新匿名短編コンテストに参加した短編作品置き場
宮川雨
『春』のテーマ作品 仮面を被る
初めて化粧品を買った。ドラックストアに行きカウンセリングを受けてその通りに一式買ってきた。正直まだ使い方は理解しきっていないけれど、まあ大丈夫だろう。今は動画サイトなどを見ればすぐにわかる。
私はこの春大学生になる。女子大生というと何を思い浮かべるだろうか。サークル? 彼氏? 合コン? 一通り思い浮かべた後どれも人づきあいが大切なものだな、と分析する。そして今回は「人当たりのいい優しい女子大生」になろうと決めた。
私にはリセット癖というものがある。小学生のころはごく普通に学校に通い生活していたのだが、ある日容姿や家族についてなど何かにつけて暴言を吐かれるようになった。私はそれが嫌で嫌で、同じ人たちの通う市立の中学校に通わないために偏差値の高い私立中学校に入学した。
その時に私はけじめとして背中まであった髪の毛をバッサリと切り外見を変えた。そして今まで携帯に登録していた友達の電話番号、メールアドレスをすべて消去したのだ。すると私は不思議と身体が軽くなり、何かから解放された気がした。そう、私はあの『いじめられっ子の高木柚子』ではなくなったのだ。
それから私は中学生の時は吹奏楽部に入り、部活に励んだ。そこでならきっと私はうまくやっていける、そう思ったが今度は『部活に熱心な高木柚子』というレッテルが貼られた。私はそれが窮屈で仕方がないと同時に、楽でもあった。そういう風に他者から良いように見られる人を演じていれば、社会を生きていくことが難しくないとわかったからだ。
そう感じてから私は中学生の時は『部活熱心な高木柚子』を演じていき、高校生になったら眼鏡をはずしてコンタクトにし、また知り合いの連絡先をすべて削除。そうして次は有名大学の推薦枠を狙うため勉学やボランティア、生徒会活動に励み『真面目な優等生の高木柚子』を演じた。
そうやって生きてきて次は大学生になった。大学生に必要なのはコミュニケーション能力、だから今度は人当たりがよく優しい人間を演じようと決めて動画を見ながら化粧を始める。
外見を変えるのは私の中では儀式だ。外見を変えることで人間関係だけでなく、今までの自分もリセットする。そうしてリセットされた新しい自分になって春を迎えるのだ。
化粧が終わり、姿見で全身を見る。そこには『人当たりが良く優しい高木柚子』がいた。にっこりと人当たりのよさそうな笑顔を浮かべて仮面が被れているか確認をする。そして今までの知り合いの連絡先をすべて削除したら完成だ。
さあ、外に出て新しい私を始めよう。
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