蔵野ミュージアムの水場に出現しているとの記事を見たのも、理由としては大きかった。
だからある日、私は休日を「ところざわサクラタウン」で過ごそうと決めたのだ。
正直、青空の下で見た、水面から出ている「足」はなかなかにシュールで、ある意味感動した。
脳内で元カレに置き換えていた――かどうかは、永遠に口を噤んでおく。
敷地内には建築家隈研吾氏が手掛けたと言う新しい神社もあり、正式名称「武蔵野坐令和神社(むさしのにますうるわしきやまとのみやしろ)」は、神社の姿かたちと絶妙に調和していて、荒んだ心がちょっと洗われた。
水面から出ていた「足」を見て物騒なことを考えたなんて、きれいさっぱり忘れよう。
何となく私は神社に向かって頭を下げた。
きっとお天道様は見ている。
更に同じ敷地内にはところざわサクラタウンのランドマーク的存在でもある「角川武蔵野ミュージアム」があって、図書館・美術館・博物館それぞれの良さを全て詰め込んだ、贅沢な空間が中には広がっていた。
蔵書や展示物、開かれているイベントなどから察するに、とても一日で満足できそうにない、複合型の施設だ。
カフェ、コンビニ、アンテナショップに似たコンセプトの「埼玉パーク」と、ホテルの部屋に持ち込んでひとり宴会をする材料にだって、事欠かない。
仕事帰りに武蔵野線に揺られて行ったことを、この日は少し後悔していた。
次からはちゃんと、2日間休みを確保してから行くことにしよう。
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