第24話 土台が必要

「それで行くと言いたいんだが、そっちは踏み切れん。犯人が密室トリックを端から使うつもりなら、糸は自分で用意するだろう。その場で思い付いて、現場にあった糸を使うのは不自然だ。加えて、おまえらが行ってる間に鑑識の調べが進んでな。糸には微量だが、血の擦れた痕が認められたのさ」

「おい、ひどいな。その情報は、それこそ魔法通信で知らせるレベルじゃないか」

「こちらとしては、というよりもハング・マンテル警視の考えでは、そこまで重要視はしてないってことだな。日常的に糸を使おうとして、わずかな血が付着するなんて、珍しくない。リサ・カーマイクルが襲われたときに付着した血だという証明はできないんだ」

 はん、そういうことねと、ふんふん頷くスコット。

「他に隠してることは? ウェルブリーに戻るからには、なるべくたくさんの“お土産”を持って行きたいもんだ」

「悪い方の情報ならある。リサに送り付けられた旅行券、あれの販売をした店は、火災に遭っていた」

「何? 穏やかじゃないな」

「記録は全て灰だ。この火事も犯人の仕業かもしれないので、また多くの人員を割かねばならない。そんな状況下で、おまえとマルフィンを別働隊として派遣するってのは、それだけ役目が重いって意味だぞ」

「重々承知してるさ」

 この辺で潮時だろう。そう見たスコットは、机の脚を蹴るようにしてその勢いで立ち上がった。

「ロドラー、そういえば捜査開始から間もなくで、自殺説をブン屋に漏らしていなかったか?」

 スコットの指摘に、ロドラーは苦虫を噛み潰した溶ような顔をした。

「それを言うな。これから訂正の段取りを熟慮しなきゃいかんのだ」

「はっ。そんなどうでもいいことに。もう、最初からおまえさんが両面作戦で行っていたことにすりゃいい。捜査の進展と集まった証拠から総合的に判断して、云々かんぬん。これでいけ」

「おまえの名前は出さなくていいのか」

「出してくれても出さなくてもかまいやしない。ただし俺は、指揮を執ることで自由に動き回れなくなるのは、好きじゃない」


           *           *


 ワトソンの医院では、堀馬頭が一人で留守番をしていた。

 バド・ワトソンは定期的な薬の補充のため、買い出しに遠出していた。地方だと製薬会社の人間がわざわざ持ってきてくれるということは、ほとんどない。会社が一つではないため、郵送だと送料がばかにならない。だから自らまとめ買いに行くのだという。

(急患が来たら狼狽えてしまうだろうけれど、何もないなら、これはこれでいい環境だ)

 堀馬頭は自ら入れた紅茶を試しつつ、机の上でノートを広げていた。

(事件についてじっくり考えるのによい機会だ。ほんの少し前から頭に引っ掛かっていたこと。あれを検討してみよう)

 鉛筆を構えた堀馬頭。検討すべき事柄を、文字にしていく。

(共犯者がリサさんを呼び出したのが、ローミーさん殺害のためだったという仮説、根本的にどこか間違っていないか。どうしてもドナルド警官と同じやり方で、ローミーさんも殺したかった? そんな欲求があり得るだろうか。殺したいだけなら、同じ方法に拘泥する必要はないはず。

 自らの手を汚したくなかった? そんなもの、十一年前の事件ですでに共犯関係にあるんだろうから、手を汚すのを嫌うも何もない。第一、リサさんが素直に従うかどうかも不確定。リサさんが共犯者を逆に脅してくる線だって、ないとは言えないだろうに。

 ちぐはぐなんだ。同じ殺害方法を採ることに、他にどんなメリットがあるというのだろう……リサさんに罪を擦り付けるため?)

 ほんのちょっとだが、光が見えた気がした。

(脅してリサさんに殺させたのなら、罪を擦り付けるとは言い難い。しかし、リサさんは殺していないのに、リサさんに罪を擦り付ける方法が何かあるんじゃないか。現に、今見えている事象は、リサさんがローミーさんを殺したとするのが最も有力な見方だ。その根拠は魔紋と、死因が高所からの落下による首の骨を折ったためと推定されるから。

 これが仮に、周りに高い建物や木がある場所に、首を骨折した死体があったらどうだろう? 警察は魔紋のみでリサさんだけを疑うんだろうか。他の可能性をもっと追求しそうなものだ。

 犯人はローミーさんの首の骨を折るような方法で殺し、それからリサさんに魔法で高いところから落とさせた……うーん。しっくり来ない。濡れ衣を着せるというのは、リサさんに魔法を使うことが犯罪になると意識させてはだめだ。その条件を満たした上で、ローミーさんの遺体にリサさんの魔法による魔紋を残させる。この方法が肝だな。リサさんが濡れ衣を着せられたと主張するためには、最低限、この方法を解き明かさなくてはならない)

 堀馬頭の中で、重点を置くべきことが決まった。

 これを解き明かすには、もっと魔法について知る必要がある。


           *           *


 戻って来るなり、堀馬頭から、魔法について解説した書物を読みたいと希望を出された。医院兼自宅の書架には、数冊その手の書籍があるが、いずれも医学寄りで内容も専門的に過ぎる。

「村の図書館が使えたらいいんだが。私が一緒に行って、私が借りるという形にすれば問題ないのだろうが、今からちょっと忙しいのだよ」

「では、例の金貨を換金してもらえませんか。こちらのお金を作って、近所の書店で探してみたいと思います」

「え? いや、それは勧められないな。お金どうこうよりも、まず村には大きな書店はない。魔法関連の品揃えも寂しいもんだよ」

「そうでしたか」

 落胆する堀馬頭を見て、どうにかしてやりたい気持ちが強まる。

「そうだなあ。近所から借りるというのも、思うような本はないかもしれないし、やはり図書館だな。保安官に言って、何とか便宜を図ってもらえるかな。管轄違いな気もするが、彼が君をウェルブリー村の人間だっと保証すれば、いいようにも思う」

「そういうのは村長や議会の管轄では……」

 驚きと不安の入り混じった目で見てくる堀馬頭。私はわざと笑ってみせた。

「いやいや、トレント保安官だって関係はしているぞ。君は言ってみれば、身元不明の異邦人。不審者だ。不審者の扱いをまず決めるのは、保安官の役割だろう」

「どうにも無理があるように感じられてなりませんが……それでうまく行くようでしたら、お願いします」

 頭を下げる彼に、私は続けて命じた。

「では、ひとっ走りしてきて、トレントに伝えるように。もしうまく行かなければ、ここに連れて来なさい」

「保安官なのだから捜査に駆り出されているかもしれませんが、行ってきます」

 堀馬頭が部屋を出るのを待って、私は買ってきた薬などの整理に取り掛かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る