46 お茶会へ向かいます!

「まぁ、まぁっ! コートニーったら、すっごく可愛いわぁっ!」



 玄関ホールに、クリスの演劇みたいな大仰な甲高い声が響いた。


 今日は王太子の婚約者の公爵令嬢の主催するお茶会だ。


 クリスとコートニーはこの日のために、気合を入れてドレスを誂えた。パステルピンクを基調にして、過剰なフリルで全身が埋もれそうなほどのゴテゴテとしたデザインだった。


「えへへ、あたしもそう思う」と、コートニーはくるりと回転する。


「まるで妖精さんね」


 母娘はデザインに非常に満足しているらしく、喜色満面にドレスについて褒め合っていた。



(全く……。本当にセンスがないわね)


 クロエは二人の隣で軽いため息をつく。

 こんな悪趣味なドレスの異母妹の隣を歩くのかと思うと、嫌気が差した。


 初対面の頃から感じていたが、二人とも感覚がおかしい。


 侯爵家に入って少しは矯正されるかと楽観視していたが、母娘は侍女や一流のデザイナーたちのアドバイスは頑として聞き入れず、相変わらず妙ちくりんなドレスを着用していた。


 このままでは、パリステラ家の名誉さえも傷付けるのではないかと、クロエは一瞬だけ危惧したが、逆行前に父に深く失望した彼女は、家がどうなろうと関係ない……と、傍観することに決めたのだった。



 クロエは、今日は夜空をイメージした少し大人びたドレスだ。


 胸元の鮮やかな群青色から下に向けて暗くグラデーションになっていて、エンパイアラインのスカート部の下の方には銀糸で煌めく星々を表現していた。

 オーガンジーのレースでできた袖部分は、規則的に水玉模様の銀糸の刺繍が施されて、昼間のお茶会でも浮かないように少々カジュアルな雰囲気に仕立てた。


 今日はスコットが「自分がドレスを用意する」と言い張っていたが、クロエは「王宮主催の正式な行事の時にお願い」と、適当に理由を付けて固辞した。


 彼は、きっと逆行前と同じような、良く言えば清楚、悪く言えば地味なドレスを選ぶだろう。

 それは、今の自分には相応しくない。

 復讐を誓った女には、甘ったるいドレスなんて必要ないのだ。


 それに一番の本音は、彼からドレスを贈られるなんてまっぴら御免だった。

 仮に彼の瞳の色のドレスなんて用意されたら、激情に駆られてその場で引き裂くかもしれない。





「二人とも、お待たせ」


 いよいよスコットがやって来た。

 コートニーはカーテシーもせずに、きゃあきゃあと彼の腕に絡み付く。彼はそれを軽くいなしてクロエのもとへと向かって手を取り、そっと甲に口付けをした。


「今日の君は、星空の女神のようで凄く綺麗だね……」


「ありがとう、スコット」



 スコットがクロエをエスコートしようとすると、


「あら、駄目よ。今日はコートニーの社交の練習も兼ねているから」


 クロエはさらりとかわして、異母妹の手を取り、彼の前へ持っていった。


「えっ……?」と、彼は目を丸くする。


「悪いけど、彼女にエスコートのされ方の基本から教えてあげて欲しいの。私は付添人みたいに横から異母妹にアドバイスをするわ」


「スコット様ぁ~、よろしくお願いしますぅ~っ!」


 コートニーのねばつくような熱い視線が、彼に飛ぶ。


「あ、あぁ……分かったよ……」


 彼は肩を落としながらも、練習なら仕方ないと渋々未来の義妹の手を取った。


 馬車の中でも、クロエの提案でスコットとコートニーが横並びに座る。

 二人の前にクロエが二人の座り、異母妹にスマートなエスコートのされ方を伝授していた。


 異母妹は「はいはい」と頷きながらも、スコットにべたべたと引っ付くことばかりに集中して、彼のほうは義妹にろくに取り合わずに、ぼんやりと婚約者を眺めていた。


 同じ目的の外出、同じ空間に三人いるのに、気持ちは誰も交差しなかったのだ。



(クロエ……。すっかり変わってしまったね……)


 彼の胸がずきりと痛んだ。


 たしかに、婚約者の今日のドレス姿は目を奪われるほどに素敵だ。文句の付けようのないくらいに似合っているし、とても美しい。


 しかし、真に彼女に似合うのは、陽だまりに咲くマーガレットのような、清楚で控えめな可愛らしさだ。

 なぜ、そんな素敵な魅力を、無理にかなぐり捨てるような真似をするのだろうか。


 彼は戸惑っていた。

 彼女が高熱から目覚めてから、あまりにも変化し過ぎている。それは母の死が彼女を強くさせたのか、はたまた母の死で心が壊れてしまったのか……。


 彼には分からない。

 でも、彼女の心の奥底が悲鳴を上げているのを、ひしひしと感じる。


 彼女は無理をしている。だから、婚約者である自分が彼女を救いたい。手を差し伸べられるのは、自分だけだと信じている。


 でも……いつの間にか、二人の間には大きな壁が立ちはだかっていて、それを崩すことも乗り越えることも、非常に困難なのだろうと、感じていた。


(ちょっと……寂しいな…………)


 漠然とした寂寥感は、彼の胸を締め付けるように、じわじわと侵食していった。



 そんなスコットの苦悩する姿を、コートニーは隣で冷静に観察するように、じっと見ていたのだった。


 

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