第5話 【夢】エルフの森(5)


「分かりました。姉上」


 とアイリーン。どうにも、姉であるユリアリスに対しては従順じゅうじゅんらしい。

 森人種エルフには姉妹で異性を共有する習慣でもあるのだろうか?


 いや、里で共有する財産――という風に考えた方がいいのかもしれない。

 少なくとも、この森に来てから、森人種エルフは女性しか見ていない気がする。


 アイリーンも口では俺を嫌っているが『毎回、話し掛けてくる』という事は『異性に対しては興味がある』という事だろうか?


 周りに男子がいないため、こじらせている可能性もありそうだ。


「待っててね。私、すぐに大きくなるから」


 とユリアリス。俺が後ろから抱き締めているため、首を後ろへ倒す形で俺を見上げる。正直なところ、彼女が言葉通りの成長をげるとは思えない。


 当面のあいだは子作りをせまられる心配はなさそうだ。

 森人種エルフにもルールがあるのだろう。


 ユリアリスとアイリーンの会話から、子供を作るのは年功序列らしい。

 年齢が上ということで、今はユリアリスの番のようだ。


 その次は妹のアイリーンとなる。

 もしかして、順番に別の女性の相手をさせられるのだろうか?


 森人種エルフが定期的に他種族をさらうのは有名な話だ。

 不要に森へ近づいてはいけない――という話は『危険だから』ととらえていたが、その原因が繁殖はんしょくのためだとは想定していなかった。


 森の結界に入る事が出来た理由も、善人である事の他に生殖能力が問われていたのかもしれない。


 また、森人種エルフは身体が頑丈な種族だ。つまりは――毎晩、相手をさせられるうえに複数の相手をしなければいけない――という事になる。


 交配する相手が異種族であれば、近親相姦の心配もない。定期的に他種族をさらうという事が本当なら、さらわれた男性の身体が持たなかったのだろう。


 作るべき子供の数を里長が決めていると考えた場合、ノルマを達成するまで解放されることはなさそうだ。妊娠が分かるまで、続けさせられる。


 並みの男性では持ちそうにない。森から帰ってこない者もいれば、廃人のような状態で発見された者もいると聞く。


 俺は自分の身を守るうえでも、ユリアリスとの仲を良好に保つ必要があるようだ。


「ああ、待ってる」


 と言って、ユリアリスの頭をでる。

 どうか、このまま成長しないでくれ。


「うん、待ってて♡」


 無邪気に微笑ほほえむユリアリス。

 彼女の言葉と同時に、俺の周囲が黒く染まってゆく。


 暗くなった――というよりは『記憶が途切れた』と考えるべきだろう。

 どうやら『夢』は、ここまでらしい。


 まるで演劇における終幕の舞台のように森が消え、景色が移り変わる。

 ふと気が付くと、黒の空間に一匹の【蝶】が飛んでいた。


 光りかがやく不思議な【蝶】で、俺の周囲を回っている。

 その様子は、まるで俺を呼んでいるかのようだ。


 過去の『夢』から解放され、精神の状態も、ゆっくりと現在いまの俺に戻っている。

 かつての俺であれば【蝶】を握りつぶしていたかもしれない。


 俺は素直に、その【蝶】の後をついていく事にした。しかし、ここまで意識がハッキリしているのに『夢』だというのも、おかしな話だ。


 恐らくは淫魔サキュバスである香澄と契約した所為せいで、『夢』の在り方が変わったのだろう。多少なりとも『夢を渡る』という能力が使えるようになったのかもしれない。


 お陰で『夢』の中でも意識を覚醒かくせいすることが可能になり、この【蝶】を認識できるようになったようだ。


 問題となっている光の【蝶】からは、俺以外の存在を感じる。

 誰かが俺の『夢』に干渉しているようだ。


 敵意はないようだが、気にはなる。

 周囲は相変わらずの黒一色。


 あまり長い時間いると上下の感覚すら、分からなくなってしまいそうだ。

 このまま『夢』の中にとどまるのは危険かもしれない。


 それでも光の【蝶】の後をついて行き、しばらく進むと光の球体のようなモノを発見する。近づくと光の【蝶】が密集したかたまりであることが分かった。


 以前より、何度も【蝶】が送られていたのかもしれない。

 俺は先程、使い方を思い出したばかりの感応魔法を使用することにする。


 右手に魔力を込めて【蝶】へれると意識が流れ込んできた。

 同時に【蝶】の姿が一人の少女の姿へと変わる。


 ぼんやりとした輪郭シルエットだが、桃色の髪を持ち、なにかをうったえ掛けてきている事は理解できた。先程のユリアリスという少女に似ているが、背丈は俺よりも大きい。


「そこに居たのね?」


 と問い掛けられる。正確には、そんな気がしただけだ。

 それはこちらの台詞セリフなのだが、どうやら遠隔による魔法らしい。


 双方向のり取りはむずかしいようだ。

 一方的に意識だけが流れ込んでくる。


「ああ、心配したわ」

「私は大丈夫」

「いい、危ないから、助けに来ないでね」


 次々に思念が言葉となって伝わるが、いまいち要領を得ない。

 もしかしなくても、送る相手を間違えているようだ。


貴女あなたが無事なら、それでいいの」

「アイリーン、貴女あなたの幸せを願っているわ」


 その言葉を最後に、ぼんやりとしていた少女の姿が消える。

 俺は無意識に【蝶】の一匹を捕まえると、感応魔法をかけた。


 すべての【蝶】が消え、再び真っ黒な世界へと戻る。

 そんな中、俺の手の平に魔法をかけた一匹の光の【蝶】だけが残った。


(ヤレヤレだ……)


 また、厄介事に巻き込まれてしまったようだ。

 どうやら俺は、ゆっくりと寝ている事も出来ないらしい。


「アイリーンか……」


 すべてが偶然というワケではなさそうだ。



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【お知らせ】

 次回の投稿は7/13(木)を予定しています。

 短編ですが、


 ▼隠れ家カフェの葉隠はがくれさん~血塗ちまみれの男子高校生を拾ったのでやとってみた~

  https://kakuyomu.jp/works/16817330660057359099


 を投稿したので、読んで頂けると嬉しいです。


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