ほくそ笑むカクレクマノミ
気絶したブルートは、部下の騎士たちによって騎士団の詰所に連行されていった。
あたし?
現場に残って被害状況の確認と、全体の指示にてんやわんやよ。
はぁ、せっかく温泉でプルプルのお肌になったって言うのに、この現場の乾いた空気で干からびちゃいそう。
そんな事を考えながら、次々にやって来る騎士たちからの報告を頭に入れる。
基本的に建物だけの被害で、当事者以外の人的被害は皆無。
当事者同士に関する死傷者に関しては……陰鬱になるだけだから想像にお任せするわ。
黄昏も過ぎて藍色に染まり始めた空の下、担架で運ばれてゆく血生臭いものを見送っていると、ふいに肩に大きな布のようなものが触れた。
これ、私のコート?
「そろそろ冷えてきたからな」
「ありがと、マウロ」
温もりをかみしめるように、ぎゅっとコートを引き締める。
襟元からはかすかに彼の使っている香水の移り香がした。
「そろそろ現場を離れてもよさそうね」
必要が無くなったら、自要旨はとっとと退場するに限る。
いつまでも居残って口うるさく指示を出すのは現場の負担にしかならいのだ。
「そうだな。
じゃあ、ドーラは先に本部に帰って、書類に目を通しておいてくれ。
広報部がマスメディア向けの原稿も作っているはずだ」
「うわぁ……あいつら苦手なのよね」
支配する立場になると改めてわかる。
マスメディアって、私みたいな立場からすると邪魔で仕方がない存在なのだ。
唯一の救いは、この世界の主要メディアがまだ新聞であることだろうか?
なお、ラジオはまだ発明されていない。
「そう言うな。
新聞社共の相手も組織のトップの仕事だぞ」
「あいつらの質問を受け付けなくていいなら喜んで務めさせていただくわ」
正義や真実よりも、まず読者ウケ。
そんな連中からの質問が有意義であった試しはほとんどない。
「また会場の記者を全員プラーナ酔いさせるような真似はするなよ?」
「……努力するわ」
そのあと、記者会見で謎の集団中毒事故が発生し、詳細の発表は後日と言う展開になった。
あたしは悪くない。
悪いのは、記者会見の場で『先日、超厚塗りメイクで街を歩いた理由について』なんて質問をした新聞記者である。
翌日は、修羅場が待っていた。
なにせ、昨日の乱闘騒ぎで連行された人間が100人近くいたのだから当然だ。
その全員から事情聴取しなければらないのだから、人も時間も足りていない。
かといって、それを行うのはあたしではない。
「……なんか、つまはじきにされた気分」
まったく事件と関係のない書類の壁に包囲されながら、あたしはペンをとめて一人天井を仰ぐ。
「仕方が無いだろ。
この街を治める騎士団長が直々にする仕事じゃないんだから」
「まぁ、その下にいる我々は仕事が増えすぎて死にそうで゛すけどね」
この台詞、前者がマウロで後者がハロルドである。
いつもならばいっしょに書類仕事をしているステファンは、笑顔で慰安旅行に出かけて行ったので不在だ。
なお、ハロルドに関しては人手が足りなくて深刻な状況だったため、自主的に療養を切り上げたらしい。
……無理はさせないようにしないとね。
「じゃあ、昨日の事件のわかっている部分だけでもかいつまんで教えてよ」
「今のところ、推測と不確定な情報ばかりで団長に報告するレベルじゃないぞ?」
実は昨日の騒動が何だったのか、あたしはいまいち理解していない。
ただ、二つの傭兵団が突然抗争を始めたとしか聞かされていないのだ。
ちなみに、昨日の記者会見は、事件の推移については調査中という事で押し切った。
記者たちはかなり不満だったようだけど、分からないものはわからないんだから仕方がないじゃない。
「そういえば、ブルートが自分の恋人を殺されたって言っていたけど、あれって本当なの?」
「それがなぁ……少し妙な話になっている」
「ブルートの情婦が殺されたのは本当ですよ。
こちらがその報告書です」
そう言いながら、ハロルドが最近起きた殺人事件の記録を差し出した。
当然のことながら……ブルートの情婦が殺されたという話に関しては、記者会見で公表していない。
昨日の時点ではうらづけが取れてなかったからだ。
ゴシップ系の新聞記者が知ったら狂喜乱舞しそうだけど、不確定な情報で世間を騒がせるのは騎士やることではない。
何より、死人が出ているレベルの不幸を聞いて目をキラキラさせる連中は虫唾が走るのだ。
事件は新聞記者を喜ばせるために起きるわけではないのだと言いたくなる。
「なにこれ?
どういうことなの?」
資料を読み終えるなり、あたしの口からそんなセリフがこぼれる。
ブルートの情婦を殺した犯人と思しき男は、とある傭兵団の構成員だった。
なるほど、それでブルートはこの男の居場所を知るために襲撃を仕掛けたのだろう。
だが、この男は本当に犯人なのだろうか?
どうも怪しい。
なお、ブルートの情婦をさらった男は、そんな事をした覚えはないと供述していた。
この男が情婦をさらったところを目撃した者が、何人もいるというのにだ。
しかも、まるで夢でも見ているようで、ここしばらくの記憶があいまいとしていているという。
怪しい薬でも飲んでいればこういう事もあるだろうという程度の話だが、男の体を検査した医者は薬物を使用した痕跡はないと診断していた。
それでも何か新しい薬品を使ったじゃないかと言われればそれまでなのだが、何かが違うとあたしの勘が告げていた。
最後に気になったのは、情婦の死体の首に残っていた痣と、この男の手の形が一致しなかったと言う事である。
つまり、攫ったのはこの男でも、殺した犯人は別にいる?
だが、それはあまりにも真犯人にとって都合が良すぎはしないだせろうか?
「妙に引っ掛かる話だろ?
だから、同じような事件がよそで起きていないから調べたんだ」
そう告げながら、ハロルドの反対側からマロウが一束の書類を投げてよこす。
「王都周辺で発生している連続殺人事件と、その殺人犯の手形が一致した」
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